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社会心理学は社会に提言できるか(6)

第6弾&最終回です
2021年8月開催の日本社会心理学会第62回大会の「新型コロナウィルス1・2」セッションでの質問への回答第6弾です。他の回答はこちらから御覧ください。

現状の社会心理学から、新型コロナ対策にかんして何かしらの提言(社会的提言、政策提言)などをすることは、どの程度まで可能/適切と考えますか。Covid-19パンデミックに対して、社会科学の知見を積極的に発信するべきという立場と (Van Bavel et al., 2020など)、それらの知見はまだ頑健性や一般化可能性が低く、慎重であるべきという立場があるように思われます(IJzerman et al., 2020など)。新型コロナに関係する研究をされている立場から、ご意見をいただければ幸いです。

井上 裕珠さん (日本大学商学部商業学科)

感染症脅威が第一子出産希望時期に及ぼす影響
井上 裕珠 日本大学
沼崎 誠 東京都立大学

回答
平石先生
 ご質問ありがとうございます。社会心理学から新型コロナウイルス対策について提言をすることについて、個人的には現時点では慎重であるべきだと考えております。

 本研究以外にもコロナウイルスの感染脅威が人々に及ぼす影響に関して研究を進めておりますが、データの収集時期が少し違うと一貫した結果が得られないことが少なくありません。そもそも再現性が低いという可能性は十二分にあるのですが、私たちのコロナウイルスへの考え方や感じ方が少しずつ変化していることも考えられると思います。変化するきっかけがあるのか、それとも接する情報によって日々少しずつ変化しているのかなど、詳しいことはまだ分かりませんが、研究を実施した時期や場所、対象者によって得られる知見が異なる可能性があるため、「新型コロナウイルス研究」として一括りにして何かを言うには注意が必要ではないかと考えております。

 とはいえ、将来的に提言することを前提として考えるのであれば、研究の蓄積をどれだけ待てばよいのか、何をもって提言するに値する「頑健な」現象と考えるのかなど、考えなくてならない課題も多くあり、このような課題に関しては、社会心理学会全体で議論することも必要なのではないかと思います。

平石の返信
ご回答いただき有難うございます。

仰る通り、データ収集時期の少しの違いで結果の一貫性が失われることがあるというのは、私も(たった2時点ですが)データを取ってみて感じたところです。他方で継続データから安定した結果を導いているグループ(例えば今大会での山縣さんらの報告など)もあり、メタなレベルでの一貫性のなさにも目眩のする思いがあります。

それらを踏まえて、データを蓄積しておくこと、それを踏まえて社会心理学が何を社会に伝えていくことができるか、学会レベルで議論をする必要があるという意見に同意いたします。

有難うございました。

URICHER Raphael さん(京都大学大学院人間・環境学研究科)

Cultural differences in adjustment and control during COVID-19
Raphael Uricher Kyoto University
Masataka Nakayama Kyoto University
Yukiko Uchida Kyoto University

回答
ご質問いただきありがとうございます。自分の意見を日本語で正確にお伝えできるかどうかわかりませんので、英語で回答させていただきます。申し訳ありません。

Thank you very much for this interesting question. It inspired a very thought-provoking discussion between me and my supervisors, who collaborated with me on this research. I'm not sure I can convey my feelings about this issue well in Japanese, so I decided to respond in English. I'm very sorry if that causes any trouble, and please let me know if there is anything I can clarify.

In general, I think it is important for social psychology as a field to be socially conscious, and I feel like it is almost an inherent tenet of our field to try to produce research with translational, real-world value. At the same time, all three of us believe that we need to be careful to emphasise the limitations of our research when we are presenting our findings, particularly to the general public. Unfortunately, lay people (including people in positions with decision-making power) are not necessarily trained in critically interpreting research findings. This becomes an even bigger issue during a time of crisis like the COVID-19 pandemic, because people tend to want answers quickly and may be less comfortable or satisfied with ambiguity. Additionally, as we as social scientists try our hardest not to overstate the implications of our findings, it may be difficult for us to make a compelling case for the value of our research when compared to the claims of demagogues, especially as trust in experts is waning in many countries (particularly in North America, Europe and Australia).

