社会心理学は社会に提言できるか(4)
第4弾です
2021年8月開催の日本社会心理学会第62回大会の「新型コロナウィルス1・2」セッションでの質問への回答第4弾です。他の回答はこちらから御覧ください。
現状の社会心理学から、新型コロナ対策にかんして何かしらの提言(社会的提言、政策提言)などをすることは、どの程度まで可能/適切と考えますか。Covid-19パンデミックに対して、社会科学の知見を積極的に発信するべきという立場と (Van Bavel et al., 2020など)、それらの知見はまだ頑健性や一般化可能性が低く、慎重であるべきという立場があるように思われます(IJzerman et al., 2020など)。新型コロナに関係する研究をされている立場から、ご意見をいただければ幸いです。
古村 健太郎さん (弘前大学人文社会科学部)
COVID-19パンデミックがもたらす夫婦関係の再評価
古村 健太郎 弘前大学
金政 祐司 追手門学院大学
浅野 良輔 久留米大学
回答
ご質問をくださり,ありがとうございます。
社会心理学はどのような学問なのかまで考える必要のある,非常に難しい質問だと思いました。
考えがうまくまとまらず,十分なお答えにはなりませんが,以下に記します。
なお,あくまで第1著者の個人的見解になりますので,第2著者及び第3著者の意見とは独立したものであることをあらかじめ申し添えいたします。
私は,発表したほうが良い。しかし,それは個人レベルだけではなく,エビデンスレベルや発信プラットフォームなどを含む公表体制を何らかの組織/団体が作り,その枠組みで行ったほうが良いであろう」と考えていました。
今回,我々が研究を行った背景としては,COVID-19前に行っていた縦断データの回答者へアクセス可能であったことが大きかったです。
仮説やモデル検討などを十分に検討できたとはいいがたいですが,COVID-19パンデミックという一種の自然実験的状況における夫婦関係の変容みたいなもののを検討した形になりました。
我々の研究結果を政策や対策に結びつけることができるかといえば難しいと考えています。
その一方で,必要とする人にとっては,価値のあるデータになる可能性も0ではないとも考えています。
社会心理学が,社会現象を扱う社会科学であることを考えれば,社会への還元という意味でも成果は発信すべきだと思います。
成果の発信する際は,エビデンスレベルのような基準があることは,社会に対するわかりやすさなどを踏まえれば必要だと思います。
心理教育的介入でもエビデンスレベルを公表したデータベースが様々な領域の人々から参照されていることは,一つの例になると思います。
そして,そのようなレベルは,その研究領域のパラダイムによって定められるものだと思いますので,組織や団体が作ることが望ましいのではないでしょうか。
社会心理学を科学として考えれば再現性や一般化可能性は極めて重要になってきますし,それをどの程度担保できるのかというレベルは,学術領域外の人にとって有用な情報になってきます。
その一方で,社会科学の中では,そこで起きた出来事を丁寧に記述し,それをどのように解釈するかなど,科学としての社会心理学とは異なる価値観を持つ学術領域もあります。
そこでは,再現性や一般化可能性ももちろん重要かもしれませんが,「何が起きたのか」という現象記述とその解釈が重要視される場合もあります。
これらのことを考えれば,学術領域外の人が成果を参照する際に,「このような立場(社会心理学の立場)から考えれば,このようなレベルのエビデンス」というデータベースのような仕組みがあれば参照しやすいのかなと思いました。
ただ,研究の関心や立場は個人によって異なりますので,組織的にやることが全面的に良いこととも言い切れません。
また,COVID-19にせよ過去の震災にせよ,未曾有の事態であるからこそ「何が起きたのか」を丁寧に見ていく現象記述的な研究も極めて重要であると思います。
そのような現象記述的な研究のエビデンスレベルが低くなるようなことは避けなければならないと個人的には考えています。
以上,まとまりきりませんでしたが,質問への回答となります。
今回ご質問いただいたことで,普段なんとなく考えていたことを熟考する機会をいただけましたし,まずは目の前の研究をしっかりとやることが重要であると痛感しました。
改めて感謝申し上げます。
平石の返信
回答いただき有難うございます。
