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「う」がつく食べ物

歯磨きしながら、スマホでSNSのトレンドランキングを見ていると、「土用の丑の日」を見つけた。
その文字をタップすると、「土用の丑の日」のワードが入った投稿文がたくさん出てきた。

土用の丑の日、今日なんだ。

指で画面をスクロールすると、うなぎの蒲焼の写真がたくさん出てきた。
網で焼かれているうなぎの写真。
重箱の中に、タレで照り輝くうなぎの蒲焼が白いごはんの上にのった写真。

美味しそう。
さっき朝ごはん食べたばかりなのに、もうお腹のあたりがギュッとなる感じがした。

歯磨きを終えてリビングに戻ると、彼氏のトモくんはソファに寝っ転がりながら、スマホで深夜に放送しているアニメの見逃し配信を見ていた。

朝ごはん食べたばかりで寝っ転がるなんて、牛になるよー。
そう心の中で思いながら、
「ねえ、トモくん」
「ん?」
トモくんは動画を一時停止して、私の方を見た。
お腹いっぱいなのか、少し眠たそうな目をしている。

「今日、なんの日か知ってる?」
「今日? お互いの誕生日はまだ先だし、記念日はこの前だったし……何?」
「土用の丑の日だよ」
「あー」
「ねえ、今日のお昼さ、うなぎ食べに行かない?」
「え、うなぎ高くない? それに月1の外食は今月のあたまにしたんだから、お金ないだろ?」
「来月の外食なしにすれば良いでしょ?」
「来月の夏祭りのときのお金どうするの?」
「じゃあ、毎月貯めているお金から少し出そう。ちょっと使っても、今度の旅行に影響ないでしょ?」
「まあ、そうだけど」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけど、別に土用の丑の日だから、うなぎ食べなくていいんじゃね? うがつく食べ物食べれば良いから、うなぎ以外の食べ物でよくない?」
「だって土用の丑の日にうなぎを食べるんでしょ?」
トモくんはソファから起き上がった。
「それは江戸時代に、平賀源内が夏にうなぎが売れるために、キャッチコピーをつけたから、土用の丑の日にうなぎを食べるようになっただけ」
「へえ」

出た出た。
トモくんの雑学。
なんでも知っているからすごいけど、たまにウザいときがある。

「でも食べたい」
「……わかったよ。食べ行こう」
「やった!」

お昼前に、近所の商店街にあるうなぎ屋に行った。

うなぎ屋の前には、待っている人が結構いた。
会社がある平日の朝、駅に向かうときに、そのうなぎ屋の前を通るが、店の前でこんなに人が待っているのを見たことがない。

最後尾に並んで、20分後に店に入れた。

席について、メニューを開くと、うな重やひつまぶしの写真があった。

「トモくん決まった?」
「うん」
店員を呼び、私とトモくんはうな重の並を頼んだ。

しばらくして、うな重がやってきた。
蓋を開けると、今朝SNSで見た画像のようなうなぎの蒲焼がドンといた。

「いただきまーす!」
うなぎの蒲焼をタレが染み込んだごはんと一緒に食べた。
美味しい!
うなぎの身が柔らかい。
というか、タレがすごい美味しい。
このタレで、ごはん何杯でも食べれる。

うなぎを食べながら、チラッとトモくんを見た。
トモくんの表情は不機嫌とか上機嫌とかを表さず、黙々と食べていた。

本当はうなぎ食べたくなかった?
うなぎ嫌いだったっけ?
いや好き嫌いはなかったはず。

強引にうなぎ食べようって言ったから?
貯金のお金使おうって言ったの良くなかったかな。
でも、そうならあのとき言うよね。

トモくんってはっきり言わず、モゴモゴするところがある。
それがすごくイライラして、喧嘩になることが何度かあった。

今度のお給料が入ったとき、補填しておこう。

トモくんは私の視線に気づいて、こっちを見た。
「何?」
「ううん。美味しいね」
「うん。たまにはこういうのいいね」
とちょっとだけ笑った。
嫌じゃなかったみたい?
うなぎ食べたら、機嫌良くなったのかな。
トモくんの機嫌が悪くないことに少し安心して、うな重を堪能した。

うな重の代金はすべてトモくんが払ってくれた。
私が貯金からおろしてきたお金を出そうとすると、
「良いよ。さっき払ったから」
というので、そのお金を渡そうとすると、
「それは今度の旅行先で美味いもん食べよう」
と返されてしまった。

うなぎ屋を出て、家に帰る途中、コンビニに寄った。
今日は朝から溶けてしまいそうな暑さだ。
「アイス買って帰らない?」
「そうだね」
私の提案にトモくんはすぐ賛成してくれた。

私たちはアイスコーナーで、食べたいアイスを見つけてカゴに入れた。
私はバニラ味のカップアイス、トモくんは三角形のスイカ味のアイスバーを選んだ。
トモくんがうな重の代金を出してくれたので、アイスの代金は私が出した。

家に帰り、すぐリビングにエアコンを入れて、ソファーでアイスを食べた。
カップの中のアイスは固く、スプーンで力づくでアイスをすくって食べた。
さっきうなぎの蒲焼を食べたから、アイスの甘さが際立つ。
アイスが柔らかくなるまで、カップをテーブルの上に置いた。

隣でトモくんは、アイスバーをシャクシャクと食べていた。
子供のとき、よく食べていたスイカ味のアイスバー。
スイカの種に模したチョコが好きで、それだけをどうやって食べるか器用に齧って食べていた。
今思えば、すごく行儀が悪い食べ方だ。

トモくんは私が見ていることに気づいた。
「どうしたの?」
「昔、そのアイスをよく食べていたなあと思って」
「俺も子供のときの夏のおやつ、毎日これだった」
「飽きるでしょ?」
「全然」
「すごっ」
私はカップの中のアイスが柔らかくなったかスプーンで確かめた。
ちょっと柔らかくなったが、まだ硬い。

「土用の丑の日に、スイカ食べるの知ってる?」
「え?」
突然始まった雑学に、私はトモくんの方を見た。

「土用の丑の日にスイカ食べるの? でもさっきトモくん、土用の丑の日にうがつく食べ物を食べれば良いって言ってなかった? スイカだよ?」
「スイカは瓜科だから、良いの。う、ついているだろ?」
「そうだけど。でもそれアイスじゃん」
「良いの。スイカの味がして、スイカの見た目してるから」
「何それ、屁理屈じゃん」
と私は笑った。

「じゃあ、うがつく食べ物なら梅とかうどんとかでも良いね」
「あと牛肉」
「牛肉? ああ、牛ね」
「そうそう」
「トモくんはなんでも知ってるねえ。すごいよ」
というと、トモくんは少し嬉しそうな顔をした。

「今日の夕飯は冷たいうどんにする?」
「良いね」
「朝は梅干し食べて、お昼にうな重食べて、夜はうどん。私たち今年の夏は乗り越えられそうね」
というと、トモくんは食べ終わったアイスバーの棒をアイスバーが入った袋に入れて、テーブルの上に置いた。

「でも俺、まだ食い足りないけどね」
「え? 他にうがつく食べ物って何かあった?」
トモくんは私にくっつくように近づき、私をソファーに押し倒した。
「え、トモくん?」
「うみ」

柔らかくなるのを待っていたカップのアイスを食べようとしたときには、もう液体になっていた。

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卯ノ花櫂
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