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アメリカ会計基準の歴史④
(a)経済の産業化と発生主義会計
簿記から会計への「拡大」についてリトルトンは次のように述べています。
「19世紀は会計史上重要な世紀である。…(中略)…この世紀は大英帝国および合衆国の両国において事業会社の広範な発展があったために、会計にとって重要な時期となったのである。このような発展は産業上の生産を急速に増し、大衆の投資証券の保有を著しく増加するに至り、この二つの理由によって会社は簿記を会計にまで拡大させるための重要な刺激を与えたのである。」(大塚訳1955、8頁)
ここで、リトルトンは、簿記から会計への「拡大」の契機として、「産業上の生産の急速な増大」すなわち「経済の産業化」と「大衆の投資証券の保有の増大」つまり「証券投資の大衆化」とを挙げています。リトルトンは「19世紀」に焦点を当てていますが、いずれの要因も18世紀に英国においてその萌芽が見られ、19世紀にはアメリカにもそれが伝わり、花開きました。今回は、「経済の産業化」と「証券投資の大衆化」という2点のうち、前者を手がかりに歴史的な経緯から、発生主義会計の成立について考察したいと思います。
まず、「経済の産業化」とは、端的に言えば「モノ」の生産中心の経済成立の時代、つまり産業化経済の時代でした。産業化経済の時代は、会計レベルの問題として、膨大な固定資産の会計処理、つまり、資金を長期間固定化する機械や工場を会計上どのように処理するかという問題をもたらしました。その意味で、近代会計を「固定資産処理会計」として特徴付けることができます。しかし、この「固定資産処理会計」が一朝一夕に確立したわけではなく、その点は、会計史や経営史の研究によって明らかにされています。産業化された新たな経済は、すべて人類にとっては未知のものであり、その対処の方法の確立が試行錯誤によらねばならなかったことは、ある意味で当然といえるでしょう。
1920年代のアメリカでは、豊富な天然資源、フォ-ド等の新しい生産技術、そしてテイラ-の科学的管理法等が相俟って企業の生産力が飛躍的に高まりはじめました。それは、端的に言えば大規模製造企業による「モノ」の生産中心の経済成立の時代でした。ペイトン=リトルトンの『会社会計基準序説』 (Paton/Littleton 1941、以下では『序説』と略称する)が公表された1940年は、利益計算の重点が貸借対照表から損益計算書へとシフトした頃でした。
1977年のアメリカ会計学会(AAA)の『会計理論および理論承認に関するステ-トメント』(AAA 1977、以下では『1977年報告書』と略す)もペイトン=リトルトンの理論を「対応」("matching")と「凝着」("attaching")という用語に光を当てて説明し(AAA 1977、p.9-10、染谷訳1980、20頁)、「対応・凝着アプロ-チ」と呼んでいます(AAA 1977、p.41、染谷訳1980、90頁)。対応・凝着アプロ-チによる利益計算の対象は、大規模製造企業が中心に想定されています。経済を支えているのは何も「モノ」の生産だけでなく、流通や金融・財務も不可欠な活動であることはいうまでもありません。しかし、産業社会の成立以来、現在の物的「豊かさ」を実現した最大の要因は生産の拡大であったことは否めません。そのため、少なくとも対応・凝着アプロ-チによる利益計算の対象として想定される典型例が製造企業であることは当然の成りゆきと言えるでしょう。
『序説』における会社会計の対象は、一貫して「生産的経済単位」としての企業です。それについて次のように述べられています。「企業実体および事業活動の継続性の基礎概念は、企業的または制度的な観点を前提とするがゆえに、会計理論も同様に、第一に生産的経済単位としての企業を対象としており、第二義的にのみ、資産にたいする法的な有権者としての出資者を問題とするのである。」(Paton/Littleton 1941、p.11、中島訳1958、17-18頁)
このように「対応・凝着アプロ-チ」とは、大量生産と大量流通とを統合した産業経済という当時の新たな現実を写し取るべく開発された概念装置でした。
(b)対応・凝着アプローチ
収益・費用は、発生主義会計全体を構成する要素とされますが、その概念の説明にとって最も重要なのは、製造業における売上高と売上原価です。すなわち、対応原則が完全な形で適応される対象だからです。製造業における売上高と売上原価には、収益は価値増殖の原因であり、費用はそのための価値費消であるという仮定が成立しえます。そして、その差額が価値の増殖分であるとの説明には説得力があります。ペイトン=リトルトンの費用・収益に対する「努力」と「成果」という形容(Paton/Littleton 1941、p.14、中島訳1958、23頁)は、このことを最も端的に表しています。
「対応」については、発生主義会計の根幹をなす計算手続きの説明概念として知られていますが、「凝着」については余り積極的に取り上げられてきませんでした。しかしこの「凝着」も大規模製造企業の時代の会計にとっては極めて重要な概念です。すなわち、製造企業の利益計算にとっては、原価計算を組み込むことが不可欠の意味を持ちます。「凝着」は、原価要素のうち、棚卸資産の発想の延長で説明できる材料費や労務費とは異なる、生産設備の減価償却費を始めとする製造業特有の「経費」の原価性を主張するための論拠を提供します。他方、「対応」とは、大規模な修繕を始めとして、大規模製造企業に不可欠の多額の支出への備えを組み込むための論拠となっています。
この意味で「対応・凝着アプロ-チ」は、大規模製造企業という現実に即した計算となっています。さらに、原価計算によって算定される製造原価は、新たに生み出される価値のための犠牲が次に新たに生み出される価値により補償されるべきものという仮定の上に成り立っています。そして、利益とはまさに新たに生み出された価値から失われた価値を補償した後の剰余ということになります。
以上のように、原価計算は、製造業における「売上原価」を創り出すための計算技法であり、「対応・凝着アプローチ」はそれを説明するための概念装置として理解することができます。
【文献】
Littleton, A. C. 1953, Structure of Accounting Theory. Urbana,Ⅰll. :AAA(大塚
俊郎訳1955『会計理論の構造』東洋経済新報社).
Paton, William A./Littleton, A. C. 1940, An Introduction to Corporate
Accounting Standards(中島省吾訳1958『会社会計基準序説[改訳版]』森
山書店).