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アメリカ会計基準の歴史⑦

(a)資産・負債アプローチと収益・費用アプローチ

 今日の企業会計は、発生主義会計として特徴づけられる会計システムによっています。この発生主義会計について、財務会計審議会(FASB)の「概念フレームワーク・プロジェクトの目的と意義」(FASB 1976、以下では『目的と意義』と略す)では、次のように説明しています。
「ランダムにあるいは臨時に生じる事象の影響を複数の会計期間に分散させる会計テクニックは発生主義と呼ばれることがあるが、ディスカッション・メモランダムでは実際の現金収支自体よりもむしろ現金的帰結を有する事象の範囲を強調して、より通例的で狭い意味で発生が用いられている。発生主義会計は、第一に犠牲と便益とを会計期間に関連付けることに関わる。その目的は不規則なキャッシュフローを平均的利益の測度に変換することではなく、したがって標準化と同義ではない。」(FASB 1976, p.21) 

 『目的と意義』では、主要な概念的利益観として次の2つを挙げています(FASB 1976, p.12)。
(1) 資産・負債アプローチ - この利益観の下では、利益はある期間の営利 
 企業の正味経済資源の変動の測度として(しかし必ずしも完全な変動とし
 てではないが)決定される。
(2) 収益・費用アプローチ - この利益観の下では、利益はアウトプットを
 得たり販売するためにインプットを利用する際の企業の効率性の直接的測
 度であり、それは必ずしも正味経済資源の変動に限定されない。 

 資産・負債アプローチの下では、資産及び負債という2つの要素が最も基本的なものであり、その定義が最も重要とされます。収益、費用、利得、損失といった利益の構成要素の定義は資産と負債の定義から導かれます。しかし、すべての企業資源および債務が資産及び負債として記録されるわけではなく、また資産と負債のすべての変動が利益に含められるわけではありません。財務諸表の構成要素が選択されうる母集団は、企業の基礎的な経済資源と債務及びそれらの資源や債務の測定可能な属性を変化させる取引や事象に限定されます。
 他方、収益・費用アプローチは、利益を定義するための、収益及び費用という2つの要素の定義に依存します。この利益観の下では適切な対応による収益と費用の認識の慎重なタイミングが重視されます。そのため、1期間の費用と収益の正しいあるいは適切な対応を得るために、資産・負債アプローチの下では排除されるような「繰延資産」、「繰延貸方項目」、「債務性のない引当金」といった特定の項目、いわゆる「計算擬制資産」及び「計算擬制負債」を進んで貸借対照表に導入しようとするのが通常です。
 これらの2つの利益観は、ただ2つの代替的利益観というよりは、むしろ様々な利益観のスペクトラムの両極を記述するものとされています。そして、これらの利益観は何れも発生主義会計の枠内における利益観であるとされます。以下ではそれぞれの利益観の特徴をFASBの「概念プロジェクトの目的と意義」 (FASB 1976)の説明にしたがって見ていきたいと思います。 

(b)2つの概念的利益観の貸借対照表に係る相違点

 まず、2つの概念的利益観の貸借対照表に係る相違点について見ていきたいと思います。上記の2つの利益観の下では、資産をはじめとする財務諸表の構成要素は、それぞれどのように定義されるのでしょうか。
 資産・負債アプロ-チの下では資産は資源という観点から次のように定義されます。すなわち、企業の資産は特定の企業にとっての潜在的便益を表わす経済資源です。その潜在的便益とは、最終的には企業の直接的あるいは間接的な正味キャッシュフローを意味します。
 収益・費用アプローチの下では資産が経済資源かどうかということにではなく、むしろ、費用が収益に適切に対応されるかどうかということが重視されます。その結果、資産の本質は第一義的に利益測定の必要によって決定されるとみなされます。したがって、収益・費用アプローチの下では、資産・負債アプローチの下で含められる総ての項目に加えて、たとえそれらが経済資源を表わしていないとしても将来の会計期間に収益に対応されるべく待機している繰延資産やその他の繰延費用が企業の貸借対照表に含められることになります。
 資産の定義と同様に、負債の定義は利益の概念的定式化に依存しています。資産・負債アプローチの下では、負債は、将来他のエンティティに経済資源を移転するという企業の義務に限定されます。収益・費用アプローチの下では、この概念に加えて、利益の適正な測定のために費用と収益とを対応させるのに必要なものとして特定の計算擬制項目(債務性のない引当金等)も認められます(FASB 1976, PP.13-14)。
 資産・負債アプローチの下での利益は純資産の一定の変動という観点から定義され、したがってその定義は資産と負債の定義に依存します。そして、収益、費用、利得及び損失の定義は、利益がどのようにして得られたかという事を示す損益計算書を作成するには有用ですが、利益を定義するためには必要とされません。すなわち、それらは定義というよりむしろ表示の問題とみなされます(FASB 1976, P.14)。
 これに対して収益・費用アプローチでは、利益は、収益、費用、利得及び損失を明確に定義することによって定義されます。利益の定義は資産と負債の定義に依存しません。企業のフローが収益・費用アプロ-チの中心的関心事であり、そして利益測定は費用のフローを収益のフローに適切かつ歪みなしに対応させる事に依存しています。したがって、「対応」("matching") と「歪み」 ("distortion")の意味はこの利益観にとって最も重要です(FASB 1976, P.14)。
 収益・費用アプローチの下で「適切な対応」と「期間純利益の非歪曲性」("non-distortion") という対概念によって現在認められている許容範囲の一部は、資産・負債アプローチの受容によって制限されることになります。その意味で会計により多くの厳密さと規律とをもたらすと思われるとされます(FASB 1976, P.19)。ただし、収益・費用アプローチからすれば、おそらく「厳密さ」と「規律」ではなく、「硬化性」と「硬直性」につながるということになるだろうとさす(FASB 1976, P.19)。
 収益・費用アプローチによれば、貸借対照表上の資産・負債において、その認識・計上の許容範囲が広くなります。つまり、収益・費用アプローチの場合、先述のように「計算擬制資産」及び「計算擬制負債」が資産・負債アプローチにおける貸借対照表上の項目に加わることになるからです。しかし、収益・費用アプローチの支持者の間でさえ「対応」と「非歪曲性」が諸概念を明確に定義してこなかったという点について同意する傾向があり、構成概念は相当個々の解釈かあるいは集団の意見に従ってきたとされます(FASB 1976, P.19)。
 資産・負債アプローチでは、財務諸表の構成要素が選択されうる母集団は、当該企業の基礎的な経済資源及び債務とそれらの資源及び債務の測定可能な属性を変化させる取引及び事象に限定されます。すなわち、資産・負債アプロ-チが受容されれば、「計算擬制資産」及び「計算擬制負債」といった計算擬制項目の貸借対照表に計上しないという点では貸借対照表能力の縮小につながります。一方、デリバティブ取引等の貸借対照表計上という点では貸借対照表能力の拡大につながります。 

【文献】
Financial Accounting Standards Board 1976, Scope and Implications of the  Conceptual Framework Project(森川八洲男監訳1988『現代アメリカ会計 
 の基礎概念』白桃書房).

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