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雑誌『會計』の休刊と「日本型会計学」の終焉⑯戦後編Ⅶ 昭和56年商法改正と会社法

 戦後編Ⅶ 昭和56年商法改正と会社法


 今回は、昭和56年商法改正と会社法の施行を取り上げます。

1.昭和56年商法改正および商法特例法改正

 昭和期の最後の大きな商法改正は、昭和56年(1981年)に行われました。56年商法改正では、37年及び49年改正における会計・監査制度の整備を強化・拡充するための更なる調整が行われました。すなわち、56年商法改正および商法特例法改正では、会計に関連して以下のような事項が改正・新設されました。

 昭和56年商法改正(昭和57年10月1日施行)

1 計算書類等の取締役会による作成及びの取締役会による承認義務の明定(281条1項)

2 営業報告書の取締役会による確定(283条1項)

3 監査役による計算書類と附属明細書の同時監査(281条ノ2.2項)

4 監査役による監査報告書の記載事項の改正(281条ノ3,2項)

5 資本組入規定の改正(284条ノ2)

6 引当金規定の改正(287条の2)


 昭和56年商法特例法改正

1 会計監査人監査を受けるべき会社の範囲について貸借対照表上の負債総額 

 が200億円以上の会社を追加(2条)

2 会計監査人および監査役の適法意見が付された貸借対照表および損益計算 

 書は取締役会の承認で確定(16条1項)

3 貸借対照表に加えて,損益計算書(又はその要旨)の公告規定の追加(16 

 条2項および3項)

4 会計監査人の資格・選任・任期・解任等に関する規定の追加・新設(3条 

 ないし6条ノ4) 

 そして、1982年(昭和57年)には、商法計算書類規則「株式会社の貸借対照表,損益計算書,営業報告書及び附属明細書に関する規則」(法務省令第25号)も改正され、さらに「大会社の監査報告書に関する規則」(法務省令第26号),「大会社の株主総会の招集通知に添付すべき参考書類等に関する規則」(法務省令第27号)が新設されました。

2.「会社法」の施行

 1962年(昭和37年)改正商法では、1951年(昭和26年)公表の「商法と企業会計原則との調整に関する意見書」による勧告を受け入れ、資産別評価規定等が整備されました。さらに、繰延資産の範囲が拡大され、引当金規定が新設されました。繰延資産と引当金は、「計算擬制項目」として貸借対照表に計上されますが、拡大された繰延資産については一部、配当規制がかけられることになりました。つまり「換金可能性」のない繰延資産は、法定準備金の額を超える部分について配当可能利益の範囲から除かれました。このように商法の計算規定の近代化については、あくまで「債権者保護」という枠に抵触しない範囲で「企業会計原則(基準)」による「会計の論理」が受け入れられていました。

 その後、資産別評価規定の整備のほか、計算書類の様式標準化(38年「計算書類規則」制定)、会計監査人監査の導入(49年改正および「商法特例法」制定)というフルセットの会計・監査規制の近代化が果たされました。それと共に、その近代化について先導的役割を果たした「企業会計原則(基準)」は、「セミの抜け殻」(新井ほか1978,24頁)と評されることになりました。

 しかし、平成期になると1998年の「商法と企業会計の調整に関する研究会報告書」(以下では「調整研究報告書」と略称) において「企業会計原則(基準)」と配当規制との関係が相対化されました。すなわち、一部の金融商品の時価評価に伴う評価換算差額については、「換金性の高い流動資産等」というように具体的な「換金可能性」の観点から配当規制との関連が指摘されました。これに対して、デリバティブについては「企業会計における会計基準を斟酌して対応する」とされ、また、税効果会計の適用に伴い生じる繰延税金資産等にいては「特に配当規制を行う必要はないのではないかと考えられる。」とされたのです。かつて「セミの抜け殻」となっていた「企業会計原則(基準)」と「商法」の関係が一部変容しました。

