随筆1
冷たくなった珈琲を啜っている。卒論を提出し終えた身体はいつもと何も変わらないように思えた。それが、卒論の出来栄えや達成感がイマイチだったことと関わっていないと信じつつ、読みたかった本を読んでいる。あと3時間でアルバイトの時間になる。
読書家と思われたかった。でもわたしは、実際は年に10冊程度しか本を読まない。しかもエンタメ的な私小説や詩歌の作品ばかり読んで満足している。年に3回くらいは堅めの文庫や文豪の小説を購入し積読本に入れているけど、最後まで読み切ることはほとんどない。文章に触れている人の言葉遣いはいつも素敵だなと思う、ただ会話している瞬間にもそんな形容詞よく出てきたな、なんて思うことがある。(うまく言えない)
それもあってか好きな作家に明治大正期の文豪を挙げる人に惹かれる。というより息をするように本を読みますという人に憧れる。
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赤瀬川原平の、『ライカ同盟』という本を読んだ。というより9割がた読み終えた。彼は作家であり画家で写真家、故人である。この本もまた私小説でエンタメなんだけど、こんな渋い本を見つけたのには理由がある。
わたしはTinderを初めてiPhoneに入れて4年になる。
出会い系のイメージが大きく変わったように思える大学生活だった。実際に会った人もいたしSNSだけ繋がってそのままの人も沢山いる。
わたしがメッセージをやりとりした人の中では、好きな歌手や映画、本をお勧めしあってメッセージが途絶えた人が1番多い。
おすすめされてぜんぶ見るってことはほとんどないんだけど、知見を広めるために一応は調べてみることが多い。
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スーパーライク機能で青く光ったその人のプロフィールには
「よく食べる人がタイプです。最近は運動をするように心がけています。丁寧な生活を送りたい…広告のアニメーションや絵を描いています。どうぞよしなに」
と書いてあった。
1番最初に来たメッセージはこうだった。
「写真素敵ですね、普段どんな作品を見ているのかきになります」
自分で描いたのだろうと思われる芸術的なプロフィール写真と、淡白で洗練されたように見えるメッセージでなんとなく好きだなと思って、おすすめされた本をその場でメルカリで購入した。
それがライカ同盟だった。
本は面白かった。
変態的なカメラへの愛を綴ったエッセイは、カメラ初心者…というかかぶれの私にはギリギリ理解できない内容で、自身のカメラへの執着を病気と評するところと、独特の言い回しが効いている私小説だった。
久しぶりにしっかり本を読んだ。
耳障りの良いわかりやすい文章ばかり選び取っていたのだと気が付かされたし
いつもはもっとジャンキーな文章ばかりを摂取していたけれど、生まれ年に近い頃に書かれたものはなんとなくテンションが違って満たされた。満たされてしまった。
結局わたしは終始自分の力で食べなければいけない小説よりも強制的に身体に入ってくるような映画の方が好きだし、自分の吸収のコンディションが良くない時はアニメなんかの方がずっとわかりやすく楽に摂取できるからそっちに逃げてしまう。
自分で文学や文化を食べる体力がどんどん衰えているのを感じる。
営業の会社に就職が決まった。
クリエイターになりたかった。
営業かてクリエイターだよ、考え続けない職なんてない、と先輩にアドバイスをもらったことがあるけど
本当にそうだろうかとまだ疑心暗鬼でいる。
クリエイターになる体力も、営業をこなす体力も無くなったらどうやって生きていけば良いのだろうか。
珈琲を半分も残して喫茶店を出てしまった。