【小説】好奇心は泡に消える(後編)
海から上がり、そのまま砂の上に倒れ込んだ。
濡れた顔や髪の毛に砂がべっとり付いた。
海の上に出て、ユメカとクロに引っ張られて、目の前に見えた陸を目指した。
途中で、ユメカとクロは陸に近づくことができなくなったので、そこから1人で向かうことになった。
ユメカは涙目になりながら、わたしを抱きしめた。
「ムツキはわたしの大切な友達よ」
「わたしもよ」
「気が済んだら戻ってこいよ。そのとき、いろんな話を聞かせろよ」
「もちろん。時期陛下に有益な情報を持って帰ってくるわ」
2人と別れの言葉を交わして、わたしは脚と手をバタバタと動かして泳いだ。
まだ動きたくない。
でもマダムがいってた、人間界の食べ物を食べないと。
ふらふらと立ち上がると、
「ムツキ?」
頭上から自分の名前が呼ばれた。
上を見ると、1羽のカモメが飛んでいた。
「カモメさん?」
「ムツキだ! お前、本当に人間になったのか?」
「そうよ。魔法使いのマダムの力で、人間になれたのよ。見て」
とカモメさんに見せるように、片方の脚を上げた。
しかし、もう片方の脚がふらふらして、バランスを崩して倒れた。
「おい大丈夫か?」
「平気。ねえ、聞きたいことがあるんだけど」
「なんだい? もう俺が教えることなんて何もないと思うんだけど」
「わたしね、今すぐ人間界の食べ物を食べないといけないの。どこに食べ物があるか教えてくれる?」
「食べ物? いいよ、案内してあげる」
「ほんと! ありがとう」
「でもその前に、服を着ないと」
「服?」
といったあと、大きなくしゃみが出た。
カモメさんが持ってきた服は、変わった形をした大きな布だった。
人間たちはこれを着て生活している、と前にカモメさんから聞いたことがある。
カモメさんに着方を教えてもらいながら、服を着た。
肌に今まで感じたことがないチクチクと刺激してきて、脱ぎたい気持ちになったが我慢した。
「今気づいたけど、ムツキってこんなに背が小さかったか?」
「どういうこと?」
「いつも会っていたときは、大きかったような気がするけど、海にいるのと陸にいると違うのかな?」
「わかんないけど、そうじゃないの? で、食べ物はどこにあるの?」
「食べ物は、コンビニとかスーパーとかにあるよ」
「じゃあ、そこへ案内して」
「だけど、お金持っていないだろう?」
「お金? お金って平べったい円い石に似たようなものでしょ?」
「それがないと、食べ物は手に入らないんだ」
「カモメさんは持っていないの?」
「俺には必要ないものだから、持ってないね」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
「俺が探してきて持ってくるよ。ここで待ってな」
そういって、カモメさんはまたどこかに飛んでしまった。
カモメさんが戻ってくる間、ずっと立ち続けるのも疲れてしまい、その場に座り込んだ。
これからどうしよう。
カモメさんが持ってきた食べ物を食べたら、どこに行ってみよう。
街を見てみたいし、人間以外の生き物を見てみたい。
カモメさんに案内してもらおうかな。
「お嬢ちゃん。ここで何してるの?」
あれこれ考えていると、後ろから誰かが声をかけてきた。
振り向くと、青黒い服と同じ色の変わった被り物をした男の人間が立っていた。
人間だ。
あたしは初めて間近で見る人間に驚いて、声が出なかった。
「親はどこにいるの?」
「……」
「名前はいえる?」
「えっと……」
といったとき、わたしのお腹から大きな音が鳴った。
「お腹空いたの?」
わたしは黙って頷いた。
「じゃあ、おまわりさんと一緒に警察署に行こうか。立てる?」
そういって、わたしに手を差し伸べてきた。
わたしはその手を掴んで、立ちあがろうとすると、よろけてその場で尻餅をついてしまった。
「大丈夫? 怪我してるの?」
その人はわたしを抱きかかえた。
わたしは急に持ち上げられて、びっくりした。
そして周りを見ると、海の中では見たことがないものでいっぱいあった。
本当に、人間の世界に来たんだ。
わたしは周りをキョロキョロ見ながら、警察署というところに連れて行かれた。
警察署というところに着き、そこでずっと食べてみたかった飴やお菓子をもらった。
どれも甘くて、すごく美味しかった。
わたしを警察署に連れてきた人はお菓子を置いて、どこかに行ってしまった。
もらったお菓子を全て食べ終わった頃、その人は戻ってきた。
「お父さんとお母さん、まだここに来てないみたい。どこかに行くとかいってた?」
「……ううん」
「お父さんとお母さんの名前知ってる?」
「ううん。お父さんとお母さんはいないの」
「そうなの? じゃあ、一緒に暮らしている人が誰かわかる?」
「えっと」
なんて答えればいいんだと悩んでいると、その人と同じ服を着た男の人がやってきた。
「野田さん、もうすぐあがりでしょ。その子どうする? 一度、児童相談所にお願いして引き取ってもらう?」
「そうですね。家がどこかわからないし、親がいないっていうし」
「じゃあ連絡いれるね」
と男の人はどこかに行ってしまった。
「ムツキちゃん、もう少しここで待っててくれる?」
「うん」
野田という男も、またどこかに行ってしまった。
とりあえず、人間の食べ物を食べれて良かった。
でも、これからどうしよう。
わたしはまたどこかに連れて行かれるの?
