会計学名著紹介④:アメリカ会計学会(AAA)『会計理論及び理論承認』1977年
「会計学名著紹介」シリーズ、今回取り上げるのは、アメリカ会計学会(AAA)『会計理論及び理論承認』1977年です。
AAAの『基礎的会計理論』(ASOBAT)(AAA 1966 、飯野訳1969、会計学名著紹介③で取り上げています)公表の約10年後、「10年前に提出された基礎的会計理論のステ-トメント(ASOBAT)と同じように、会計理論について現在の考え方を調査し、抽出したステ-トメントを書く」(染谷訳1980、v頁)という任務が、AAAの外部財務報告書概念及び基準委員会に課せられました。
しかし、科学史家ト-マス・ク-ン(Kuhn 1962)の影響を受けて、理論の発展の相対性を説く当委員会による『会計理論及び理論承認』(AAA 1977、以下では『1977年報告書』と略称)は、「したがって、基礎となる土台がまだ確定していないときに、このステ-トメントが、会計に対して、はっきりと認められる概念的な上部構造を提供することはできるわけではない。」(染谷訳1980、1頁)として、会計理論の提示を放棄し、「会計理論のステ-トメント」("A Statement of Accounting Theory")に代えて、「会計理論及び理論承認に関するステ-トメント」("A Statement about Accounting Theory and Theory Acceptance")を作成したと宣言しました(染谷訳1980、vi頁)
『1977年報告書』は、「概念的基礎」の提示というAAAの会計原則論の「伝統」を放棄しました。他方、その「伝統」は、アメリカの財務会計基準審議会(FASB)の概念フレ-ムワ-ク・プロジェクトによって踏襲されることになりました。すなわち、『1977年報告書』が指摘した後述の「対応・凝着パラダイム」からのパラダイム・シフトは、皮肉にも、当報告書が放棄した、「概念的な上部構造」の上に会計基準を構築するという手法でFASBによって達成されることになりました。文字どおり「概念的な上部構造」としての概念フレ-ムワ-ク第1号「営利企業の財務報告の目的」(FASB1978)がFASBによって公表されたのは、翌1978年でした。
『1977年報告書』では、会計の理論的アプローチを次の3つに分類しています(染谷訳1908、9頁)。
(1) 古典的(「真実利益」および帰納的)モデル
(2) 意思決定-有用性アプローチ
(3) 情報経済学
(1)の古典的モデルの規範演繹学派(染谷訳1908、13頁)に属するのは、ペイトン(Paton 1922)、キャニング(Canning 1929)、スウィ-ニ-(Sweeney 1936)、マクニ-ル(MacNeal 1939)、アレキサンダー(Alexander1950)、エドワ-ズ=ベル(Edwards/Bell 1961)、ム-ニッツ(Moonitz 1961)、スプロ-ズ=ム-ニッツ(Sprouse/Moonitz 1962)です。
彼らのうち、アレキサンダーを除く論者は、「真実利益」理論("true income"theory)に分類されています。彼らは、新古典派経済理論及び経済行動の観察に基づいて、それまで歴史的記録及び保守的計算に専念してきた会計を、カレント・コストもしくはカレント・バリュ-を表すように再構築しなければならないと提案しました(染谷訳 1980、14頁)。
一方、(1)の古典的モデルの帰納学派(染谷訳1908、19頁)に属するのは、ハットフィールド(Hatfield 1927)、ギルマン(Gilman 1939)、ペイトン・リトルトン(Paton/Littleton 1940)、リトルトン(Littleton 1953)、イジリ(Ijiri 1975)です。なお、古典的モデルに属する著作の一部は「文献」に挙げているように、日本語訳があります。
上掲の最後の「イジリ」は、井尻雄士先生で日本の大学で学ばれた後、渡米、カーネギーメロン大学で博士号を取得され、その後、スタンフォード大学やカーネギーメロン大学等で活躍されました。アメリカ会計学会の会長も務められました。
『1977年報告書』はペイトン・リトルトンの『会社会計基準序説』(Paton/Littleton 1940)を「対応」("matching")と「凝着」("attaching")という用語に光を当てて説明し(染谷訳1980、20頁)、「対応・凝着アプロ-チ」と呼んでいます(染谷訳1980、90頁)。そして、「現代の会計理論家に共通してみられる態度というものは多くないが、そのうちのひとつは、広く認められている対応-凝着パラダイムに対する不満である。」と指摘し(染谷訳1980、95-96頁)、「対応・凝着パラダイム」の代替的パラダイムとして「意思決定-有用性アプロ-チ」と「経済学的アプロ-チ」とを挙げています(染谷訳1980、94頁)。
文献
American Accounting Association 1966 A Statement of Accounting Basic
Theory(飯野利夫訳1969 『基礎的会計理論』国元書房).
――-1977 A Statement on Accounting Theory and Theory Acceptance (染谷
恭次郎訳1980『会計理論及び理論承認』国元書房).
Canning, J. B. 1929 The Economics of Accountancy, New York.
Edwards, Edgar O./Bell Philip W.1961 The Theory and Measurement of Business Income, University of California Press(中西寅雄監修、伏見多美雄・
藤森三男訳1964『意思決定と利潤計算』日本生産性本部).
Financial Accounting Standards Board(FASB)1978 Statement of Financial
Accounting Concepts No.1.(平松一夫・広瀬義州訳2002『FASB財務会計の
諸概念〔増補版〕』中央経済社).
Gilman, S. 1939 Accounting Concept of Profit. New York: The Ronald Press
Company.
Hatfield, H. R. 1927 Accounting. New York: D. Appleton & Company.
Ijiri, Y. 1965 Management Goals and Accounting for Control: North Holland
Publishing Company, Amsterdam(井尻雄士1970『計数管理の基礎』岩波書
店).
――-1975 Theory of Accounting Measure. Studies in Accounting Research
♯10 American Accounting Association(井尻雄士1976『会計測定の理論』東
洋経済新報社).
Kuhn, Thomas S.1962 The Structure of Scientific Revolution(中山茂訳1971
『科学革命の構造』みすず書房。
Littleton, A. C.1953 Structure of Accounting Theory. Urbana,Ⅰll.:AAA(大塚俊
郎訳1955『会計理論の構造』東洋経済新報社).
MacNeal, Kenneth 1939 Truth in Accounting, University of Pennsylvania Press.
Moonitz, Maurice 1961 The Basic Postulates of Accounting, Accounting
Research Study No.1(佐藤孝一・新井清光訳1962『アメリカ公認会計士協
会 会計公準と会計原則』中央経済社).
Paton, William A./Littleton, A. C.1940 An Introduction to Corporate
Accounting Standards(中島省吾訳1958『会社会計基準序説[改訳版]』森山
書店).
Sprouse, Robert T./Moonitz, M.1962 AICPA ARS No.3, A Tentative Set of Broad Accounting Principles for Business Enterprises(佐藤孝一・新井清光訳1962
『会計公準と会計原則』中央経済社).
Sweeney Henry W.1936 Stabilized Accounting, New York.
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