However, all three of us also feel that saying something is better than not saying anything, and that we can strengthen the cases we are making over time as we collect more and more evidence. I think the most important principle for social scientists to abide by in this kind of situation is openness, both in the sense of being transparent about the uncertainties inherent in our work, and also in the sense of making our data and findings as accessible as possible. Professor Nakayama noted that it is difficult for us to know who exactly we should present advice based on our research findings to, so I wonder if the best solution to this is to make sure our findings can reach as many people as possible. For this reason, I think perhaps the best thing we could do would be to work to create an open 'database' of research that is continuously updated over time. That database could, perhaps, even include explicit statements about what a group of researchers might recommend based on the currently available body of research, and about how confident we can be in that evidence at the current time.

Thank you again for your question. Please let me know if you have any further questions or comments, in English or in Japanese. どうぞよろしくお願いいたします。

平石の返信
Thank you very much for your reply, and I am sorry for posting the question only in Japanese.

I agree with you that we should always be aware of the limitations of our research. I am still wondering which is better “for me” to say nothing or to say something. But I do not think I can tell which is the best way for everyone.

Given that, I am concerned that there seems to exist certain variability even among social scientists as to what constitutes “valid” and “reliable” findings. Even in 2021, we sometimes find several academic papers insisting that they have made significant findings with extremely underpowered studies. Even worse, a class of “scientists” state their views and theories without any valid evidence on mass media. These are why I am attracted to IJzerman et al. (2020), who introduced the idea of evidence readiness levels. I believe that such a system will work to protect sincere and careful scientists who tend to understate their findings from the worst type of “scientists.”

Thank you very much for your reply.

新井田 恵美さん (東洋大学人間科学総合研究所)

非人間化傾向と不要不急の外出に対する態度との関連
―一般市民調査による検討―

新井田 恵美 東洋大学
樋口 収 明治大学

回答
 平石先生。
 ご質問くださり,ありがとうございました。

 まず,今回の私たちの研究は「何かしらの提言」をすることを目的に行ったものではありません。

 私たちは,少なくとも新型コロナに関連した事柄については,何かしらの提言をすることに対して慎重な立場です。その理由はいくつかあります。たとえば,新型コロナの感染状況は刻々と変化しており,ある時点で「現在望ましいとされる方法で確からしい結論」を出せたとしても,それが別の時点で再現されないことも十分に起こると思うからです(そういうところまで理解できる方が被提言側にどの程度いるかも分かりませんから,悪くすると,社会心理学という学問に対する不信感だけを招きかねないとも思います)。また,提言する政策がどの程度の効果を期待できるかも合わせて考慮するべきで,それほど大きな効果が期待できないならば,政策を実施するための種々のコストや,その政策により個人や社会が(何らかの)制約を受ける可能性もあわせて考えると,個人や社会にとって,提言に伴うコストの方が大きくなってしまうような気がしております。研究者が自分たちの研究を発信していくことは,とても大切だと考えておりますが,以上のよう理由で,私たちは少なくともコロナに関する研究で提言をするということについては消極的な立場です。

平石の返信
ご回答いただき有難うございます。

提言が個人や社会に与えるコストに配慮するべきとの意見に賛成いたします。他方で、今回の新井田さんのような研究内容ですと、研究者本人の意図を超えた所で「利用」されることもあるのだろうな、とも思いました。研究者の発信意図のことだけを質問しましたが、異なる視点からも検討する必要があると気付かされました。

有難うございました。

村本 由紀子さん (東京大学大学院人文社会系研究科)

規範遵守行動の成立における他者の行動と選好の推測の影響:
COVID-19流行に伴うマスク着用行動に注目して

渡壁 政仁 東京大学
仲間 大輔 東京大学・リクルートマネジメントソリューションズ
村本 由紀子 東京大学

回答
ご質問をありがとうございます。第三著者の村本です。駆け込み返信になってしまってごめんなさい。発表者3名での意見交換を踏まえて、現時点で私たちが思うところを記します。

まず、一般に社会への発信・提言は頑健なエビデンスに基づいてこそ説得力をもつので、その点で、社会心理学の個々の知見の多くには確かに「頼りない」面があるかもしれません。今回私たちが発表した調査結果もその一つであり、この知見のみを論拠として、責任ある提言を行うことが可能だとは考えていません。その意味で、個別研究を一般化した発信には、慎重であるべきだと思います。

しかし、一方で、社会について研究している以上、社会心理学という学問は社会的発信を目指すべきだとも思います(必ずしも「今、ここ」の課題解決にすぐに役立つ処方箋としての提言ではなくとも)。その一つのあり方は、「理論」を磨き、理論に根差した発信をすることではないでしょうか。現状の社会心理学に、このような発信力を備えた理論がどれほどあるかは別として、もし見つかり難いとすれば、何とかしてその構築を目指したいものです。今回の学会で発表した私たちの小さな研究も、願わくはそのような理論構築のための地道な試みの一つでありたいと思います。

