Co2+を用いたワンポット合成における金属の共通点とは
高校1年 栗林
このレポートではCo2+を用いたワンポット合成において、CoCl2以外の金属ではどのような金属塩で酸素の泡が生じるかについて、またこのワンポット合成において最後の反応が起きるにはどの物質(イオン)が不可欠で、またどの物質(イオン)が必要でない(不要な)のかを明らかにする。本実験で反応が起こる原理は、中心となる金属イオン(ここではCo2+)に水、水酸化物イオン、酒石酸イオンなどの溶液中の粒子が結合し、金属イオンの電子の状態が変わることで溶液の光の反射の仕方や水への溶けやすさが変化することによるものである(この状態を錯体という)。銅や鉄など他の金属イオンでも同様の反応が起きる。……・(*)(詳細後述)
このCo2+を用いたワンポット合成は、⓪CoCl2aq(溶液1)に①Na2CO3aq②NaOHaq③HClaq④KNaC4H4O6aq⑤H2O2を加え、反応を進めている。溶液1に①~⑤を加えたことで形成される溶液(沈澱)を溶液2~6とする。溶液1~4の状態は以下である。
溶液1:ヘキサアクアコバルト(Ⅱ)イオンのピンク色溶液
CoCl2 + 6H2O → [Co(H20)6]2+ + 2Cl-……(❶)
溶液2:炭酸ヘキサアクアコバルト(Ⅱ)の紫色沈殿
[Co(H2O)6]2+ + CaCO3 → [Co(H2O)6]CO3 + Ca2+
溶液3:水酸化コバルトの青色沈殿
[Co(H2O)6]CO3 + 2NaOH → Co(OH)2 + Na2CO3 + 6H2O
溶液4:溶液1と同じピンク色溶液
Co(OH)2 + 2HCl + 4H2O → [Co(H2O)6]2+ + 2Cl-……(❹)’
(❶)、(❹)’より、溶液4を入れると、溶液1の状態と同じになる。そこに溶液④、⑤を入れると以下のようになる。
溶液5:溶液4に酒石酸イオンが加えられただけ
[Co(H2O)6]2+ + 2Cl- + C4H4O62-
溶液6:H2O2は酸化剤として働きC4H4O62-はシュウ酸(C2H2O4)に酸化され
H2O2自身は還元され酸素が放出される(酸素の発生前に二酸化炭素も生じる)・・・・・(❻)
C4H4O62- + 2H2O2→ 2C2H2O4〔シュウ酸〕 + 2H2O + 2e-
2H2O2 → O2 + 2H2O [Co(H2O)6]2+、C4H4O62-
❻について詳しく解説する。
最後の泡が出る反応について詳説する。酒石酸イオンC4H4O62-は高温で[Co(H2O)6]2+と反応し、二酸化炭素を放出して緑色のコバルト―酒石酸塩活性錯体を形成する。活性錯体は、遷移状態(化学反応が起こる際に必要なエネルギーを持ち、実際に反応が起きようとしているor起き始めている状態)にあり、非常に壊れやすいため、酒石酸イオンはすぐに過酸化水素に酸化されてシュウ酸(C2H2O4)となり、コバルトは元の[Co(H2O)6]2+に戻る。この過程で酸素が発生する。また、活性錯体が壊れる際の発熱で、反応後のフラスコは非常に高温になり、場合によっては湯気が出る。反応全体としては、酒石酸イオンは酸化されて減少し、[Co(H2O)6]2+の量は変化せず触媒としてふるまう。
なお、本実験は酒石酸イオンが残っている限りはH2O2を加えると反応が起き続ける。
(*)について解説する。先述した通り、本実験では反応の核となるCoCl2のCo2+をAl3+やCu2+などの他の金属イオンに変えても反応するはずである。そこでCoCl2をCaCl2、KCl、AgCl、ZnCl2、CuCl2、AlCl3、FeCl3に変えて④、⑤を加えた。(①~③を加えると元の溶液⓪に戻るのでこの過程は割愛した)反応結果は以下である。(反応したというのは、H2O2を入れた時に酸素の泡が出たということ)
上図より、H2O2を加えた時に酸素の泡が生じる金属イオンは、銅(Ⅱ)イオン、アルミニウムイオンや鉄イオンである。これらの共通点は、錯体における配位数が6個であることである。(写真参照)
では、なぜ配位数が6つの金属イオンでしか反応が起きないのか。配位数が6つの金属イオンにはそれ以外の金属イオンにはない性質があることにより、反応が起きると考えられる。このとき、考えられる原因は以下の通りである。
酒石酸イオンがサクイオンと結合する前と後のそれぞれの場合を考える。
(酒石酸イオンの錯イオンとの結合前)
・酒石酸イオンが錯イオンと結合しない・・・①
(酒石酸イオンの錯イオンとの結合後)
・H2O2を入れた時に活性錯体が形成されない(CO2が放出されたかどうかで確認可能)・・・②
・H2O2を入れた時に過酸化水素水が酸化剤として働かない・・・③
❶H2O2が酸素に分解されない(酸素が放出されたかどうかで確認可能)
