[裏X03]Morling先生、Tybur先生招待講演裏話
2021年8月開催の日本社会心理学会第62回大会でBeth Morilngさん(デラウェア大学)とJoshua Tyburさん(アムステルダム自由大学)に招待講演を依頼した顛末を学会のニュースレターに寄稿したまえと仰せつかりました。共に招待講演モデレータを務めた同僚が「700字を少し超えてしまいました」と報告しているのを片目で見つつ書いてみたら3000字くらいになりました。論文とか科研費申請書もこのペースで書けたら人生楽なのに。もったいないので削る前のものを裏で公開します。正本はこちらから(PDF直リンク)。
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大会準備委員長の敷島さんからメールが来たのは、サバティカルイヤーの開始を微妙な気持ちで迎えた4月頭のことであった。本来ならばもうカナダに行っていたはずが、昨年末には行けそうな雰囲気だったのに、デルタ株などというものが出てきたせいで先送りとなってしまい、もはや諦めの境地に入りつつあるところに、「海外の先生のゲスト講演をお願いしたい。この状況だからオンラインでお願いする予定だ。ついては何人か心当たりのお名前を挙げて欲しい」と言われて、微妙な気持ちがいや増した。とは言え、これまでさんざんお世話になってきた敷島さんからの頼みであり、断れるはずもないし、断る気もない。数人の名前を挙げて義理と人情を果たしたつもりで安心していたら、数日後、ご推薦のBeth Morling先生とJoshua Tybur先生にお願いしたい。ついては仲介と対応を、というメールが届いた。
2021年の社会心理学会にこれほどテーマの合う講師はちょっと思いつかないと自画自賛自信満々の人選であったから嬉しくはあったのだが問題は自身の処理能力である。「サバティカルで余裕あるし問題ないでしょ?」というのは普通の人の話で、私のような生来のポンコツの場合、どんなに人生に余裕があっても一定の見落としや凡ミスやタイポを乱発して時に心理学を創設してしまうのであり、授業負担とか睡眠時間との関係は線形なものではなく、ある程度より下では一様分布なのである。これは誰かに助けてもらわないと色々とやらかしてゲストの先生に失礼を働き大会委員会の顔に泥を塗るのは確実であると大いに慌てた。そういえば同僚の菅さやかさんが名古屋での学会の時にBethさんと話をしたことがあるって仰ってたなぁという曖昧な記憶を、「あの時は私がBethさんのアテンドをしたんですよ」と仰ってた記憶に再構成して、知り合いならばそれほどの負担もないだろうと助けを求めることにした。改めて考えると魔の二歳児の保護者に無理をお願いしすぎたとの反省はある。ごめんなさい&ありがとうございました。そこからの顛末は菅さんが報告して下さっている通りである。菅さん及び大会委員の皆さまのサポートのお陰様で、とても良い招待講演となったと思っている。もの凄く助かりました。
もう1人のゲストのTybur先生については、予め録画した資料を送っていただいてのオンデマンド講演となった。ファイルのやり取りなどは大会準備委員会がやって下さるということで、うん、それなら自分だけでも何とかなるだろう。と油断していたら、他のオンデマンド招待講演ではモデレータと講師のやり取りを録画してアップロードするらしいと敷島委員長からプレッシャーを掛けられて震え上がった。サバティカルに向けて英語のリスニングはまぁ準備していたが、話す方はてんで準備不足で、自分の破壊的英語でも受け止めてくれる友人のラボに行くつもりでのんきに過ごしていたので、これはまずい。自分の英単語っぽいものを羅列した連続音がオンデマンドで何回も再生されるとか悪夢でしかない。幸いにも昨年に引き続きQ&Aコーナーが設けられるということだったので、先に講演動画を抜け駆けで見せてもらい、開会前にテキストで質疑を仕込むことにした。テキストならDeepLとGrammerlyで万事解決...は言いすぎかも知れないが、百から千くらいの問題は解決できる。自分だけで質問を準備するのは大変すぎるので、ここでも人様の手を借りることとして、Tybur先生の講演テーマである「Covid-19と行動免疫システム」と丸かぶりな共同研究をしている仲間にヘルプを求めた。Tybur先生には夏休み中にもかかわらず丁寧な回答をいただき、大会中にQ&Aコーナーにアップすることができた。Tybur先生と、質問を用意してくれた三船恒裕さん、山縣芽生さんに感謝である。
