史上初の成功となるか!?山田風太郎の名作伝奇/伝記小説『八犬伝』が映画化!
日本が誇る天才伝奇作家・山田風太郎の長編小説『八犬伝』が映画化されるとか。
監督は『鋼の錬金術師』の方ということで、正直、「大丈夫かなあ」と思ってしまうところなのですが、とりあえず、原作は傑作です。
傑作、名作、大傑作が異常に多い山田風太郎作品のなかでもかなり上位に入って来る面白さ。
「ふつうの優秀な作家」だったら生涯に一作生み出せるかどうかというホンモノの傑作ですね。
『南総里見八犬伝』にもとづき、八犬士たちの物語を追いかける「虚」のパートと、その物語の作者である馬琴の生涯を描く「実」のパートが交差し、しだいに虚実がひとつになっていく構成が絶妙。
で、これ、見方を変えると「虚」のパートはじつは馬琴がじっさいに描いた物語そのものであるという意味で「実」であり、「実」のパートは山田風太郎の創作であるという意味で「虚」であるわけで、非常に凝った話といえるかと思います。
ここら辺の複雑に錯綜する内容をきわだって端正に仕上げる手腕はさすが山田風太郎ならでは。
ただ、あきらかにこの小説を並はずれたものにしているのは、「実」のパート、馬琴と北斎の人生を綴る描写にあるといって良いでしょう。ぶっちゃけ、こっちのほうが面白い。
とにかく馬琴という人がいかに困った人間であったか、そして自分の性格のためにしだいに追い詰められていくことになる様子が伝奇ならぬ伝記的な丹念さで描かれるのですね。
天才作家で困った人というと、太宰治のような放蕩の人物とか、芥川龍之介のような神経の細すぎるキャラクターを思い浮かべる人も多いかと思いますが、馬琴は、すくなくとも山田風太郎が描き出すところの馬琴はそうではありません。
徹底的に頑固で道徳的、まさに『八犬伝』の内容を体現するかのような性格をしているのです。
それならなぜ追い詰められるのかといえば、とにかく偉そうで融通が利かないから。
加えて、たしかに超一流の優れた作家ではあるものの、印税制度がないこの時代においてはかれが書くものはまったくお金になりません。作中ではなんだかんだで仲良くやっている北斎とも史実ではケンカ別れしているはずです。
そういうわけで、この、頑固一徹、儒教道徳を体現しながらその欠点と限界を見せつけるような人物がいかにして江戸時代最大のベストセラーを書き上げ、完結させるまでに至るかが縷々つづられるわけです。
これが、面白いんですよ。山田風太郎の数ある派手な作品に比べればむしろ地味な話といっても良いと思うけれど、それでいて読み始めたら止まらない。
死後数十年が経つ現代においてなおその名を知られる百年に一度の大天才作家の凄みをこの上なく思い知らせてくれる人間賛歌の名作といって良いかと思います。
しかし、それを映画化して成功するかというと――どうなんだろう。菊地秀行の「山田風太郎の小説は他メディアへの移植を決して許さない〈絶対小説〉である」という言葉に象徴されるように、過去、山風作品の映像化で「これは」と思わせるものはひとつもありません。
何しろ荒唐無稽、めちゃくちゃとしか思えない筋書きを超絶的な筆力で納得させているのが山風の作品なので、映像にするとただめちゃくちゃなだけになってしまいがちなんですよね。
映画版の『魔界転生』は好きな人もいるだろうけれど、まあ、原作は本邦伝奇小説史上最高の傑作なので、やはり映像化に成功したとはいえないでしょう。
今回の『八犬伝』が初の成功となるかどうか、固唾をのんで見守りたいと思います。はい。