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アメリカ会計基準の歴史⑧

(c)2つの概念的利益観の損益計算書に係る相違点

 次に、2つの概念的利益観の損益計算書に係る相違点について見てみましょう。投資家あるいは債権者の企業収益力に対する判定能力により良く役立つかどうかという点について、2つの利益概念のそれぞれの支持者の見解が一致しない問題として、次の点が挙げられています(FASB 1976, P.20)。
 ① 1期間の報告利益がランダムにあるいはときたま生じるといったタイプ
  の事象の生の影響を含む場合に有用である。
 ② 報告利益がそうしたタイプの影響を複数の会計期間に拡散して標準化さ 
  れる場合に有用である。
 
 結論的に言えば、資産・負債アプローチが①の立場であるのに対して、収益・費用アプローチは②の立場に立ちます。
 資産・負債アプローチでは、資産と負債の変動をそれらの変動が生じた期間に報告することが当該企業の収益力についての投資家の予測にとって最も信頼しうる情報を提供するとの考えから、会計的手法による報告利益の標準化には反対されます。標準化は、何が標準かということについての決定、換言すれば、前回述べたように「対応」及び「非歪曲性」という概念の厳密な定義を必要とします。そのため資産・負債アプローチでは、そうした概念は客観的に定義することは不可能であり、したがって標準化は、何が標準かということについての作成者の主観的判断と偏向とを報告利益に含めてしまうとみなされます。そして、利益標準化は、企業の収益力の査定の一部として財務諸表の利用者の責務であり、財務諸表の作成者の責務ではないと考えられます(FASB 1976, p.20)。
 他方、収益・費用アプローチでは、財務諸表の作成者が、その利用者よりも標準化を行うには有利な位置にいるとみなされます。すなわち、財務諸表の作成者が、継続的業績を査定するのに目的適合的でないと判断される事象の影響を極小化し、複数の期間にわたって不可避ではあるが時たまそして予測できない間隔で生じる事象の影響を平均化すべきだと主張されます。収益・費用アプローチの支持者の多くは、期間利益が長期あるいは正常なトレンドの利益の指標であり、その指標は企業の通常あるいは正常な業績に関係がない事象を含めることによって歪められると考えるのです。なぜなら、それらの事象は、異常あるいは無比であるか、あるいは偶然によって引き起こされるか、あるいは時が経つと結局平均値になる傾向があるからです(FASB 1976, pp.20-21)。
 しかし、収益・費用アプローチの下でも、次の点については見解が一致していません。すなわち、どのようなタイプの事象が標準化を必要とするのかという点。そうしたタイプの事象の影響をどのようにして複数の会計期間に拡散するのかという点。そして、「対応」及び「非歪曲性」という概念をどのように定義するのかという点についてです(FASB 1976, p.21)。
 

(d) 2つの利益観の相違のまとめ

 2つの利益観の相違は次の点に整理されます。まず、損益計算書においては、収益・費用アプローチの場合、ランダムにあるいはときたま生じるといったタイプの事象の影響を複数の会計期間に拡散して標準化されます。そして、期間利益は長期あるいは正常なトレンドの利益の指標であり、その指標は企業の通常あるいは正常な業績に関係がない事象、すなわち非経常的・臨時的事象を含めることによって歪められるとされます。
 これに対して、資産・負債アプローチの場合、1期間の報告利益は、非経常的・臨時的事象の生の影響を含むことになります。すなわち、個々の期間において完結すべきだという立場を離れ、より長期的観点からすれば例えば損失について実際に生じた時点で計上することによる不都合はなく、むしろ不確実な要素を計算に含めなくてよいというメリットが認められるとするのです。
 この問題は、非経常的・臨時的事象をどのように扱うべきかという損益計算の原理的問題に関わるものであり、企業会計の領域では、例えば、損益計算書が「当期業績主義」によるべきか「包括主義」によるべきか、という形で古くから盛んに議論されてきました。すなわち、「当期業績主義」か「包括主義」かの対立は、企業利益観に係るものと解されるべきものです。
「当期業績主義」によれば、企業利益とは営業という特定の源泉から規則的・反復的操業活動を通じて稼得された営業利益を意味するものであり、「包括主義」によれば、期首における企業の純資産を維持して余りある余剰分は、その源泉が規則的・反復的操業活動に由来するものであるものと、非規則的・臨時的源泉に由来するものであるものとを問わず、企業利益を構成するものとみる立場をとります。
 上記の関連を整理すれば、「収益・費用アプローチ」-「当期業績主義」及び「資産・負債アプローチ」-「包括主義」という関係づけが可能となります。
 他方、貸借対照表においては、収益・費用アプローチの場合、収益と費用との正しい適切な対応という観点から、すなわち、収益・費用というフロ-から出発して繰延資産や債務性のない引当金といったいわゆる「計算擬制資産」及び「計算擬制負債」が計上されることになります。
 これに対して、資産・負債アプローチの場合、資産は「特定の企業にとっての潜在的便益を表す経済資源」として、また負債は「将来他のエンティティに経済資源を移転するという企業の義務」として定義されるというようにストックから出発します。その結果、「計算擬制資産」及び「計算擬制負債」は計上されません。
 収益・費用アプローチと資産・負債アプローチとは、前回述べたように、様々な利益観のスペクトラムの両極を記述するものであり、これらの利益観は何れも発生主義会計の枠内における利益観であるとされています。しかし、具体的会計処理のレベルにおいてはかなりの相違が生じます。こうした資産・負債アプローチへのパラダイム変換の背景として、企業財務をはじめ経済全体のストック重視の流れが存在します。すなわち、為替の変動相場制への移行や市場のボラティリティの増大等による市場変動リスクの増大、およびそれに伴う金融資産の増加等やデリバティブ取引の登場といった経済状況の大きな変化、並びに、これに対応するための企業財務上の新たな技法の展開などです。
 
【文献】
Financial Accounting Standards Board 1976, Scope and Implications of the 
 Conceptual Framework Project(森川八洲男監訳1988『現代アメリカ会計
 の基礎概念』白桃書房).

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