新宿ゴールデン街に潜む子悪党【第28話】
〜ラブホテル〜
「やだー、まだ会って間もないじゃーん」
恐怖を感じながらも香は酔っぱらいを演じる。
荻野は何も言わない。
「今日は帰ろうよー!今度ね今度」
引っ張る力が更に増す。香は全く抵抗できない。
この男はいつでもこんな風に女を無理矢理連れて行くのか。
「助けて!」
そう言ってみたが、相手が大男だからか皆見て見ぬふりをする。それ以前に平日なので人通りはまばらである。
「声を出すな」
小さくて冷たい声。
香は畏縮する。
それでも香は助けを呼ぼうと息を吸い込んだ。その瞬間顎に強い衝撃が走る。香は右フックをくらい気絶した。
気がつくとそこはピンク色の部屋だった。ふかふかのベッドに寝ている。なんで?と香は一瞬思った。が、すぐに全てを思い出した。
自分の衣服を確認する。特に乱れている様子はない。
パンツもはいている。
「別にヤっちゃいねーよ」
例の冷たい声がする。
荻野は椅子に座っていた。
「お前みたいなのには興味ねーんだ。ただなんか怪しいと思ってな」
荻野は大きな鞄からiPadを取り出す。メモの画面を開く。そしてもう一度鞄に手を入れ黒い物を取り出した。
拳銃だった。
香が息を飲む。
無音の部屋にゴクリという音が響く。
「身分証を出せ」
香は従う他ない。免許証を出す。
荻野は名前と住所をメモに打ち込む。
「電話番号を言え」
嘘の番号を言おうかと考えたが確認されたら終わりだ。
正直に言う。
「じゃー次は、お前の実家に電話して親に住所を言わせろ」
親!それだけは嫌だった。親を巻き込むなんてことは
したくない。だが、躊躇う香に
「早くしろ」
と言って拳銃を突きつける。
金属のヒヤッとした感覚。本物を見たことはないが、その重みと荻野の表情を見て、本物だと確信する。
香は実家に電話をかけた。「出ないでくれ!」と祈ったが、それも虚しく母はワンコールで出た
「香ー?久しぶりじゃない!元気なの?」
「殺されそうだ」そう言いたかったが言える訳はない。
「じ、実家の住所なんだっけ?ド忘れしちゃってさ」
「あんたそんなことあるー?若年性アルツハイマーなんじゃないの?」
母は笑いながら住所を言ってしまった。荻野がiPadにメモる。そして彼は自分が有名指定暴力団の幹部であることを囁き
「つまんねー殺しはしねー。だが、もしこれからも舐めたマネしやがったら、親を殺す」
そう言って二万円をテーブルに置いた。
「お代だ。15分後にここを出て帰れ」
荻野はiPadと拳銃を鞄に入れ、部屋から出ていった。