大会初日冒頭のMorling先生の講演が無事に終わり、Tybur先生のQ&Aも目処がついたので、調子に乗って、Tybur先生にお伺いした質問の中から「社会心理学の知見から社会的提言や政策提言ができると思うか?」というのを選んで、「新型コロナウィルス1・2」ポスターセッションの全ポスターのQ&Aコーナーにも投げるという無茶もやってみた。不躾な質問にも関わらず多くの発表者から丁寧な回答をいただき、その上、ほとんどの方が大会終了後の公開に同意してくださった。ますます調子に乗って同様の質問をBethさんにも投げさせて頂いて、これも公開させていただくことにした。ご興味のある向きはnote上の記事をご覧いただければ幸いである。
最後に少し個人的なことを。今回のMorling先生(心理学の再現性危機)とTybur先生(行動免疫システム理論)の招待講演は、この10年の自分の諸々が反映されたという点でも、感慨深いものであった。Morling先生と知り合ったのはちょうど10年前、当時私が働いていた京都大学こころの未来研究センターに、彼女が訪問研究者として滞在された時であった。私たちを含め数人でオフィスを共有しており、よく一緒にお昼ごはんを食べた。そして、私の記憶に間違いがなければ、彼女のご両親が日本に地震があることを心配してらっしゃるという話を伺ったのが、2011年3月10日のランチだったはずである。その時に、翌日、仙台で人と会う予定があるとも伺った(こちらの記憶にはかなり自信がある)。兎にも角にも、翌日は、彼女との連絡が取れるまで気が気でなかった。
その東日本大震災と、続く福島第一原発の事故を受けた世相の中で、「進化心理学もそれなりに知見が蓄積されてきたし、何か社会に関わる仕事をすることが出来る準備が整ってきたのではないか。やってみたいね」と友人と話をした。そして原発事故地域への差別的反応を見て、行動免疫システム理論からアプローチする研究を始めたのである。それがTybur先生の招待へと繋がっている。
残念ながらしかし、10年前との繋がりは、そこでハッピーエンド、とはなっていない。2011年はBemの超能力論文がJPSPに掲載された年であり、それを一つの契機として、(社会)心理学は再現性危機に直面することとなる。
「それなりに知見が蓄積されてきた」と思っていた進化心理学も無関係でいられるはずはなく、そのことが、10年前に始めた行動免疫システム研究から碌なアウトプットを出せていないことの背景にある。そして再現性危機問題に取り組む中で、Bethさんに改めて出会うことともなった。10年前の私にとって彼女は、文化心理学者のBeth Morling先生だった。しかし、彼女が米国に帰国し、私が広島の安田女子大学に移ってから数年、彼女の書いた心理学研究法のテキストを手に取って驚いた。それは再現性危機を踏まえた丁寧なアップデートがされたものだったのだ。心理学教育者としてのBeth Morling先生に改めて感銘を受けたことが、今回のMorling先生の招待へと繋がっている。
実は10年前の繋がりはまだある。東日本大震災後、主に関西方面の心理学者たちで、いま自分たちに出来ることは何か、会って話をしようということになった。ネット(Twitter)上での知り合いでしかなかった三浦麻子さんと、初めて対面したのがその時であり、そして今回のこの記事は、その三浦さんからの依頼を受けて書いている。色々と考えると「社会心理学は社会に関わることができるのか」という、この10年来の問題意識が、さまざまな形で結節した2021年の社会心理学会であった。良い機会を与えて下さった関係各位に、改めて御礼申し上げます。
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