不安な気持ちになりながら、窓の方を見ていると、1羽のカモメが飛んでいるのが見えた。
カモメさん?
食べ物を見つけて戻ってきたら、わたしがいなくなっていたから探しているのかな。
わたしは窓に近づいて、窓を叩いた。
すると、カモメさんが気づいてこっちにやってきた。
カモメさんは近くの木にとまった。
「お前、なんでここにいるんだよ」
「なんかわからないけど、ここに連れてかれたの。でもお菓子を食べることができたわ。すっごくおいしかった」
「なんだ。せっかく人間が捨てて、まだ食べれそうなもの見つけてきたのに」
「ごめんね。なんか、これから別のところに連れてかれるみたいだけど、どうしたらいい?」
「ついて行ったら? 郷に入ったら郷に従えっていうし。もしなにかあったら、海岸にきな。そのとき助けてあげるから」
「わかった。ありがとう」
そういうと、カモメさんは飛んでいってしまった。
しばらくすると、野田が戻ってきた。
「じゃあ、おじさんもう帰っちゃうけど、あとのことは他の大人が助けてくれるから、その人のいうこと聞いて……」
というと、さっきの男の人が走ってきた。
「野田さん。この子を探している両親がいました」
「え!」
「数ヶ月前から捜索願いが出されていて、提出された写真を見たら、この子そっくりだったんですよ」
「ムツキちゃん。お父さんとお母さんいること、なんで嘘ついたの?」
「嘘じゃないよ。本当にいないよ」
本当だ。わたしには両親なんていない。
何かの間違えだ。
「その両親は連絡ついた?」
「連絡したらすぐ来るみたいそうです」
一体、どうなっているの?
しばらくして、わたしの両親という、男の人と女の人が警察署に来た。
2人の靴や服には、茶色の汚れがいっぱいついていた。
2人はわたしの顔を見て、
「ムツキ!」
と涙目にさせながら、わたしのことを抱きしめた。
海の匂いとはまた違う変わった匂いがした。
「娘さんで、間違えないですか?」
「はい、うちの娘です」
「無事でよかった。今までどこにいたんだ?」
なにを答えたら良いのかわからず、わたしは黙ることしかできなかった。
警察署を出て、わたしは2人と一緒に大きな鉄の塊の中に入った。
わたしの父親という男がボタンや棒、円いのを動かすと、鉄の塊は動きだした。
わたしは驚いて、周りをキョロキョロ見回した。
「なに驚いているの? 車はいつも乗っているでしょ」
「車?」
「そうよ、車よ」
と母親の女はいった。
これが車。
わたしは体に巻き付いている平べったい紐を邪魔に感じながら、窓の外を見た。
さっきまでいた警察署がどんどん遠くに離れていった。
車が止まり、わたしは車から降ろされた。
目の前には、大きな茶色の塊があった。
地面を見ると、緑色の小さな海藻みたいのがたくさん生えていた。
「ここは?」
「あなたのおうちよ」
「わたしのおうち?」
「そうよ。さ、入りましょ」
母親に手を引かれながら、家の中に入ろうとしたとき、誰かに見られている感じがした。
後ろを見ると、石の柱からわたしより背が少し大きい男の子がいた。
「レイくん。 今朝、ムツキが見つかったの」
「……」
レイと呼ばれた男の子はジッと、わたしを見てきた。
そして、走り去ってしまった。
「まだ気にしているのかな」
「かもな」
2人はそういいながら、家の中に入った。
それからすぐ、病院という鼻がツンとするような匂いがするところに連れて行かれた。
体に特に異常はなく、おかしな言動は事件に巻き込まれたショックがあるから、まずは心のケアをしていくことから始めましょう、とわたしの体を見た医者はいった。
なんのことかわからなかったが、とりあえずわたしが人魚であることはバレていないみたいだった。
わたしの両親という人たちの話を聞いていてわかったのは、わたしの両親は家の近くにある畑で野菜を育てる農家で、両親とわたし、そして白い毛むくじゃらの犬のココアと暮らしているみたいだ。
どうして初めて会う両親がわたしのことを娘というか。
リビングに飾ってあった家族写真を見たが、なんとわたしと同じ顔をした女の子が写っていた。
これってマダムの魔法で、存在している人間になれたってこと?