❷酒石酸イオンがシュウ酸にならない
・シュウ酸→シュウ酸[金属](シュウ酸カリウム、シュウ酸カルシウム、シュウ酸銀など)へと変化しない)・・・(*)’
(*)’は、溶液の色が変わっていない(シュウ酸からシュウ酸[金属]へと変化すると色が変わる)ことから、(*)’以外が原因だと考えられる。そのため、配位数が6個の金属でしか反応しない原因は①、②、③(❶、❷)のいずれかであると考えられる。
②が原因だと仮定すると、過酸化水素水を入れた時の溶液に石灰水を加えると白く濁るはずである。そこでCoCl2の代わりに、NaClやKCl、CaCl2、MgCl2を用い、それぞれの溶液にKNaC4H4O6aq、H2O2を加え、その溶液を試験管に移し、石灰水を加えて、混ぜた。すると白く濁らなかった。したがって、②は原因ではないと言える。
同様に❶ではCoCl2の代わりに、NaClやKCl、CaCl2、MgCl2を用い、それぞれの溶液にKNaC4H4O6aq、H2O2を加え、そこに線香を入れたときの変化を観察した。すると、線香の火は大きくならなかった。このことから、❶は原因ではないと言える。
以上より、CoCl2の代わりに、NaClやKCl、CaCl2、MgCl2など配位数が6個でない金属イオンのものを用いると最後の反応が起きない原因は①または❷だと結論づけられる。しかし、では①と❷のどちらが原因なのかはまだ解明できていない。・・・(*)’’
では、次にこのCo2+を用いたワンポット合成において、最後の反応が起きるには、どの物質(イオン)が不可欠で、またどの物質(イオン)が必要でないのかについて言及する。
まず通常のこの実験に使っている薬品で最後の反応に関与するものは以下の通りである。
①CoCl2 ②KNaC4H4O6aq ③H2O2
①CoCl2は先述した通り、Al3+やCu2+、Fe3+など配位数がCo2+と同じく、6つの金属塩であればそれらに置き換えても良い。次に ②KNaC4H4O6aq について考える。②KNaC4H4O6aq は、本実験では酒石酸イオンC4H4O62-が高温で[Co(H2O)6]2+と反応し、二酸化炭素を放出して緑色のコバルト―酒石酸塩活性錯体を形成する。つまり、②KNaC4H4O6aqは本実験において活性錯体を形成するという役割を持つため、②KNaC4H4O6aq がなければ H2O2 を加えてもそれが水と酸素に分解されるだけで、緑色の泡は発生しない 。(しづらい)また、②KNaC4H4O6aqはクエン酸ナトリウムに置き換えても本実験と同じように反応が進む。(ただし、最後の反応後、溶液の色が元に戻らない)そのため、酒石酸カリウムナトリウムとクエン酸ナトリウムに見られる共通点こそが、本実験で活性錯体を形成する反応において欠かせないものだと言える。ここで資料3と資料4より、両物質、共にカルボキシ(-COOH)を含んでいることが分かる。したがって、本実験においては活性錯体を形成する上で、カルボキシ(-COOH)を含んでいることが欠かせないと結論付けられる。
以上が、Co2+を用いたワンポット合成において、最後の反応が起きるために欠かせない物質(イオン)である。ここまで、本実験において必要不可欠なものや、不要でも最後の反応が起きるものなどについて論じてきた。しかし、(*)’’で述べたように、酒石酸ナトリウムカリウムやクエン酸ナトリウムの詳しい役割やそれらを加えずに過酸化水素水だけを加えると反応が起きるかどうかなど、未だ解明されていない点は多い。それらの解明を今後の課題としたい。
資料
<資料1> (CoCl2をCuCl2に置き換えた時)
<資料2>( CoCl2をFeCl3に置き換えた時)
<資料3>(酒石酸ナトリウムカリウムの構造式)
<資料4>(クエン酸ナトリウムの構造式)
参考文献
・中原勝儼 『色の科学』 培風館
・日本化学会編 『実験による化学への招待』 丸善出版
・海城学園化学部 『白クマの化学』 2005 年
・日本化学会 『環境・安全化学・グリーンケミストリー・サスティナブルテクノロジー ワンポット合成反応』 https://division.csj.jp/div-report/18/1820112.pdf
・千葉県教育委員会 『反応速度・化学平衡の指導方法の研究』
https://www.chiba-c.ed.jp/shidou/k-kenkyu/H19/k200715.pdf
・日本学術振興会 『KAKEN タミフルのワンポット,ワンフローでの集積化全合成』
謝辞
・多くの助言をしていただいた矢作先生に感謝の意を表したいと思います。
・実験に協力していただいたS君(高1)、T君、M君(中3)、M君、T君、Y君、H君(中1)に心から感謝したいと思います。