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憲法こそ論証作って覚えて試験に臨め―令和5年予備試験憲法を題材に(後編・答案例付き)
前編はこちら
https://note.com/kai_i_yo_kai/n/n913ebca76171
問題分析
まず、Xは、取材源が民訴法197条1項3号の「職業の秘密」に該当するとして証言を拒否したいと考えているのですから、その意義を示す必要があります。予備試験受験生であれば、職業の秘密の定義及びその判断手法は押さえておきたいところです。
同号の趣旨は、職業活動の自由と真実発見及び裁判の公正との均衡を図った点にあるので、「職業の秘密(に関する事項)」とは、その事項が公開されると、当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいう。そして、証言拒絶は、当該秘密が保護に値する場合に限られ、保護に値するか否かは、公開による不利益と犠牲になる真実発見及び裁判の公正とを比較衡量して決する。具体的には、❶職業の内容・性質、❷影響の有無・程度、❸事案の重大性、❹証拠の重要性などを考慮して決する。
本問では、❶❷がX側の事情、❸❹は裁判上Xの証言が必要とされるような事情といえるでしょう。
早速、❶のあてはめに入りましょう。
報道・取材の自由
Xはジャーナリストであって、主に環境問題の取材・報道に取り組んでいます。かかる活動は、報道・取材の自由の行使として、憲法21条1項の「表現の自由」の保護範囲に含まれます。したがって、報道・取材の自由が表現の自由として保護されること、その保護の重要性を論じることになります。以下の記述例は、論証を丸々写していますが、本番では省略して書くことになるでしょう(これ以降の記述例も同様)。
「表現」とは、自己の思想や知識、情報等を外部に伝達する行為をいう。表現行為は個人の人格の形成・発展に資する(自己実現の価値)だけではなく、民主制国家は思想の自由市場を通じて国政が決定されることを存立の基盤としている(自己統治の価値)ため、表現の自由は、精神的自由として特に重要な権利といえる(北方ジャーナル事件参照)。
そして、事実の報道であっても報道内容の編集という知的作業を経る点で送り手の意見が表明されているし、報道は国民の知る権利に奉仕する。そのため、報道の自由は表現の自由として保障される。
また、報道が正しい内容をもつためには、報道のための取材の自由も、憲法21条の精神に照らし十分尊重に値いする。
Xが報道を行う行為も、それを通じて環境問題に関する情報や、Xの環境問題に関する問題意識といった思想・知識・情報を外部に伝達する行為であるから、表現行為として憲法21条1項の保障範囲に含まれる。そして、その報道のために取材をする行為についても、憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値いする。
取材の内容
一般論として、Xの報道・取材の自由が重要であるということはいえそうです。では、Xの取材の内容・態様からもその重要性を基礎づけることはできるでしょうか。
Xの取材の内容は、「環境問題」であり、本件に限って言えば、「SDGsに積極的にコミットしていることで知られる家具メーカー甲が、実はコストを安く抑えるために、濫開発による森林破壊が国際的に強い批判を受けているC国から原材料となる木材を購入し、日本国内で加工し、製品化しているのではないか」という疑惑を明らかにするためのものです。要するに、環境配慮をしているようにごまかす「グリーンウォッシュ」問題ですね。これは、環境意識の高まりからすれば、消費者の購買判断に影響する点で、公共の利害に大いに関係するものといえるでしょう。
そして、Xの取材の内容は、「SDGsに積極的にコミットしていることで知られる家具メーカー甲が、実はコストを安く抑えるために、濫開発による森林破壊が国際的に強い批判を受けているC国から原材料となる木材を購入し、日本国内で加工し、製品化しているのではないか」という、「グリーンウォッシュ」の疑惑を明らかにするためのものである。かかる内容は、昨今の環境意識の高まりからすれば、消費者の購買判断に多大な影響を与えうる点で、公共性の高い内容といえる。