じゃあ、写真の子はどこに?
考えたら、ゾッとする感じがしたので、考えるのをやめた。
そして、あの日わたしをジッと見て走り去ったレイは、隣の家に暮らしている、わたしより2歳年上の男の子だ。
外でレイに会うたび、レイはわたしを避けるように走って逃げてしまう。
どうしてレイがわたしのことを避けているのか。
今から数ヶ月前。
わたしに似た女の子と一緒に駄菓子屋に行っている途中で喧嘩になり、怒ったレイは先に1人で行ってしまった。
そのあと、喧嘩した場所に戻ると、その女の子はいなくなっていた。
レイは色んな大人にかなり怒られたみたいだ。
ある日、道でばったりレイに会い、また逃げ去ろうとしたとき、
「ねえ、どうして逃げるの?」
と聞いた。
すると、レイが
「元はといえば、お前が駄々こねるのが悪いだろう!」
と怒っていってきた。
「どうしてわたしが悪いの? そっちだって悪いじゃん」
「お前が俺のゆうこと聞けば良かったんだよ。そうすれば、誘拐なんかされなかったし、俺は怒られなかったんだよ」
「そんなの知らないよ」
「うっせえ!」
とレイはわたしの肩を押してきた。
わたしはそのまま地面に尻餅をついた。
「お前、戻ってきておかしいみたいだな。箸が使えなかったり、ひらがなが書けなかったり、誰でもわかることがわからなかったり。お前、宇宙人に攫われたのか?」
「宇宙人ってなに?」
「……覚えてないのかよ」
レイはそういって、走ってどこかに行ってしまった。
両親が家の近くの畑で仕事しているとき、縁側で絵本を読んでいた。
そばでココアが、わたしの匂いを嗅いでいた。
わたしがここに来た日から、わたしのことをよく匂いを嗅いでくる。
もしかして、わたしが人魚だってバレているのかな。
読んでいても字がわからないから、わからない。
読んでいた絵本を床に置き、そばに置いていた絵本を物色すると、人間でも人魚でもない怖い変な顔をしたものが描かれた絵本を見つけた。
絵本を開くと、そこにも表紙に描かれた変なものがいた。
「なにこれ……」
とページをめくっていると、レイが庭にやってきた。
レイの手には板みたいのを持っていた。
レイはわたしの顔を見て、嫌そうな顔をした。
「なに?」
「回覧板持ってきたんだよ」
「かいらんばん?」
「それもわからないのかよ。おばさんに渡せばわかるから」
と縁側に回覧板を置いた。
そのまま帰るかなと思って、黙って読んでいると、
「なに読んでいるの?」
とレイが聞いてきた。
向こうから声をかけれて、わたしは驚いた。
わたしは読んでいた絵本の表紙を見せた。
「ねえ、これなに?」
と表紙に描かれている怖い生き物を指さした。
「宇宙人だよ」
「うちゅうじん」
この前、レイが言っていた宇宙人って、これのことか。
カモメさんから聞いたことがないけど、こんな怖いのが人間の世界にいるんだ。
「ねえ、宇宙人ってなに? この街にいるの?」
「いるわけないだろう。その絵本に描いてあるよ」
「字、読めないからわからない」
「貸して」
といって、わたしが持っていた絵本を取った。
そして、スラスラとそこに書いてある文章を読んだ。
でも意味は全くわからなかった。
「すごい。どうして、そんな流れるように読めるの?」
「こんなのお前でも、読めるはずだけど」
「わたしには無理だよ。じゃあ、これは?」
と次のページを開いた。
レイは、そのページに書かれた文章を読み上げた。
「レイってすごいね」
「別に大したことないだろ。誰でも読めるよ」
「そうなの? じゃあ、これ読んでよ」
と他の絵本をレイに渡した。
レイは面倒くさそうな顔をしたが、渡された絵本を読んだ。
「なあ。誘拐される前の記憶ってないの?」
絵本を読んでもらっている途中、レイが聞いてきた。
「うん」
「喧嘩した理由も?」
「うん。どうして喧嘩したの?」
「いわねえ」
「教えてよ」
「やだ」
「ケチ」
「……先に行って、ごめんな」
「え、なに?」
レイがボソッとなにかいったが、聞き取れなかった。
「なんでもない」
「教えてよ」
「しつこいなあ。もう絵本、読んであげないぞ」
「ダメ! お願い、読んで。あと教えてほしいことがあるんだけど」