もう一つの重要な点として、「データ・知見の頑健性や一般化可能性が不十分だから社会的提言はできない」とは必ずしも言えないのではないか、とも考えます。たとえ限られた事例から得られた知見であっても、それが強いメッセージを内包している場合、一定の説得力をもちうるだろうからです。実際、たとえば大震災後、さまざまなアクションリサーチに取り組む先生方の研究姿勢には感銘を受けました。これは質的研究だけの話だとは思いません。このような意味での「パワフル」な知見をいかにして得るかは、量的研究を行う者にとっても重要な課題であり、それは研究の手法ではなく設計の問題として取り組むべき事柄だと思います。そうした現実に即したメッセージを持つ研究にも、理論構築のための研究と並行して、取り組んで行きたいと考えています。

今回のご質問は、自分たちの研究やその知見、理論の果たすべき役割について、広い視野から考えていく必要があることを自覚するよいきっかけになりました。問題提起に感謝いたします。いろいろと言葉足らずですが、取り急ぎお返事まで。

平石の返信
ご回答をいただき有難うございました。

社会心理学が社会への発信を目指すべきという意見に賛成です(言い方を変えれば、研究を発表した時点で社会への発信という意味を持ってしまう学問領域であると考えています)。そのための理論の重要性についても同意いたします。実際、再現性危機を踏まえて昨今、心理学理論にかんする特集がいくつかの雑誌で組まれているのも、同じ理由によるのではないかと思います。

限られた事例から得られた「パワフル」な知見の扱いについては、個人的には慎重でありたいというのが、正直なところです。何がパワフルかつ適切な知見なのか見分ける能力が自分にはないという諦念が、データを扱う分野を選んだことの背景にあるからです。もちろん、これは個人としての立場であり、他の人も同じ態度を取るべきとは考えていません。

回答ありがとうございました。

中川 由理さん (京都橘大学)

メディアへの信頼が新型コロナウイルス感染症リスク認知に与える影響
中川 由理 京都橘大学

回答
平石先生
ご質問いただきありがとうございます。改めてリスクコミュニケーションについて考えるきっかけになりました。意見というほどのものではないのですが、思うことについて以下に簡単に述べさせていただきます。

Covid-19に関する知見に限らず科学の知見は積極的に発信する必要があると考えますが、方法や手順、その結果の限界について明示しておくことが重要であると思います。そして、それを発信する際には分からない、不安なことなどを共有、解決できるような双方向のやり取りができるシステム(ファシリテーター的役割の人など)があることが求められるのではないかと思います。

平石の返信
ご回答いただき有難うございます。

科学的知見を発信において、双方向のやり取りを助けるようなシステムがあると良い、という意見に同意します。他方で、そうしたアイディアはずっと昔からあるのに、特に日本社会ではなかなか根付いて行かないようにも思われます。それこそ、社会心理学を含む、社会科学が取り組むべき問題の1つのようにも思えます。

有難うございました。

まとめ的な

以上で、大会中に「新型コロナウィルス1・2」セッションでいただいた回答の全てとなります。

社会心理学という学問の性質上、その研究が「社会」から完全に遊離したものとなることは難しい(不可能)でしょう。そのことは踏まえた上で、手元の研究成果を積極的に現実の社会に発信していくべきか、慎重にいくべきか。ご自身の研究に引きつけて回答して下さった方もあれば、学問分野全体の態度はどうあるべきか、という視点から論じて下さった方もありました。感染症の世界的流行(パンデミック)という状況下で、社会心理学者が何を考えて研究に従事しているのか、そのスナップショットとなったのではないかと思っています。簡単に答えるのは難しい質問に、ご回答いただいた皆さんに、改めて感謝申し上げます。

初回の記事にも書いたことですが、大会開催中の限られた時間の中でご回答いただいたものであることを、改めて強調しておきたいと思います。見返して、ご自身の考えが十分に書ききれてないと感想をお持ちの回答者の方もいらっしゃることと思います。他の回答をみて、考えに変化が生じつつある方もいらっしゃるかも知れません。ここでの議論が、社会心理学と社会、さらには社会科学と社会、学問と社会の関係について、私たち研究者の考えを拡げていくきっかけの1つとなれば幸いです。


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