取材の態様
では、取材の態様はどうでしょうか。これは、Xにかなり不利そうです。
すなわち、Xは、甲を退社し今はエコロジー家具の工房を開いている元従業員の乙に取材をしていますが、「乙は、当初『退職していても守秘義務があるから何も話せない。』と言い、取材に応じることを断っていた」にもかかわらず、「Xは乙の工房に通い詰めたばかりか、乙が家族と住む自宅にまで執拗に押しかけ、『あなたが甲の行為を黙認することは、環境破壊に手を貸すのも同然だ。保身のためなら環境などどうなっても良いという、あなたのそんな態度が世間に知れたら、エコロジー家具の看板にも傷がつく。それでいいのか。』などと強く迫り、エコフレンドリーという評判が低下し工房経営に悪影響が及ぶことを匂わせた。」とあります。要するに、Xは、乙に対し、取材に応じなければ、お前のことを含めて甲のことを報道してお前の経済的信用を下げてやると言っているわけです。ただ家に押しかけるだけならともかく、このような申し向けは、脅迫罪(刑法222条)すら成立しそうです。
これを石井記者事件の事案と照らし合わせると、次のように書けそうです。
もっとも、判例によれば、取材者が、根気強く執拗に説得ないし要請を続けることは、それが真に報道の目的からでたものであり、その手段・方法が相当なものである限りは、正当な取材活動といえるが、取材方法が刑罰法規に触れる場合や、取材方法が相手方の人格の尊厳を蹂躙するものである場合には、手段・方法が相当なものとはいえず、正当な取材活動とはいえない(西山記者事件判決参照)。
Xは、甲を退社し今はエコロジー家具の工房を開いている元従業員の乙に取材をしている。しかし、乙は、当初「退職していても守秘義務があるから何も話せない。」と言い、取材に応じることを断っていたにもかかわらず、Xは乙の工房に通い詰めたばかりか、乙が家族と住む自宅にまで執拗に押しかけ、乙に不当に圧迫を加えている。また、「あなたが甲の行為を黙認することは、環境破壊に手を貸すのも同然だ。保身のためなら環境などどうなっても良いという、あなたのそんな態度が世間に知れたら、エコロジー家具の看板にも傷がつく。それでいいのか。」などと強く迫り、エコフレンドリーという評判が低下し工房経営に悪影響が及ぶことを匂わせている。これは、Xが、乙に対し、取材に応じなければ、乙のことを含めて甲のことを報道して乙の経済的信用を下げるという内容の申し向けである。このような申し向けには、脅迫罪(刑法222条)が成立し得る。そのため、取材方法が刑罰法規に触れるといえるため、Xの取材活動は正当なものとはいえない。
❷に行きましょう。つまり、Xに証言をさせた場合に、Xの職業遂行に与える影響の有無と程度です。
職業遂行に対する影響の有無・程度
Xが取材源を明らかにしてしまった場合、当然想定される悪影響として、取材対象者が「Xの取材に応じると、自分が情報発信源だとばれてしまう」と恐れて、Xの取材に応じてくれなくなってしまうということがあります。
特に、大手のメディア機関や記者クラブに所属しておらず、自分の足で情報を獲得していかなければならないXにとって、この影響は甚大でしょう。
したがって、証言に応じることで、Xの取材では情報源秘匿が守られないというおそれが生じてしまい、取材が断られてしまうことによってXの取材活動の継続ひいては報道自体が不可能ないし著しく困難になってしまうとXは主張することが考えられます。
Xが取材源を明らかにしてしまった場合、今後、取材対象者が、自らの身分が明らかになってしまうことを恐れて、取材を拒否する可能性が高まる。大手のメディア機関や記者クラブに所属しておらず、アクセスできる情報源が限られているXにとって、直接の取材を拒否されることの影響は大きく、Xの取材活動の継続及び報道それ自体が不可能ないし著しく困難となることも想定される。したがって、Xに証言を強制することで生じるXの報道・取材活動に対する阻害効果は大きい。
これに対して、博多駅事件に従って、以下のような反論が考えられます。
