【写真/旅】君は砂浜に裸足のままで。筒石への旅。
場所:糸魚川市 筒石地区
海沿いの国道8号線はそれをバイパスする道が高速道路以外に無いことから車の途絶えることが無い。
当然ながらその自動車の中には生きた人間が入っているので、傍から見れば歩く人も少ない小さな小さな漁村が点在しているだけだが、上越地方という大きな生き物を構成し呼吸を助ける沢山の器官と血液が常に脈動していることがわかる。
山が海に迫る小さな平地に肩を寄せ合うように建ち並ぶ家達。
狭い土地を最大限活用する為に上に伸びた三階建ては思ったより高さがあり外国のマンションのようだ。
殆どの家の戸の脇には流しが付いていて、漁業に使うであろう道具を水で洗っている夫婦を見た。
この道の細さでは除雪が大変だろうなと思ったが、実際に話を聞いたところ除雪車も入れないのでなかなか苦労されているらしい。
これ見よがしにカメラを首から下げていた僕をひと目で観光客と認識したであろう老人は嬉しそうに語る。
北陸本線に最後の蒸気機関車が走った日のこと。
夜中に土砂崩れのサイレンで起され、皆で港に避難した時のこと。
地下にある筒石駅のこと。
かつて夫婦で長野を旅した時のこと。
はねうまラインというのは山の稜線が馬の背のように見えるからだということ。
興奮してきたのかどんどん話が脱線していくが、別に悪い気はしなかったのでそのまま聞く。
近くで魚を干していた男性は無言で微笑み、その奥さんと思しき女性が何度か往復するたびに
「またやってるよ」とでも言いたげな苦笑いで僕らを見る。
いつもの光景なのだろう。
「この先の舟屋も雪の重みで崩れてもう大変だよ。どうするんだろうねえ」
急に興味深い内容に変わったので意識が向かう。
海沿いにある木造の簡易な舟屋が老朽化と雪害で破損が著しく徐々に解体が進むらしい。
「雪月花が通るまではまだ時間があるから見に行くと良いよ」
なるほど、撮り鉄だと思われていたらしい。礼を告げ、海へと向かう。
相変わらず交通量が多いのか少ないのか良くわからない8号線は横断歩道できちんと待つのはばかばかしいが。 無造作に渡るのは危険である。
ー
荒廃していた。
一部は流木で立てられたのだろうか、大きさに対して使われている木材は不揃いだった。
半壊して、中身がむき出しになったりしたそれらは目に見えて危険で、このまま使い続けることはできないと誰の目にも明らかだ。
かといってここで建て直すよりはもっと便利なところに船を置くことになるだろうなとも思った。
この辺りの経緯についても聞いておくべきだったが、いずれ文献でも探すことにしよう。
いくつかは既に解体されたらしく、土台だけが残っていたりした。
世の中はそんな事ばっかりだ。何かをやり直すにはもう時間も力も残っていなかったりする。
仕方がないことと諦める。済んだことと諦める。
最後にもう一枚撮ろうとしたところでOM-1は巻き上げを拒否した。カウンタは36の次を指していた。
良い所で区切りを付けてくれる。
128GBのメモリーカードと違って人生は有限なのだ。
8号線に戻る階段へと向かう。
その階段の下、砂浜で靴を脱ぐ女性がいた。
まだ寒いのに、水へ?と訪ねる。
「お散歩ですよ」
にっこりと微笑む彼女の声は、余裕を感じさせる上品な響きだった。
あと数ミリだけ引っ張ったら一枚くらい撮れるだろうか。少しだけレバーに力をかけたがすぐに諦めることができた僕は、くるくるとフィルムを巻き取っていった。
「お気をつけて」
おしまい。
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