この日を境に、わたしとレイは仲直りした。
そして、レイから色んなことを教えてもらった。
文字の読み書き、物の使い方、わたしの家にあった事典に書いてあること。
ときどき、レイでもわからないことがあって、そのときは親や学校の先生に聞いた。
2人で、
「すごーい!」
と感動したこともあった。
カモメさんから聞いたことがある話もあったが、レイからカモメさんから聞いたことがない話がいっぱい聞けて、すごく楽しかった。
人間の世界に来て、20年が経った。
この家に来たばかりの頃はいけなかったが、学校に通い始めた。
勉強したり、年の近い子たちと友達になったりした。
修学旅行や家族旅行で、住んでいる町以外のところに行った。
大学生のとき、バイトでお金を貯めて、わたしがいる日本という国から別の国にも行った。
人間の世界は海の世界とはまた違う素晴らしい場所で、すごくすごく楽しかった。
大学を卒業したあとは、地元の市役所に就職した。
魔法の効果がいつ切れるか不安になることがときどきあった。
でも20年も人間の姿でいられて、マダムの魔法の強さに驚いた。
このまま一生、人間でいられたりして?
仕事が終わり、スーパーで買ったものが入った袋を持って歩いていると、
「ムツキ!」
後ろから声を掛けられて、振り返るとレイが走ってきた。
「おかえり」
「ただいま。持つよ」
とわたしが持っていた買い物袋を持った。
「ありがと。今日の夕飯は、鍋でも良い?」
「いいね。今日は朝から年末の挨拶回りしていたから、あったかいものが食べたいなあって思ってた」
「だと思った」
今は実家を出て、レイと一緒に暮らしている。
来年の春に、わたしはレイと結婚する。
幼馴染のレイと、まさか結婚するなんて。
でも、わたしは大好きなレイと結婚ができて、すごく幸せだ。
ユメカとクロにこのことを伝えたい。
2人は元気かな。
マダムからもらった人魚に戻れる魔法が入った壜は肌身離さず持っている。
2人に会いたい。
でも魔法を飲んだら、もうここには戻れない。
まだ人間でいられるのなら、ずっとここにいたいけど、どうしたら良いのかな。
週末。
わたしたちは海の近くに最近できたチャペルの見学に行った。
チャペルが建てられているときに、
「ここで結婚式ができたら良いなあ」
とわたしの独り言をレイが聞いていたみたいで、式をどうしようかと話していたとき、レイがそこでやろうといってくれた。
レイからプロポーズをされたとき、チャペルは完成していて、予約が始まっていた。
予約を取るのは無理じゃないかなとダメもとで電話すると、わたしたちが考えていた日程が見事空いていたので、予約を取ることができた。
扉が開くと、目の前に青い空と海が広がっていた。
「綺麗!」
わたしは早足で大きな窓の近くまで行き、景色を見た。
今日は快晴で、波が穏やかだった。
ここからユメカとクロが見ていてくれたら良いけど。
なにか2人に伝える良い方法ないかな。
そう思っていると、
「お嬢さん、お嬢さん」
と窓の向こう側から、誰かが声をかけてきた。
窓の向こうで、数羽のカモメがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
でもそこには、わたしが知っているカモメさんはいなかった。
「誰?」
わたしはレイやウェディングプランナーに聞かれない声で、窓の近くで飛ぶカモメたちに話しかけた。
「僕らは君の友達のカモメの知り合いさ」
「カモメさんは元気?」
「今は別のところにいるよ。元気だと思うよ」
「そうなの。で、わたしになにか?」
「君に伝言があるのさ」
「伝言?」
「君の友達、ユメカとクロからさ」
「ユメカとクロ! 2人は元気なの?」
「ああ、元気さ。で、伝言なんだけど。この2人がなんと結婚するんだ」
「結婚!」
「ああ。もし可能であれば、戻ってきてほしい。もし無理ならお祝いの言葉がほしい、と」
「2人が結婚」
クロはユメカと結婚するんだ。
わたしよりユメカの方が、きっと城の住人やクロの両親に祝ってもらえるに違いない。
それに、わたしの大切な友達2人が結婚するなんて、最高すぎる。
直接、お祝いしたい。
人魚に戻る?
