社会心理学は社会に提言できるか(5)
第5弾です
2021年8月開催の日本社会心理学会第62回大会の「新型コロナウィルス1・2」セッションでの質問への回答第5弾です。他の回答はこちらから御覧ください。
現状の社会心理学から、新型コロナ対策にかんして何かしらの提言(社会的提言、政策提言)などをすることは、どの程度まで可能/適切と考えますか。Covid-19パンデミックに対して、社会科学の知見を積極的に発信するべきという立場と (Van Bavel et al., 2020など)、それらの知見はまだ頑健性や一般化可能性が低く、慎重であるべきという立場があるように思われます(IJzerman et al., 2020など)。新型コロナに関係する研究をされている立場から、ご意見をいただければ幸いです。
田戸岡 好香さん (高崎経済大学)
新型コロナワクチンの有効性の認知と外国人態度の関係
―行動免疫システムの観点から―
田戸岡 好香 高崎経済大学
石井 国雄 清泉女学院大学
樋口 収 明治大学
回答
平石先生,ご質問をありがとうございました。
第一著者個人の意見ということでお返事させていただきます。
まず,コロナ禍におけるさまざまな現象や社会問題を解釈する際に,社会心理学の理論枠組みや知見というのは重要な働きをしうると私は考えています。
ただし,例えば,本研究に関して言えば,行動免疫システムの観点からすべての外集団に対する偏見を捉えることは妥当かという指摘もありますし,一つの研究知見から言えることは多くはないと思います。あくまでも「このデータではこういう結果が得られた」という括弧付きの知見である,ということは意識しておく必要があると思います。
そうした中でも,現在ではオープンデータ化が少しずつ進んでいますし,メタ分析などを通して研究室や研究領域を超えた知の蓄積は可能だと思います。頑健な知見は短期的にはなかなか得られるものではありませんから,少なくとも,適切な方法で取得されたデータによって理論が裏付けられているのであれば,何らかの危惧を社会に伝えることはできるのではないかと思います。
また,最近も話題になっていましたが,若者の反ワクチン態度を強調するような報道の在り方に関して注意喚起をするなど,頑健な知見をもとに提言していくことは社会科学の役割として行っていくべきだと思います。
平石の返信
ご回答いただき有難うございます。
頑健な知見にもとづく提言を行うことについては私も賛同するところです。その際に、どの程度の証拠があれば「頑健」と言ってよいのか、という点について、専門家内でのある程度のコンセンサスが必要なのではないか、とも思っています。
例えば追試が失敗したからと言ってある知見の頑健性を頭から否定するのは適切でないかも知れませんし、逆に、実験室では頑健に観察される現象でも、現実社会の文脈に埋め込むと、ほとんど効果を持たないという場合もあるかも知れません。そうしたエビデンスレベルについて、非専門家にも分かりやすい(使いやすい)情報を提示していく必要があるのではないか、と考えています。
個人的には(かなり悲観的なことは自覚していますが)、「反ワクチン態度を強調する報道によって、若者の反ワクチン態度が強まる」という効果ですら、その頑健性や効果量の大きさについて、社会心理学が強力な科学的知見を蓄積してきたのか、良く分からないと感じています(単なる私の勉強不足なら良いのですが)。それゆえ、相応の慎重さを持って社会に発信する必要があると考えています。
有難うございました。
平井 啓さん (大阪大学大学院人間科学研究科)
新型コロナウイルス感染症のヘルスリテラシーの違いによる対象者セグメンテーション
平井 啓 大阪大学
山村 麻予 関西福祉科学大学・大阪大学
加藤 舞 大阪大学
三浦 麻子 大阪大学
回答
私は自身は積極的に低減していくべき役割を負っているべきだと考えていますが、長期的には頑健性の高い理論の構築も必要なので、それぞれ役割分担して、その両者がそれぞれを尊重してやっていければいいと思います。対策について物を言う際には、タイミングや、「その時点でのベターな内容」が優先されるとおもいますが、一方で賞味期限があるとかんがえたほうがいいとおもいます。
平石の返信
ご回答いただき有難うございました。
辻さんが書かれていた「ミドルマン」としての役割を担っておられるのかな、と思いました。確かに「賞味期限」を情報の中にどのように埋め込むべきなのか、というのは(特に頑健で普遍的な知見が確立できていない状況では)大事なポイントですね。
有難うございました。
服部 陽介さん (大手前大学現代社会学部)
新型コロナウイルスへの感染対策の持続的実施とグリットの関係
服部 陽介 大手前大学
回答
平石先生
ご質問いただきありがとうございます。ご質問を受け,あいまいに考えていた問題について,再考することができたように思います。
まず,新型コロナウイルスへの感染対策に対する提言については,私の研究も含め,多くの研究が小規模で散発的に実施されている現状においては,慎重であったほうがよいと考えています。緊急事態宣言の発令やワクチン接種など,新型コロナウイルスを取り巻く状況の変化が目まぐるしく生じている今,調査対象や時期が限定された小規模な研究からいえることはかなり限定的であるように思います。社会に向けて何らかの提言を行っていくに先立って,知見の頑健性と一般化可能性を検証するための環境整備 (より大規模な研究を実施可能な研究グループの構築など) が必要であるように思います。
