
『分析財務諸表論』⑤株式会社の有限責任制と債権者保護
第5章 株式会社の有限責任制と債権者保護
1 会社と企業
一般では、「企業」と「会社」は、同義語のように使われます。例えば、企業訪問といったり、会社訪問といったりというようにです。しかし厳密には、企業の方が会社より広い意味内容を有します。
個人企業は、ビジネスの元手としての資金を個人およびそのコネクションで調達します。それに対して、協同組合の場合は、組合員の出資、会社の場合は出資者(会社法上は「社員」、株式会社の場合は「株主」といいます)からの出資によって元手としての資金を調達します。つまり、協同組合や会社は、より多くの人々からビジネスの元手としての資金を集める仕組みです。
日本で新たに設立できる会社は、合名会社、合資会社、合同会社および株式会社です。もちろん、この中で最も多くの元手を集めうるのは株式会社であり、その出資者を株主といいます。
会社の場合、複数の出資者の持分であるが故に、企業のステークホルダーの利害に深く関わっています。そのため、純資産の部は、会社法によって規制され、特に、その区分や内訳についても会社法によって定められています。
2 株式会社の有限責任制
合名会社の出資者たる社員は、無限責任社員のみです。また、合資会社の出資者たる社員は、一部無限責任社員、一部有限責任社員です。無限責任社員と有限責任社員については、後ほど詳しく説明します。
一方、合同会社と株式会社の出資者たる社員(株式会社の場合は「株主」)は、有限責任社員のみです。以下では、無限責任社員と有限責任社員について、合名会社と株式会社の例で説明します。
① 合名会社の場合
まず、合名会社の社員が負う無限責任について見ていきましょう。

合名会社の出資者たる社員は、無限責任を負います。会社は、社員からの出資金のほか、債権者からからの借入れによっても資金を調達します。この借入れによる資金調達は、「借入金」や「社債」などの実際の借入れだけでなく、掛けで仕入れる際の「買掛金」や手形決済による仕入れ等の「支払手形」も該当します。
社員に対しては、出資の見返りとして「利益分配」が行われ、債権者に対しては、貸付の見返りとして「利息」が支払われます。

以上のことを踏まえて、合名会社の社員の無限責任について説明します。合名会社形態の会社が倒産したとします。その際、社員への出資金の払い戻しより優先して債権者に債務の返済が行われます。会社の債務は「会社名義」の債務なので、当然、「会社名義」の会社財産を処分して債務の返済に充てられます。ここで債権者への債務の返済後まだ会社財産があれば、それを処分して社員への出資金の払い戻しが行われます。
問題は、債務者への債務の返済が会社財産の処分だけでは完了しない場合です。図表2の「△返済」は、返済が会社財産の処分では充分行われないことを表します。
その場合、会社の所有者は出資者たる社員なので、「会社名義」の債務ながら社員は「個人名義」の財産を処分して債務を返済する義務があります。出資額という限度を超えても「会社名義」の債務の返済義務を負うので「無限責任」と呼ばれます。
② 株式会社の場合
次に有限責任しか負わない株主について見ていきましょう。

株主に対しても、出資の見返りとして「利益分配」が行われ、債権者に対しては、貸付の見返りとして「利息」が支払われます。これらの点については、合同会社の場合と違いはありません。

以上のことを踏まえて、株式会社の株主の有限責任について説明します。株式会社形態の会社が倒産したとします。その際、株主への出資金の払い戻しより優先して債権者に債務の返済が行われます。会社の債務は「会社名義」の債務なので、当然、「会社名義」の会社財産を処分して債務の返済に充てられます。ここで債権者への債務の返済後まだ会社財産があれば、それを処分して株主への出資金の払い戻しが行われます。
合名会社の場合との違いは、債務者への債務の返済が会社財産の処分だけでは完了しない場合です。図表4でも「△返済」は、返済が会社財産の処分では充分行われないことを表します。
その場合、会社の所有者は出資者たる株主です。しかし、「会社名義」の債務に対して株主は「個人名義」の財産を処分して債務を返済する義務はありません。ただし、「会社名義」の債務さえ返済できないのですから、株主への出資金の払い戻しは行われません。このように、出資額という限度までしか「会社名義」の債務の返済義務を負わないので「有限責任」と呼ばれます。
3 債権者保護のための仕組み
上述の株主の有限責任によって、債務者への債務の返済が会社財産の処分だけでは完了しなかったのは、会社財産が充分でなかったからです。そこでこういう事態が生じないように会社法は、配当という社外流出に対して、会社財産が痩せすぎて、債務者への債務の返済が会社財産の処分だけでは完了しないといった事態が生じないようにするための規制を行っています。以下では、この点について説明します。

利益の分け前としての配当は、株主がそれを目当てとして出資しているわけですから妨げることはできません。しかし、それが過度に行われると会社財産が痩せて、債務者への債務の返済が会社財産の処分だけでは完了しない事態が生じてしまいます。配当に関しては債権者は口出しできません。そこで、会社法が、会社財産が配当によって痩せすぎないための規定を設けています。これは債権者を保護するための規定です。
債権者保護のための仕組みは、①利益準備金等の強制積み立てと②分配可能額の設定です。
① 利益準備金の強制積み立て
会社は、毎決算期に金銭等による剰余金の配当を行う場合、それによって減少するその他利益剰余金の金額の10分の1を、その他利益剰余金から利益準備金として積み立てなければなりません。つまり、配当によって社外流出する分の10分の1を社外流出しないよう強制的に内部留保させられます。
ただし、その他資本剰余金から配当を行なった場合には、その額の10分の1に相当する額をその他資本剰余金から資本準備金として計上します。
なお、利益準備金又は資本準備金として積み立てなければならないのは、利益準備金と資本準備金の合計額が資本金の4分の1に達するまでです。
② 分配可能額の設定
株主総会における剰余金処分決議などを通じて配当として処分できる金額の限度額(分配可能額)については、会社法が厳格に定めています。
(a) 剰余金額
まず、「剰余金額」が、以下のように算出されます。
剰余金額 = 資産額+自己株式―(負債額+資本金および準備金、
新株予約権、評価・換算差額等および非支配株主持分)

(b) 分配可能額
そして、分配可能額は、以下の算式で算出されます。
分配可能額 = 剰余金額-(自己株式+のれん等調整額にかかわる減算額)
この算式で求められた分配可能額を超えて配当をすることはできません。