博多駅事件の判旨では、報道機関が被る不利益が「報道の自由そのものではなく、将来の取材の自由が妨げられるおそれがあるというにとどまる」という文言があります。これは、提出命令の対象となっていたフィルムが放映済みのものであったことによります。
本件でも、Xは既に乙に対するインタビューに基づき、甲の事案について報道を行っています。そのため、Xに証言を強制させても、甲に関する報道の自由そのものではなく、将来の取材の自由が妨げられるおそれがあるにとどまる、といえそうです。本件では、この反論を認める方向性で書いてみました。
これに対し、Xは既に甲に関する報道を行っているので、乙に関する証言を強制されても、報道の自由そのものではなく、将来の取材の自由が妨げられるおそれがあるにとどまるとの反論が考えられる。
確かに、Xが証言をすることで、将来において、このことを知る取材対象者が取材源が明らかになることを恐れて取材を拒否されることはあり得る。しかし、Xが証言をすることによって取材源が明らかになってしまっても、それはXに原因があるのではなく、法律によって強制されたものである。そのため、取材対象者との間の信頼関係が不可逆的に失われるわけではなく、真摯な努力によって情報を獲得することはなお可能である。そのため、Xが、乙が情報源であると証言したとしても、それは甲に関する報道の自由が妨げられることを意味しないし、将来においても取材の自由が妨げられるおそれがあるにとどまる。よって、かかる反論は正当である。
❸❹に行きましょう。
事案の重大性・証拠の重要性
確かに、刑事事件であった博多駅事件と比較して、本件は民事事件に過ぎません(❸)。ただし、乙が秘密漏洩行為を行ったか否かが問題となっている事案であり、Xによる証言は裁判上決定的な役割を果たすといえます(❹)。
※甲は、内部告発に対して「守秘義務違反」を理由として訴えを提起しているところ、このような明らかな「内部告発潰し」を保護すべきではないという議論は当然あり得ます。
最後に
以上、準備した論証を軸にして、令和5年予備試験憲法を解いてみました。判例を軸にしても、評価や結論が変わりうる良い問題なので、是非自分なりに解いてみてください。
ともあれ、判例を書ける形で準備しておくことにより、書くことのできる内容が充実することを実感していたいただければ幸いです。
まとめた解答例は下記に書いておきます。
解答例
Xは、民訴法197条1項3号に基づき、証言を拒否できない。
1 判断基準
同号の趣旨は、職業活動の自由と真実発見及び裁判の公正との均衡を図った点にあるので、「職業の秘密(に関する事項)」とは、その事項が公開されると、当該職業に深刻な影響を与え以後その遂行が困難になるものをいう。そして、証言拒絶は、当該秘密が保護に値する場合に限られ、保護に値するか否かは、公開による不利益と犠牲になる真実発見及び裁判の公正とを比較衡量して決する。具体的には、❶職業の内容・性質、❷影響の有無・程度、❸事案の重大性、❹証拠の重要性などを考慮して決する。
取材源がみだりに明らかにされると、身分が明らかになることを恐れた対象者が取材に応じなくなってしまい、取材活動が困難になってしまう。そのため、取材源は一般的に「職業の秘密」にあたる。そこで、Xの取材源が保護に値するかを検討する。
2 ❶について
(1) 「表現」とは、自己の思想や知識、情報等を外部に伝達する行為をいう。表現行為は個人の人格の形成・発展に資する(自己実現の価値)だけではなく、民主制国家は思想の自由市場を通じて国政が決定されることを存立の基盤としている(自己統治の価値)ため、表現の自由は、精神的自由として特に重要な権利といえる(北方ジャーナル事件参照)。
そして、事実の報道であっても報道内容の編集という知的作業を経る点で送り手の意見が表明されているし、報道は国民の知る権利に奉仕する。そのため、報道の自由は表現の自由として保障される。
また、報道が正しい内容をもつためには、報道のための取材の自由も、憲法21条の精神に照らし十分尊重に値いする。
Xが報道を行う行為も、それを通じて環境問題に関する情報や、Xの環境問題に関する問題意識といった思想・知識・情報を外部に伝達する行為であるから、表現行為として憲法21条1項の保障範囲に含まれる。そして、その報道のために取材をする行為についても、憲法21条の精神に照らし、十分尊重に値いする。