エビデンスレベルを作成することについては私も賛成です。その際に、現象の記述に重きをおくスタイルの研究者およびその研究成果をどのように位置づけるか考える必要があるというご指摘に、なるほどと思いました。確かにそのように考えると、学会のような組織でエビデンスレベルを設定することにネガティブな側面があるかも知れません。少なくとも、そうしたアプローチの違いが学会内にもあることを踏まえ、それが学会の外の方々にも伝わるよう工夫する必要があると思いました。
有難うございました。
山縣 芽生さん (大阪大学大学院)
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大の脅威に伴う感染予防行動と外国人への排斥的態度の変化(2):
2020年1月から2021年3月の12波パネル調査に基づく検討
山縣 芽生 大阪大学
寺口 司 大阪大学
三浦 麻子 大阪大学
回答
平石先生,
このパンデミックでより浮き彫りとなった,重要な観点のご質問ありがとうございます。以下,しがない若手のコメントとして受け取っていただければと思います。
コピペ・公開・顕名あるいは編集なども問題ありませんので,ご自由にしていただければと思います。
結論から申し上げますと,社会心理学者が新型コロナ対策に関して何かしらの提言をすることは可能/適切であると考えます。
ただし,「世間・機関からのニーズ」,「研究者のマインド」の2つの課題を意識していく必要があると思います。
「世間・機関からのニーズ」
このパンデミックの中で,国内外問わず多くの社会心理学の先生方が研究者として当事者としてメディア対応をし,心理学的知見に基づいて慎重に意見を述べてきました。既に,社会心理学の知見を世に出す行いはされているので,「対策に関して何かしらの提言」もその延長線上と考えれば,取り組んでいくことはできるのではないでしょうか。たとえば,国内の緊急事態宣言と国民の行動はまさに心理学的トピックであり,社会心理学からも貢献できる点は大いにあるはずです。人の流れや規範遵守などの感染者数を下げる間接的な要因に注目した提言はできますし,医学的開発・効果を待ってる間はこっちをどうにかするのが勝負になっています。ただ,社会心理学者は治療薬やワクチンなどより直接的に感染者を減らすような要因を生み出すことはできないからか,蔑ろにされやすく・注目されず(?),提言を出す姿勢があっても現実的にはその声は本丸に届かないのかもしれません。
「研究者のマインド」
良くも悪くもその性分から「~すべき」といった提言はしない,できない社会心理学者は少なくないと個人的には思っているので,実際には出さない,あるいは何かしらの機関と関わって出していくとしても,指針を出す一歩手前のコメンテーターまでが社会心理学者の役割になることを予想しています。機関としては専門家から意見をもらっても,それをどう使えばわからないという話はよくあり,「~すべき」といったわかりやすい提言の仕方を求めるが,専門家としてはできない・したくない,というジレンマが生じていくかもしれません。
また,研究者には,(一番求められる)結果だけを示すのではなく,頑健性・一般可能性の観点から本来であればサンプル・状況設定・効果量などの条件つきであることを口酸っぱく,何度も伝える辛抱強さも必要でしょうし,どんなに懇切丁寧に伝えても伝わらず,オイシイところだけ掻い摘んで利用されてしまうこともあるということは,あらかじめ覚悟が必要になるはずです。じゃあ,次はどうやって伝えていけば良いだろうか?という発想に至れること,炎上しても責任を持って真摯に対応し続けることで「社会心理学者が新型コロナ対策に関して何かしらの提言をすることは可能/適切である」と思います。
平石の返信
回答有難うございました。
世間・機関のニーズと、研究者のマインドに問題を整理する視点が面白いと思いました。
ニーズに関して言うと、少なくとも日本では、社会心理学者が、具体的に国民の行動を予測・制御するような知見を持っていると思われていないことから、そうした要望が社会心理学者に寄せられることがないのだろう、と思っています。ただこれは国によっても違うかも知れません。また違う社会科学の分野(経済学とか、行動経済学とか?)には、そうした期待が寄せられているような気がしないでもありません。それでは、そうした社会科学が、効果的な提言を出来ているかというと、よく分かりません(皮肉ではなく、本当に良く分かりません)。