 以下では、昭和期における「企業会計原則(基準)」と会社法(商法)の交渉パターンが、平成期において変容する経緯を繰延資産の会計処理の変遷を中心に辿ってみましょう。

 1998年(平成10年)6月に前掲の「調整研究報告書」が公表されました。これは、企業会計審議会の提言を踏まえ、法務省と大蔵省が共同で、商法学者、会計学者及び実務家の参加を求め開催された、商法と企業会計との調整を図るべき事項についての研究に関する報告書です。その中で資産評価規定については、「第290条第1項が貸借対照表上の純資産額を基礎に配当可能利益額を算定する構造をとっていることから、配当可能利益計算すなわち配当規制の中核となっている。」(「調整研究報告書」Ⅰ-3)と説明されています。

 そして、時価評価に関連した配当規制については、以下の意見が掲げられています。

「配当規制については、時価評価の対象となる資産が換金性の高い流動資産等であって企業の期間業績として捉えるべき評価換算差額の範囲内で時価評価が行われるならば、商法上、当該評価換算差額について配当規制を行わない(評価益・評価損ともに配当可能額計算に反映される)こととしても、その弊害は乏しいと考えることができるのではないかとの意見がある。(「調整研究報告書」Ⅱ-4(2))

 このように金融商品の時価評価に伴う評価換算差額については、「換金性の高い流動資産等」というように具体的な「換金可能性」の観点から配当規制との関連が指摘されています。しかし、同じ金融商品でも「換金性の高い流動資産等」以外の商品の評価益については、以下の意見が掲げられています。

「他方、上記の資産以外の評価益は配当可能利益に含まれないものとする商法上の配当規制を、時価評価の対象となる金融商品の範囲が企業会計審議会において定められ、商法が直接定めない制度の下で敷くことは、立法技術上困難であるとの意見もある。」(「調整研究報告書」Ⅱ-4(2))

 「換金性の高い流動資産等」以外の商品の評価益については、商法上の計算を「企業会計基準」に委ねることについて、配当規制という点から懸念が示されています。したがって、金融商品の時価評価に関しては、あくまで「債権者保護」の枠内での受容が検討されていました。しかし、デリバティブについては、次のように述べられています。

「商法上のデリバティブの会計処理については、特別の規定を設けず、第32条にいう公正な会計慣行、具体的には企業会計における会計基準を斟酌して対応するものとして差し支えないのではないかと考えられる。」(「調整研究報告書」Ⅱ-3)

 さらに、税効果会計に関連した配当規制については、次のように述べられています。

「繰延税金資産及び繰延税金負債の性格について、会計基準と同様に、商法上も法人税等の前払い又は未払いとして通常の資産・負債と変わらないと解釈されるならば、特に配当規制を行う必要はないのではないかと考えられる。」(「調整研究報告書」Ⅲ-4)

 デリバティブの資産性は、契約上の条件が満たされればキャッシュ・インフローをもたらすが、条件が満たされる迄は何ら「換金可能性」を有しない。また、繰延税金資産の資産性は、将来の税金に係るキャッシュ・アウトフローの節減が実現可能かどうかという観点から毎期チェックされねばならない。したがって、「換金可能性」という観点から論じられる性格のものではない。そのためか、積極的論拠にふれることなく「会計基準と同様に解釈されるならば」という理由で、配当規制の必要性が退けられています。つまり、デリバティブや繰延税金資産に関しては、それらの計上・評価を論じるにあたって「債権者保護」という枠が取り払われているのです。

 しかし、翌1999年(平成11年)の商法改正では、市場価格のある金銭債権、社債、株式等の金融資産について、時価評価が可能となりましたが、それに伴う時価評価差額金は配当可能利益から控除されました。つまり、具体的な商法改正においては、「債権者保護」の枠は残されました。

 2002年(平成14年)改正では、昭和37年改正で商法に持ち込まれた、資産評価規定や繰延資産、引当金等に関する規定、及び一部繰延資産の準備金超過額と資産の時価評価による純資産増加額を貸借対照表上の純資産額から控除する旨の規定が「商法施行規則」に省令委任されました。省令委任の趣旨として「商法のほうが遅れをとってしまって証券取引法会計の変更が遅れるといった事態が生じないようにしようという趣旨」が法務省の当時の担当官によって挙げられています(神田ほか2003,8頁)。
 つまり、証券取引法会計の実体規定である「企業会計原則(基準)」の、金融のグローバル化に伴う整備に対して、商法が足枷にならないよう配慮されました。これは、グローバルスタンダードとしての「企業会計基準」と国内法との関係が大きく変化したことを意味します。

