
【1-2】ネットワーク効果はMOAT(守り)だけではない
ポッドキャストの学びを記録として残す。
ビジネスの世界では、「戦略」を考える際に「MOAT(堀)」という概念がしばしば参照される。
MOATとは、中世の城郭にある堀のように、競合が自分たちの事業領域に侵入しづらくする仕組みを指す。日本でもMOATという言葉がビジネスパーソンの間で広まり、ネットワーク効果がしばしば「MOATの一種」として語られることが増えている。しかし、この捉え方はネットワーク効果の本質を半分ほどしか活かしておらず、結果として起業家が仕組みから得られる価値を大幅に取りこぼしているという問題がある。
ピーターティールはMOATのことを「独占的のために」という強い表現をしているが、このMOAT(独占のために)を実現する技として大きく4つある。
・ネットワーク効果
・ブランド
・先行優位期間のある独占的技術
・規模の経済(大量に提供する方が安く提供できる)
MOATと競合優位性の違いについて簡単にまとめると、以下のような整理が可能である。ただし、両者の間に明確な境界線があるわけではなく、実際のビジネスではMOATも競合優位性も併せ持つことが多い。
・MOATは、戦わずして勝つ仕組み
・競合優位性は、戦う場合に勝つための強み
ネットワーク効果は、単に「競合参入を阻む防御策」としてのMOATではなく、「顧客から選ばれ続ける理由」を、利用者数の増加やデータ蓄積の循環構造によって自動的に強化していく仕組みである。ここには「守り」だけでなく、「顧客側の満足度や利便性を仕組み化する攻め」の発想も含まれる。例えば、多くの解説書や有名起業家の著書では、ネットワーク効果はブランド力、規模の経済、独占的技術、ネットワーク自体によるユーザー吸引力などと並んで語られ、これらを「MOAT」とひとまとめにする。しかし、このような整理は、ネットワーク効果が本来持つ「顧客が自発的に集まり、価値が増幅し続ける構造的な攻めの強み」を矮小化してしまう。
ネットワーク効果を単なる「競合が入りにくい状況」として捉えると、顧客が楽しみ、得をし、利便性を感じる循環構造そのものを軽視してしまう。
「顧客への価値増幅」と「競合排除」という2つの軸のうち、後者だけに注目するのは不十分である。まず、顧客側の価値拡大を実現する「攻め」のネットワーク効果が仕組みとして回り出して初めて、外部からの参入が困難な「守り」が成立する。順番を誤れば、ただ「入りにくい市場を作りたい」という願望だけが先行し、肝心の顧客が増えず、結果としてネットワーク効果が回らない。
この点を理解するうえで、具体例として挙がるのが「メルカリ」と「ヤフオク」の対比である。
ヤフオクはオークション形式で高値を目指す傾向があり、買い手も売り手も「時間がかかってもレアな商品を高く売りたい/手に入れたい」というニーズにフィットしたポジショニングである。
一方、メルカリは「手軽に、素早く売買できる」点に注力し、特にシーズン中に着る服など、タイミングが勝負となる商品分野で強みを発揮した。
ここでは既存の「オークション文化」に対し、「スマホでサクッと出品でき、すぐに売れる」ポジショニングが打ち出され、顧客が望む簡便さを前面に押し出した。メルカリの工夫は、売り手・買い手のマッチングを強化する仕組みづくりに余念がなかった点にある。
例えば、通常のECサイトなら売り切れ商品は非表示にして顧客の負担を軽くするところを、メルカリではあえて「ソールドアウト品」を表示する。これにより、「このサービスでこんな商品が売れた」という事実を新たな出品者に見せ、似たものを出品すれば売れる可能性があると実感させている。
また、リアルのフリーマーケットイベントで積極的にメルカリ出品を促すなど、ユーザーの実践体験を通じて「ここに出品すれば売れる」という実感を醸成した。
この一連の戦略は、顧客への価値提供を仕組み化し、「増える顧客がより多くの顧客を呼ぶ」ネットワーク効果を円滑に働かせる起点となった。
このように、ネットワーク効果は「顧客に選ばれる理由」が自動的に強化される構造を作り出せる点が最も強力である。この「攻め」の側面を軽視し、MOATを「守り」としてのみ捉えると、仕組みで価値が増幅する本質を見失う危険性がある。戦略を考える際には、まず顧客を惹きつける構造をいかに作るかを考えるべきであり、そのうえでネットワーク効果が持つ防御力が意味をなす。
実際のビジネス理論書には、利益を仕組みで出し続けるモデルが複数種類提示されている。「The Profit」などの書籍では20以上のビジネスモデル類型が整理されており、ポジショニング戦略とネットワーク効果を組み合わせたり、規模の経済やブランド力を混合させたりと、多様なバリエーションが考えられる。これらは決して相互排他的ではなく、状況に合わせて掛け合わせられる。ネットワーク効果はその中でも、利用者どうしの相互作用によって価値が自動増殖する点が独特であり、この強みが最大化されれば、長期的な収益性と競合排除の二つを同時に実現できる。
ただし、その要は「顧客に選ばれるメカニズム」を仕組み化する工夫にある。メルカリが売り切れ品の表示で売り手を誘引したように、利用者行動を観察し、顧客が感じる不安や面倒を取り除き、「ここで売れば売れる」「ここで買えばすぐ手に入る」といった納得感を与えることがネットワーク効果の発動条件となる。この攻めのサイドを確立しなければ、いくらMOATを意識しても顧客がそもそも集まらず、ただ防御的な姿勢に終始することになる。