新宿ゴールデン街に潜む子悪党【第21話】
〜捕獲〜
バー「ジッポ」をオープンさせた3ヶ月後、バー「ロンソン」のオーナー吉田玄太が初来店した。
「雰囲気いいねー。これ全部ヒビちゃんのセンス?」
「まー。そうですね。前に赤坂で飲んだ店のミニチュア版ですよ」
薄暗い店内には、一枚板のカウンターに樽の椅子が整然と6つ並べられている。壁にはジャックダニエルのポスターや、フランス映画のポスター、芝居のチラシ等が貼られている。
「じゃーハートランドもらおうかな」
店には約30種類のウィスキー、スコッチ、ブランデーと、約20種類の焼酎の類がところ狭しと置かれている。
もちろんビールもある。
響はハートランドビールの栓を抜きながら
「吉田さんが来てくださるなんて嬉しいですね」
と言った。
「来てもらってばっかりじゃ悪いからねー。まあ少し遅いけど開店祝いってことで」
ゴールデン街は来てもらったバーテンの店に顔を出すというルールのようなものがある。持ちつ持たれつ。そうやって成り立っている。
「ヒビちゃん一杯飲んで」
こうやってバーテンにとりあえず一杯ご馳走するのが美学とされている。手持ちが無いとき以外は響もそれをするようになった。
「ありがとうございます。じゃーこれいただきます」
響は恒例のラフロイグを注ぎ、乾杯をした。お互いにグラスを下げる。下げ合ったあげく、地面すれすれのところでグラスを当てる。
「ヒビちゃんも下げるねー」
「吉田さんの方が歳上じゃないですか。ゴールデン街歴も」
そして行儀の悪い客やイタい客の話で盛り上がる。響も店をやるようになってこういう話題にもついて行けるようになった。
ここ数年で外国人の観光地となり、治安は良くなったがやはり酔っ払いの街である。気が大きくなって喧嘩をする者もいる。店で暴れる者もいる。
そういう人間は大抵出入り禁止にする。しかしまだ開店3ヶ月の響の店にはそこまでの客は来ていない。
「この前客がさー、その焼酎くださいっていうから出したんだよ。そいつそれ飲んでさー『これは最高峰っすね。芋の香りがぷわーんと広がるっていうかね、いやー、最高の芋使ってるなー』って言ってるんだけどさー、それ麦焼酎だったんだよね」
「あはは!バカの知ったかぶりですねー」
響が笑っていると、急に吉田は真剣な顔になった。
「まだなぜか指名手配にはなってないけどさー、例の男の名前分かったよ。つってもまあ偽名だろうけどさ、この辺ではカシワギタクミって名乗ってるらしいよ」