 また、当改正では、開示規制の充実のために、商法特例法上の大会社に対して連結計算書類制度が導入されました。証券取引法会計で確立された制度を商法会計に導入するという会計制度の「日本型」近代化プロセスの典型がみられます。しかも、連結計算書類の作成義務は、「当分の間」大会社のうち、有価証券報告書提出会社に限定されました。さらに、「委員会設置会社」に関する計算・監査関係の特例として監査役制度の廃止が折り込まれました。当改正は、「損益法の経理体系や会計士監査を商法会計に導入した昭和49年の商法改正に匹敵する重要な改正」でした(西山2002、42頁)。

 なお、当改正では、2002年3月に、「計算書類規則」、「監査報告書規則」、「参考書類規則」等の法務省令を廃止し、これらを新たに統合した「商法施行規則」が制定されました。これにより「計算書類規則」の根拠規定である「商法中改正法律施行法」の第49条が削除されました(改正附則10条)。

 2006年(平成18年)に施行された「会社法」及び「会社計算規則」では、繰延資産と引当金に関する規定が実質的に除かれました。すなわち、繰延資産として計上することが適当であると認められるものが繰延資産に属すると規定され(計算規則106条3項5号)、償却方法についても、償却すべき資産は事業年度の末日において相当の償却をしなければならないと規定されているにすぎません(計算規則5条2項)。このように、具体的規制に関しては、会社計算規則第3条を介して「企業会計原則(基準)」に「委任」されることになりました。

 会計慣行が許す限りどんなに莫大な繰延資産を計上しても、「会社法」上は分配可能額の規制(会社計算規則186条1項)で対応するという関係となりました。そこでは、繰延資産の額について、内容を区別せずに最終事業年度の末日の貸借対照表の資産の部に計上されている額を、のれんの2分の1と共に剰余金の配当規制額としています。また、「その他資本剰余金」の額を限度とするといった制限はありません。つまり、「債権者保護」という枠に抵触しない範囲で「企業会計原則(基準)」を受け入れるという従来の関係が変わってしまったのです。

 一方、「企業会計基準」サイドでは、「繰延資産の会計処理に関する当面の取扱い」(実務対応報告第19号)が、平成18年(2006年)8月11日に公表されました。そこでは、検討対象とする繰延資産の項目について、以下のように説明されています。

「検討対象とする繰延資産の項目は、原則として、旧商法施行規則で限定列挙されていた項目(ただし、会社法において廃止された建設利息を除く。)とする。これは、『繰延資産の部に計上した額』が剰余金の分配可能額から控除される(計算規則186条1号)ことなどを考慮したものである。」

 つまり、繰延資産の範囲については、「会社計算規則」上の「剰余金の分配可能額から控除」の規定を根拠に、旧商法施行規則上の範囲が踏襲されることとなりました。ただし、「建設利息」については、上掲の理由で、そして「社債発行差金」については「金融商品に関する会計基準」(企業会計基準第10号)において会計処理が定められているという理由で検討対象から除かれています。
 「建設利息」及び「社債発行差金」は、従来、会計学的観点、すなわち「会計の論理」からは、繰延資産とはいえず、便宜上商法では繰延資産としての処理が認められていると説明されていましたが、「実務対応報告第19号」では、検討対象から除く理由として、そのことに関する言及はありません。しかし、償却方法(定額法等)や償却期間(3年以内のその効果の及ぶ期間にわたって等)等、会計処理については、旧商法や旧商法施行規則の規定より会計的に洗練された規定が整備されています。

 「会社法」では、会社の計算は、「会計の論理」、すなわち「企業会計原則(基準)」に「委任」されるに至りました。繰延資産と引当金は、共に「計算擬制項目」といっても、前者は費用の繰延、後者は費用の見越し計上であり、比較的シンプルな「擬制」でした。