そして、Xの取材の内容は、「SDGsに積極的にコミットしていることで知られる家具メーカー甲が、実はコストを安く抑えるために、濫開発による森林破壊が国際的に強い批判を受けているC国から原材料となる木材を購入し、日本国内で加工し、製品化しているのではないか」という、「グリーンウォッシュ」の疑惑を明らかにするためのものである。かかる内容は、昨今の環境意識の高まりからすれば、消費者の購買判断に多大な影響を与えうる点で、公共性の高い内容といえる。
(2) しかし、判例によれば、取材者が、根気強く執拗に説得ないし要請を続けることは、それが真に報道の目的からでたものであり、その手段・方法が相当なものである限りは、正当な取材活動といえるが、取材方法が刑罰法規に触れる場合や、取材方法が相手方の人格の尊厳を蹂躙するものである場合には、手段・方法が相当なものとはいえず、正当な取材活動とはいえない(西山記者事件判決参照)。
Xは、甲を退社し今はエコロジー家具の工房を開いている元従業員の乙に取材をしている。しかし、乙は、当初「退職していても守秘義務があるから何も話せない。」と言い、取材に応じることを断っていたにもかかわらず、Xは乙の工房に通い詰めたばかりか、乙が家族と住む自宅にまで執拗に押しかけ、乙に不当に圧迫を加えている。また、「あなたが甲の行為を黙認することは、環境破壊に手を貸すのも同然だ。保身のためなら環境などどうなっても良いという、あなたのそんな態度が世間に知れたら、エコロジー家具の看板にも傷がつく。それでいいのか。」などと強く迫り、エコフレンドリーという評判が低下し工房経営に悪影響が及ぶことを匂わせている。これは、Xが、乙に対し、取材に応じなければ、乙のことを含めて甲のことを報道して乙の経済的信用を下げるという内容の申し向けである。このような申し向けは、脅迫罪(刑法222条)が成立し得る。そのため、取材方法が刑罰法規に触れるといえるため、Xの取材活動は正当なものとはいえない。
3 ❷について
Xが取材源を明らかにしてしまった場合、今後、取材対象者が、自らの身分が明らかになってしまうことを恐れて、取材を拒否する可能性が高まる。大手のメディア機関や記者クラブに所属しておらず、アクセスできる情報源が限られているXにとって、直接の取材を拒否されることの影響は大きく、Xの取材活動の継続及び報道それ自体が不可能ないし著しく困難となることも想定される。したがって、Xに証言を強制することで生じるXの報道・取材活動に対する阻害効果は大きいとも考えられる。
これに対し、Xは既に甲に関する報道を行っているので、乙に関する証言を強制されても、報道の自由そのものではなく、将来の取材の自由が妨げられるおそれがあるにとどまるとの反論が考えられる。確かに、Xが証言をすることで、将来において、このことを知る取材対象者が取材源が明らかになることを恐れて取材を拒否されることはあり得る。しかし、Xが証言をすることによって取材源が明らかになってしまっても、それはXに原因があるのではなく、法律によって強制されたものである。そのため、取材対象者との間の信頼関係が不可逆的に失われるわけではなく、真摯な努力によって情報を獲得することはなお可能である。そのため、Xが、乙が情報源であると証言したとしても、それは甲に関する報道の自由が妨げられることを意味しないし、将来においても取材の自由が妨げられるおそれがあるにとどまる。よって、かかる反論は正当である。
4 ❸❹について
確かに、博多駅事件と比較して、本件は民事事件に過ぎない(❸)。しかし、乙が秘密漏洩行為を行ったか否かが問題となっている事案であり、Xによる証言は決定的な役割を果たすといえる(❹)。そのため、公正な裁判の実現の観点からは、Xに証言させる必要性が高い。
5 結論
以上より、Xの取材活動は正当なものとはいえず、証言をさせても将来における取材の自由を妨げるおそれがあるに過ぎない一方、Xの証言は本件の裁判で決定的な役割を果たすため、Xの情報源は保護に値しない。よって、Xは証言を拒否できない。