【写真/旅】海岸線を北へ。 鼠ヶ関
場所:山形県鶴岡市 鼠ヶ関
折からの強風による日本海の荒波を横目に、国道7号線を軽快に北上してゆく。
気持ちのよい緩やかなコーナの連続は、僅かな面積を奪い合う山と海岸が作り出す線形。
並行する羽越線のレンガ作りの古いトンネルは美しく昭和初期の面影を残す。
強く打ち付け砕けた波飛沫は風にのって、フロントガラスに小さな水滴を並べる。さっきからボンネットの下で塩分に苛まれているであろう金属部品たちの姿を想像しながら、ウォッシャ液のレバーを引いた。
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漁村というのはどんなに街から離れていても、不思議な安心感がある。
海という地球上で最も広大なネットワークにダイレクトに接続されているからなのだと思う。ここから佐渡へ、能登へ、そして九州へでも外国へでも理論上は行ける。
現に源義経はそうやってここに来た。
鼠ヶ関。
県境にある小さな漁港だが、大規模なマリーナと海水浴場があり、実は釣り人や海水浴客で賑わうらしい。駅前は寂しかったが海岸沿いを歩くと民宿が並んでいた。
小さな子供が補助輪のついた自転車を練習している後ろを母親が追う。
公園でバスケをする少年達。
鳥たちに餌を撒く家族。
大型バイクのツーリング集団。
飼い主に駆け寄る犬。
並んで休む漁船たちは次の戦いまで眠る。軋む音のリズムは寝息。
少し傾き始めた午後の陽は、この町の日常と非日常を美しく彩っていた。
ハングルの書かれたドラム缶が岩場にぶつかる音。
そう、やはり外国だってつながっているのだ。
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弁天島の神社の境内には大きな錨が向かい合うようにふたつ、水の無い地面に爪を立てていた。
特に説明は無かったが、この大きさと鎖の太さならさぞ立派な船に積まれていたものに違いない。かつて彼らが飛び込んだ海の底は、いまも変わらないだろうか。
少しづつ錆びながら、弁天様や鳥たちとこれまで旅した海の話をして過ごしているのだろう。
僕がいつか錆びる頃、この旅の話を誰としようか。
おしまい