 金融のグローバリゼーションが資本市場に結びついた会計にある種の「普遍性」を付与し、デリバティブの会計や税効果会計等を浸透させてきました。デリバティブや繰延税金資産は、期間損益の観点から要請される費用の繰延べ、費用の見越し計上より遙かに高度で抽象的な「擬制」の上に成り立っています。すなわち、それらの資産性については、「換金可能性」という観点から論じられる性格のものではありません。デリバティブや繰延税金資産の高度に抽象的な「擬制」性が、「会社法」の剰余金分配規制について、会社の計算が「企業会計原則(基準)」に「委任」されるに至った原因の一つと考えられます。

 このことは、金融のグローバル化によるアメリカ会計基準(US-GAAP)に代表される資本市場に結びついた会計の「普遍化」を背景とした、先進国共通の問題でした。したがって、期待される役割、あるいは実際に果す役割は、昭和期における「企業会計原則(基準)」に対するものと平成期におけるそれとは異なったものとなりました。

 「会社法」による計算の「企業会計基準」への「委任」によって、かつて「商法」と会計の論理(会計学)との理想的関係とされた状況が、一部実現した向きもあります。1963年の「計算書類規則」制定時に、太田は次のようにいっていました。

「会計学者は会計処理を研究するとしても計算規定に定められた限りにおいては商法の規定をふえんする以外には口を封じられたことになる。商法の改正を希望したのは全面的に会計学の根本思想を取り入れることを求めたのであって、部分的に、しかも種々の条件をつけて、会計学的な外装に改めて、それを会計学的な改正であると称することは困るのであって、こんな結果になるならばむしろ商法改正をしない方がよかったのではないかと思う。例えば評価規定にしても従来の時価以下主義というが如き漠然たる規定に止めて、理論的な評価原則は会計学の議論に譲るとされた方が遙かに実際的でもあり、弾力性もあり、且つ合理的でもあったと考えられるのである。」(太田1963,122頁)

 しかし、「委任」によって「会計の論理」が単純に貫徹できる状況とはいえません。例えば、上述の「実務対応報告第19号」でも、「株式交付費」については、「国際的な会計基準の動向を踏まえて、今後、新株発行費(株式交付費)を含む繰延資産の会計処理の見直しを行う可能性もある。」(1 目的)とされています。また、上述のように繰延資産の範囲については、「会社計算規則」上の「剰余金の分配可能額から控除」の規定を根拠に、旧商法施行規則上の範囲が踏襲されています。これは、「実務対応報告第19号」の公表、および関係各方面からの見直しの要望を受けて行われた対応であるとされます(細川ほか2007、93頁)。このように、「会社法」の論点と「企業会計原則(基準)」の国際化をめぐる論点とが、それぞれ別の観点から日本の会計制度を制約するという状況にあります(斎藤2006、21頁)。

 商法の枠外での実験を経て、制度としての基礎が固まった成果を商法に取り込むという「日本型」近代化プロセスは、当事者にどれだけ自覚があったかということは別として、実に巧妙な近代化の方法でした。

 しかし、証券取引法会計(金融商品取引法の前身)という「実験場」での成果を商法に取り込むという「日本型」会計近代化のプロセスは、上述のように、2002年(平成14年)改正における連結計算書類の導入には見られますが、同改正における一部計算規定の省令委任によって変質しました。そして、2006年(平成18年)の「会社法」施行によって昭和期の「日本型」会計近代化のプロセスは解体し、日本型会計学は弱体化したといえるでしょう。

文献

新井清光ほか1978「〈座談会〉企業会計制度の基盤」『企業会計』第30巻第
 12号。
太田哲三1963「貸借対照表および損益計算書の法定様式」『産業経理』第15
 巻第5号。
神田秀樹・斎藤静樹・始関正光・鶯地隆継・和泉正幸「平成14年商法改正と
 会計・計算〔下〕」『商事法務』第1672号。
斉藤静樹2006「新会計基準と基準研究の課題-資本会計の論点を中心に」
 『企業会計』第58巻第1号。
西山芳喜2002「商法会計の新展開」『ジュリスト』第1229号。
細川充、小松岳志、和久友子2007「会社法施行規則及び会社計算規則の一部
 を改正する省令の解説」『商事法務』第1788号。


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