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アメリカ会計基準の歴史①

 意思決定有用性アプロ-チの確立にとって重要な役割を果たしたとされる『基礎的会計理論』(AAA1966;以下ではASOBATと略す)においては、利用者指向を前面に打ち出し、利用者の目的を出発点に据えるというアプロ-チを明示しました。しかし、利用者指向自体は、アメリカ会計原則の一貫した特徴でした。例えば、証券投資の大衆化の頂点で生じた1929年のニューヨーク市場における株式大暴落を契機に、ニューヨーク証券取引所はアメリカ会計士協会(AIA)に会計実務の改善についての協力を求めました。
 これを受けて、AIAに証券取引所協力特別委員会が設けられメイ(G. O. May) が委員長となりました。当委員会は、会計原則に関するそれ以降の作業の基礎を築いたといわれます。1932年、会計実務の改善案として、ニューヨーク証券取引所に宛てた当委員会の書簡がいわゆる「メイ書簡」であり、そこでは、利用者としての株主指向が既に以下のように明確に謳われています。
「株主が、今日、彼の投資している会社の経営者に対する評価を具体化できる唯一の実施可能な方法は、かれの投資を継続するか、増加するか、処分するかです。財務諸表は、株主がこれらのうちのどれをとるかを決定するにあたっての指針となるかぎり、株主にとって大いに価値があります。」(加藤他訳1981,72頁)

 なお、メイは、後の回で紹介する『SHM会計原則』の3人の著者の1人で、「SHM」の「M」はメイのイニシャルです。『SHM会計原則』は、後に日本の「企業会計原則」に影響を与えます。
 アメリカでは、職業会計士団体による会計原則設定の努力と同時に、研究者団体による会計原則に関する報告書が公表されました。当時は、今日の会計基準(Accounting Standards)に相当する用語として会計原則(Accounting Principles)という用語が主流でした。会計原則論としての展開は、アメリカ会計理論の大きな特徴です。AAAによって1936年に「会計原則試案」("A Tentative Statement of Accounting Principles Affecting Corporate Reports")が公表され、その後1941年、1948年そして1957年にそれぞれ改訂版が公表されました。これらのAAAの一連の会計原則において利用者指向が明示されています。以下、該当箇所を引用してみましょう。
 
(a)1936年会計原則試案(AAA 1936)
「会計原則の適用の最も重要な事例は会社会計の領域、特に損益並びに財政状態を外部へ報告する諸表の作成のうちに存する。企業および行政機関の重要な諸決定の中で、これらの報告諸表に依存するものは非常に多いので、これらの報告諸表はその経済的並びに社会的重要性を著しく増大した。」(中島訳1964,87頁)
 
(b)1941年改訂版(AAA 1941)
「会社の毎期の財務諸表の目的は、信頼するに足る判断を下すに当って必要な、情報を提供することである。」(中島訳 1964,106頁)
 
(c)1948年改訂版(AAA 1948)
「会社の財政状態および営業活動の総括的理解は、財務諸表に依存するのみで達成され得るものではないが、それにも拘らず、ある程度の事業及び金融上の経験を有する人物が、このような諸表から確信をもってこれに依存しうるような基本的な情報を入手することは可能でなければならない。」(中島訳1964,121頁)
 
(d)1957年改訂版(AAA 1957)
「公表財務諸表については、投資家たちが、投資上の決定を下しまた経営者にたいして支配権を行使するに当ってこれを利用するという事実を第一に重視すべきである。」(中島訳1964,202-203頁)
 
 こうしたAAAの一連の会計原則における利用者指向の「伝統」が1966年のASOBATにおける以下の有名な定義につながります。
「本委員会は、会計を、情報の利用者が事情に精通して判断や意思決定を行なうことが出きるように、経済的情報を識別し、測定し、伝達するプロセスである、と定義する。」(AAA 1966,p.1、飯野訳1969,2頁より引用)

 このように、利用者指向を頂点に置くASOBATは、AAAの会計原則論の系譜に連なる伝統的な会計理論であるといえます。しかし、後に『1977年報告書』も指摘したように、1936年の会計原則試案等でも利用者指向の記述はみられますが、それが具体的な会計原則の展開の基礎にされているわけではありません(AAA 1977,p.11、染谷訳1980,23-25頁)。
 情報利用者の目的に関する研究の影響が現れるのは、アメリカ公認会計士協会(AICPA)の会計原則審議会(APB)によるAPBステ-トメント第4号「営利企業の財務諸表の基礎となる基本的諸概念および会計原則」(AICPA 1970)や「財務諸表目的スタディグル-プ報告書」(AICPA 1973)においてであり、その後、それはFASBの概念ステ-トメント・プロジェクトに継承されていきます。
【文献】
American Accounting Association 1936, "A Tentative Statement of  Accounting Principles Affecting Corporate Reports", Accounting Review, pp.187-191(中島省吾訳1964『増訂 A.A.A.会計原則』中央経済社).
――――1941, Accounting Principles Underlying Corporate Financial
Statements, Accounting Review June 1941, pp.133-139(翻訳同上書).
――――1948, "Accounting Concepts and Standards Underlying Corporate
Financial Statements", Accounting Review, pp.339-344(翻訳同上書).
――――1957, Accounting and Reporting Standards for Corporate
Financial Statements, 1957 Revision, Accounting Review October 1957,
pp.536-46(翻訳同上書).
――――1966, A Statement of Accounting Basic Theory(飯野利夫訳1969 『基礎的会計理論』国元書房).
――――1977, A Statement on Accounting Theory and Theory Acceptance
(染谷恭次郎訳1980『会計理論及び理論承認』国元書房).
American Institute of Accountants 1932-1934, Audits of Corporate Accounts(加藤盛弘・鵜飼哲夫・百合野正博訳1981『会計原則の展開』森山書
店).
――――1947, Committee on Accounting Procedure, ARB No.33,
"Depreciation and High Costs ".
American Institute of Certified Public Accountants 1959, Accounting
Research Bulletin No.51, Consolidated Financial Statememts(日本公認
会計士協会国際委員会訳1969『会計原則総覧・会計原則叢書第7号』関東図書).
――――1970, Basic Concepts and Accounting Principles Underlying Financial Statements of Business Enterprises.Statement No.4 of APB
(川口順一訳1973『アメリカ公認会計士協会 企業会計原則』同文
舘).
――――1973-1974, Objectives of Financial Statements(川口順一訳 1976『財務諸表の目的』同文舘).

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