その一方で,たとえ小規模であったとしても,研究成果は積極的に開示していく方が良いと考えます。得られた研究成果をまとめるとともに,考慮しきれなかった交絡変数など,結果の解釈を限定的にする種々の要因を明示的に示し,研究間の対照が容易な形を作る必要があるように思います。
平石の返信
ご回答ありがとうございます。
研究成果を積極的に開示していくことが重要とのご意見、まったく賛成です。特にデータや分析スクリプトも含めて公開していくことは、とても大事だと思います。
また、多くの研究が小規模&散発的な実施となっていることの問題も大きいと思います(私どもの報告も、そうしたものの一つと言わざるを得ません)。全ての研究者がbig scienceを目指すのも不健全なように思いますが、パンデミックや、昨今で言えば気候変動など、極めて大きな社会問題については、大きなチームで検討することも重要と思います。と思いつつも、どうも気が乗らなくてサボっている自分を反省しました。
有難うございました。
泉水 清志さん (育英短期大学現代コミュニケーション学科)
新型コロナウィルスの不安と倫理的消費
泉水 清志 育英短期大学
回答
ご質問ありがとうございます。
自身の研究(結果)が一般化できるレベルではないので大きなことは言えませんが、Covid-19が社会や人間に及ぼす影響を考えると、積極的に発信する(適宜修正等を行う)のは良いのではないかと考えます。感染経路、ワクチンの有効性なども、新たな研究によりどんどん変化しているので、頑健性や一般化可能性を高めてからでは「研究を社会に役立たせる」という点ではその意義が小さくなる気もします。ただし、今の世の中では発信方法には慎重さも必要と感じます。
平石の返信
ご回答いただき有難うございます。
頑健性や一般化可能性が確認されるまでは何も言わないことの歯がゆさは自分も感じるところではあります。他方で、もしも頑健性や一般化可能性の低い知見を、そのことを明示せずに、積極的に社会に発信したならば、それはかなり危険だとも考えます。それゆえ個人的には Ijzermanらの提唱するエビデンスレベルという発想が重要と考えています。
有難うございました。
沼崎 誠さん (東京都立大学人文科学研究科)
新型コロナウイルスパンデミック状況下における感染脆弱意識
-2020年度以前の比較と生活史方略との関係の変化-
沼崎 誠 東京都立大学
中井 彩香 東京都立大学
李 禕飛 東京都立大学
朴 建映 東京都立大学
松崎 圭佑 帝京大学
回答
平石さん ご質問ありがとうございます.
共同研究者と相談をしたものではないので,沼崎の個人的意見として回答させて下さい.
コストやリスクが生じる可能性のある,介入レベル社会的提言や政策提言ができるのかといえば,IJerman et al. (2020)の立場のように慎重にならざるを得ないと思います.頑健性や一般化の問題を考えると,社会心理学の知見は現実社会への適応可能なものであるとは,現状では言えないと思います.
ただし,注意喚起レベルの社会的提言もできないかといえば,必ずしもそうではないのではないかと考えます.ある特定の状況において,このようなことが起こるであると予測できるだけの十分な知見がないとしても(介入にはこのレベルの知見が必要かと思います),このようなことが起こる可能性があるので注意が必要であるといった形での提言をするレベルでの知見はあるのではないかと思います.
例えば,パンデミック下において,正常性バイアスが働く可能性があるので注意をする必要があるとか,多数派から外れている人たちへの偏見が高まる可能性があるので注意をする必要があるとか,このようなレベルではあれば,役に立つことも可能ではないでしょうか.意識化しづらいプロセスに注意を向けることによって,生じるかもしれない望ましくない行動を抑制したり,生じるかもしれない現象を観察しようとしたりするきっかけになるように思います.
当然,実際,このようなことが起こっているのかをフォローアップする信頼できる妥当性のある研究を行ない,現実社会の中で適用可能であったのかを検証する責任を研究者は負うことになると思います.そのような研究知見が積み上げられることによって,社会心理学研究の知見の,IJermanが提案するようなレベルを高めることになるのではないかと考えます.
平石の返信
回答ありがとうございます。
注意喚起レベルの社会的提言は可能ではないか、というご意見は検討に値すると思いました。
何かに注意を払うように警告を発するということは、他のことへの注意を削ぐことに繋がる可能性も十分ある(機会コストが発生する)と思います。コストがゼロではない以上、提言を行うのであれば「これは科学的に頑健な知見ではないのだが、〜ということが生じる可能性を考えたほうが良いことを示唆する結果があるので、注意を促します」と、その場合でもやはり、エビデンスレベルを示した上で行うのが、責任ある態度ではないかと、個人的には思っています。
その上で、実際に現象が生じていたのかフォローアップする必要があるという点について同意です。しかし提言を出した立場の人による検証では当然バイアスが掛かるでしょうから、最低でも事前登録が必要で、できればmultiverse analysisやmany analysts的なアプローチが必要なのではないかと思いました。
有難うございました。
第5弾はここまでとします。恐らく次で最終回です。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?