新宿ゴールデン街に潜む悪魔【第32話】
〜拉致〜
荻野の両腕をロープで縛り、目隠しをして歩かせる。
香がハンディビデオで撮りながら進む。こうすれば道行く人も何かの撮影だと思うだろう。
ゴールデン街の二階に続く急な階段を上がらせる。足を負傷しているのでかなり時間がかかる。
ジッポに着いた。荻野を椅子に縛り付ける。
「お前ら俺にこんなことしてどうなるか分かってんのか?」
「分かってるよ。他の暴力団員に殺される。あんたが連絡すればの話だけどね」
答えたのはいつの間にか変装を終えた響だった。
「誰だお前?」
「山崎響だよ。山崎。なんか思い出さないか?」
荻野はハッとする。
「まさかあのババアの」
「そうだ。あと人の母親のことをババアって言うのはやめろ」
「うるせえな」
そこで響はボイスレコーダーを再生する。
例のやりとりがロンソンに響く。
みるみる荻野の顔色が青ざめる。
「これはゆくゆくは警察とマスコミに提出させてもらう」
響が呼ぶ。
「香、銃を構えたままで、ここに居てくれないか?」
「いいけどなんで?」
「今からいくつか質問する。それに対する答えがほんとか嘘か見極めてくれ」
響が質問をする。
「あんたは警察から逃げるために東京に来てあのワンルームに住んでるのか?」
「…まあそんなもんだ」
「新宿の人ごみの中なら逆に見つかり難いと思ってか?」
「そうだ」
響がゴールデン街で暮らすのも同じ理由だ。
「ひとつ疑問に思っていた点がある。あんたほどの金持ちヤクザがどうして空巣になんか入ったんだ?1億7000万も持ってるあんたがだ。まさか空巣で貯めた金ではないだろう」
「ちょっと魔が差しただけだ」
髪を触るしぐさ、唇の動きから香は察した。
「嘘だね。魔が差しただけじゃない」
響が荻野の顔面を殴る。吹き出る鼻血。
「嘘は言うな。殴り殺すぞ」
「…空巣じゃねーよ」
「空巣じゃないっていうのはどういうことだ?」
「待ってたんだ。お前の母親が帰ってくるのを。さっきのお前たちと一緒だ」
「何のために待ってたんだ?」
荻野が口ごもる。
香が打たれてない方の足に拳銃を当てる。
「撃つよ」
「ちょっと待ってくれ!言うよ!言う」
「朝の5時ごろ街の路地裏で他の暴力団の組員を刺したんだ」
「朝の5時は母が犬の散歩に行く時間だ」
「それをお前の母親に見られた。誰もいないと思っていたのによ」
「だからあんたは付けていって侵入して…」
「殺した」
そういう理由か。見たというだけで母は殺されたのか。
「殺すつもりはなかったんだ」
香は
「嘘だね」
と言って足を銃で撃ち抜いた。
「ぎゃああ!」
荻野が悶絶する。
「一日に二人も殺しておいて、指名手配にならないのはなぜだ?」
「嘘ついたら次は腕ね」
脂汗を垂らしながら荻野は言った。
「1億、警察に1億渡したんだ。組長は警視庁のお偉いさんにパイプがあるからな」
「そういうことか。腐ってるな。お前も警察も」
じゃあ、と響は香から銃を受け取り、荻野の眉間の前に構える。
そして、引き金を引いた。