でも、わたしも大切な人と結婚が控えている。
人魚に戻るなんてできない。
「ありがとう。直接お祝いしたいけど、もし可能であれば、一度話しがしたいから、海の上に……」
とカモメたちに伝言を伝えていたとき、身体中に激痛が走る感じがした。
わたしはその場で倒れ込んだ。
「どうしたの?」
カモメたちはギャーギャーと鳴いた。
わたしは指先を見た。
指に小さな泡がブクブクと立てていた。
どうして?
「ムツキ! どうしたの?」
わたしがその場で倒れているのを見たレイが走ってきた。
「具合でも悪いのか?」
「ううん、平気。なんでもない」
とヨロヨロと立ち上がって、チャペルを出た。
外に出て、近くの海岸まで走った。
指を見ると、指だけではなく、手全体が泡に包まれていた。
この副作用は人間を好きになったときだけに起こるんじゃないの?
こんなところで、消えてなくなりたくない。
海に戻らないと。
わたしは鞄に入っていた、壜を取り出した。
またマダムにお願いして、もう一度人間になって、レイのもとに戻ろう。
ごめんね、レイ。
すぐに戻ってくるから。
わたしは壜に入っている魔法を飲み込んだ。
久しぶりに味わう苦味で、吐きそうになった。
魔法を飲み込み、海の中にはいった。
しばらくすれば、脚が元の人魚の尾ひれに戻れるかなと待った。
しかし、いつまで経っても脚に変化はなかった。
冬の海の中にずっとはいっていると、体温が下がり、辛いだけだった。
海の中に浸かっている体はどうなっているか、海の中に潜った。
脚を見ると、脚からシュワシュワと泡が出ていた。
どうして?
どうして、人魚に戻らないの?
この壜は人魚に戻る魔法が入っているんじゃなかったの?
そう思っていると、顔のあたりからシュワシュワと泡が出てきた。
「ムツキ!」
レイはムツキのあとを追って、海岸に来た。
海岸には誰もいなかった。
「ムツキ!!」
レイは広い海に向かって叫んだ。
しかし、大きな波の音しか聞こえなかった。
「……あれ、なんでここにいるんだ?」
「レイ!」
レイは名前を呼ばれて振り向くと、女が走ってきた。
「どうしたの? 急にチャペルを飛び出して。ウェディングプランナーの人が驚いていたよ」
「ごめん」
どこかから、
「どうして? どうして?」
と聞いたことがある女の声が聞こえてきた。
幼いとき、わからないことがあると、
「どうして?」
と好奇心に溢れた声で聞いてきた声に似ていた。
でも、今聞こえる声は絶望に満ちた声だった。
「おめでとう、陛下」
「綺麗だよ、ユメカ」
海の底にある城では、若き王とその花嫁が結婚式を開いていた。
城の住人たちが2人の結婚を祝っていた。
「ムツキは今、なにしているのかな」
とクロがつぶやいた。
隣にいたユメカは、真上を見た。
あの日、マダムにクロの心がムツキではなく自分で向けてほしいと相談した。
そこでマダムから、ムツキをここに戻れないようにして、自分とクロが結婚させるようにすると提案してくれた。
そして条件として、マダムが再び城で魔法使いとして仕えるように、クロに働きかけることを出された。
ユメカは戸惑うことなく、その条件に承諾して、魔法を手に入れた。
そして、ムツキは人間になる魔法をマダムから手に入れて、人間界に行った。
きっと今頃。
耳元でムツキの声が聞こえる。
どうして? どうして?
ごめんね、ムツキ。
「きっと、向こうで幸せに暮らしているよ」
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