研究者のマインドについて言うと、個々の社会心理学者が炎上を覚悟の上で情報発信をしなければならないというのは、いささか敷居が高いように私は思いました。また「サンプル・状況設定・効果量などの条件つきであることを口酸っぱく」伝えても伝わらないのは、聞き手(ニーズ側)の問題だけにも思えません。専門家と非専門家のコミュニケーションをスムーズにし、個々人のコスト(炎上リスク、専門的内容を理解するための認知的負荷)を提言する道具の一つとして、Ijzermanらの言うような、エビデンスレベルを設定し、共有することが大事なのではないかと考えています。
有難うございました。
吉澤 寛之さん (岐阜大学大学院教育学研究科)
対人環境が子どもの反社会性の変化に及ぼす影響
―COVID-19対策の長期自宅待機前後の縦断的検討―
吉澤 寛之 岐阜大学
松下 光次郎 岐阜大学
笹竹 佑太 岐阜大学
吉田 琢哉 岐阜聖徳学園大学
浅野 良輔 久留米大学
回答
ご質問ありがとうございます。ご質問にかかわる領域(新型コロナ対策や方法論的なこと)に詳しくはないですが、社会心理学から恩恵を受けている立場ですので、無責任かもしれませんが、個人的な考え(他の連名発表者は未承認)を述べます。
今回の我々の研究は、新型コロナそのものについての研究ではなく、古村先生らのご研究と同じく、自然実験的状況において、環境がドラスティックに変わるときに、子どもの社会性がどう変化するのかを検証する探索的なものになります。今回の知見の頑健性を検討するためには、環境が大きく変わる他の文脈で同じ現象が追認されるか、実験的な操作によって同じ現象が追認されるかといった検証などが求められると思います。従来から子どもの包括的な環境要因の変動が子どもの社会性にどう影響するかといった縦断調査の研究結果などを報告していますが、Convid-19パンデミックにともなう長期自宅待機により、環境の急変を自然実験的に検証できる貴重な機会が得られたので、今回の報告にいたりました。
社会心理学の有名な研究では、アイヒマン実験や傍観者効果のように、社会で起きた衝撃的な出来事にインスパイアされて実施された研究も多いかと思います。最初は思い付きで行われた研究であっても、人間の普遍的な心理メカニズムにうまく焦点が当てられ、そのなかでエビデンスレベルの高い方法で検証が積み重ねられて知見としての頑健性が担保されたものが残っていくのだと思います。
それゆえ、研究者としては方法論的に厳密な検証をすることを念頭に研究を積み重ね、積極的に発信をする必要があるかと思います。エビデンスレベルが低くても報告をし、その後の追試やメタ分析でエビデンスレベルが向上していけばよいのではと思います。いい加減な知見は注目されませんし、誠実な方法を用いたのちの検証で淘汰されるので良いかと思います。慎重になりすぎて委縮することで、自由な発想が抑制され、心理学の活力が損なわれる副作用の方が怖いです。
もう一つ重要だと思うのは、発信の工夫です。学会の大会や論文、シンポ、専門書籍で発表していても、一般の人たちは参考にせず、専門家の自己満足で終わってしまいます。得られた知見を、社会の役に立てるうえでの道筋をつけることが大切かと思います。さまざまなメディアでの一般に向けた発信だけではなく、得られた知見を役立てるため、社会へ実装しやすい仕組み(システム)を開発し、構築することも我々の責任ある仕事の一つかと思います。
以上、私見になりますが、論点がずれていましたらお許しください。
平石の返信
ご回答いただき有難うございました。
社会心理学で困るのは、例えばアイヒマン実験や傍観者効果といった有名な知見ですら、それらがどれだけ頑健なのか分からなくなってしまっていることにあると、私は考えています。確かにそれらを支える研究は山ほどあるように思えます。しかし、それらがQRPやp-hackingによってもたらされた、見かけ上の頑健性ではないと主張することが困難であることが示されてしまったのが、現状だという理解です。その上、仮にそれらが頑健だったとしても、実験室を離れた文脈への一般化可能性という問題が残ると考えています。
ただし、そうした問題を乗り越えた知見については、社会に還元していくことが必要である(むしろ求められる)と考えます。また、学会内部では、エビデンスレベルの低い知見であっても発信され議論されていくことが必要であると思います。
そのように考えると、仰るように、研究者社会内での情報交換だけでなく、より広い社会への情報提供や、社会との情報交換の仕組みを整えることを考える責任があるのだと、改めて思いました。
有難うございました。
第4弾はここまでとします。ようやく半分くらい?