新しい世界へ! 少女時代の革命歌Into the New World再び
2024年12月から翌年1月にかけ、ソウルの街に再び、少女時代の「Into the New World」の大合唱が鳴り響いた。
2024年12月3日の深夜、友人と電話している最中だった。
「おい、韓国で戒厳令だってよ」
友人の驚いた声に、ネットを検索した。
言うまでもなく、その日の午後10時30分、韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は、突然非情戒厳令を布告した。これを止められるのは国会での議決しかない。与野党の議員たちが続々と議場に集まったが、大統領側も特殊部隊を派遣した。集まった市民たちの抵抗もあり、また派遣部隊も市民や議員に暴力を行使することもなく、議会は開かれ、非情戒厳令は否決された。
もちろん、電話していた時点では、そんな詳細は分からない。だが、その時ぼくは電話口で呟いていた。
「これで尹政権も終わったな」
電話を切ってから、ふと、なんでそんなことを口にしたのだろう、と我ながら不思議に思った。
ぼくはいわゆる韓国専門家ではない。韓国のドラマや映画、Kpopが好きというに過ぎない。ただ、ぼくは2016年11月26日、朴槿恵大統領弾劾を主張する、いわゆるろうそくデモを実見していた。
さまざまな年齢の老若男女が集まっていた。動員されたらしい人々もいたが、自発的に参加したと思われる人がほとんどだった。子連れの親御さんの姿もあった。
多様な人々が参加していたため、秩序正しくはないが、整然としていて、いわゆる殺気立った様子はなかった。むしろ、朴槿恵大統領を支持する保守的(極右?)な人々の集会の方が殺気立っていた。高齢者男性と、彼に連れられてきた配偶者らしき高齢女性がほとんどだった。みな同じように太極旗(韓国国旗)と星条旗(アメリカ国旗)のセットを掲げていた。明らかに「動員」されていた。
あの時、日本での報道で目立ったのは「韓国は右と左に分断されている」だった。「絶対にデモと警官隊が衝突して、けが人が出る騒ぎになります!」と断言した「専門家」もいた。だが、私が見る限り、少なくとも退陣を要求する側に暴力を行使する雰囲気は皆無だったし、実際、そんな事態は起こらなかった。
一方、警備にあたった警官側にも、そんな気配はなかった。同行者がトイレに行きたいというので、警官に聞いてみたら、数名の警官が笑顔で「あ、こっちから行けますよ」と身ぶりで示してくれた。トイレに入ると、数名の若い警官が歯を磨いていた。みな、長身で、kpopアイドル男性のように色白でしゅっとした今どきの若者だった。
1987年の六月民主化抗争(後述)を経験した韓国人の友人が「いやあ、昔とは変わりましたねえ」とほほ笑んだ。その当時は、デモをする側も、鎮圧する側も「怖かったですよ」と言う。2016年のろうそくデモはちゃんと市東京に届け出、デモは道路だけにして(現場の光化門前は、左右それぞれ四車線道路)歩道には出ないこと、大統領官邸(青瓦台)近くには接近しないことなど、事前に取り決めていたようだ。
デモをする側も、警備する側も、どちらも「洗練されている」という印象だった。夜になると、ミュージカル「レ・ミゼラブル」の「民衆の歌を聞け」が特設ステージで流され、数万人の群衆の合唱がこだました。
それからほどなく、2016年12月9日、朴槿恵大統領の弾劾が成立し、職務停止。2017年3月10日、憲法裁判所の命令によって罷免された。テレビで専門家が力説していた「衝突」は、大統領支持派と警官隊の間での小競り合いにとどまった。
2016年の際に見た警官隊の態度から、今回も、軍や警察が光州事件時のような市民に暴力を振るう事態になるとは考えにくかったし、ソウル市民が大統領弾劾に立ち上がるのも、その後押しで議会や警察、司法が動き尹大統領が退陣に追い込まれることも予感できた。
とはいえ……。電話を切ってしばらく考えて、ふと思った。2016年から8年たった今、あの時と同じ事態が再現されるだろうか。
それを自分の眼で確かめたかった。ぼくはネットで航空券とホテルを予約し、12月6日、ソウルに飛んだ。
翌日、ネットでチェックすると、国会で大統領弾劾の採決が行われると知った。国会周辺で集会も開かれるという。弾劾決議には三分の二の賛成が必要で、大統領を支える与党から「造反議員」が出ないと可決されないらしい。
韓国の国会は汝矣島(ヨイド)というオフィス街にある。ホテルをとった東大門(トンデモン)から地下鉄に乗ろうとするとぎっしり満員だった。
満員電車は苦手なのでタクシーを拾った。韓国のタクシーは安く、途中渋滞もあって三十分以上かかったが、二千円ほどで済んだ。
議場に向かう道の途中、警官が道を封鎖していた。集会に使われるため、路上は歩行者天国になっていたから、あらかじめ届け出していたようだ。
弾劾決議の投票の数時間前だったからだろう。まだ人が集まり切っていなかったが、続々と人が集まっていた。左右それぞれ四車線の光化門前と違い、道が狭いので、ろうそくデモほどの迫力はないが、歩いてくる人々の姿を観て、胸が熱くなる一方、もうこれで確かめられたな、と思った。
様々な旗が掲げられていた。音楽を鳴らしながら踊っている一団がいた。整然と行列を作る人々もいれば、自発的にばらばらに集まってくる人々もいた。「民衆の歌を聞け」も流れていた。老若男女、さまざまな年齢層の人々が集まってきたのも、2016年の風景と同じだった。特に若い女性の姿が目立った(当日、参加者を集計したBBCによると、約四分の一が20~30代の若い女性だったという)。警備にあたる警官隊にも殺気立った様子はなかった。
改めて思った。
「これで尹政権も終わったな」
採決の風景を見るまでもない。そう思ってぼくは、引き返してタクシーを拾い、車で十数分先の、かつて退陣要求派のデモの現場だった光化門前に向かった。午前中、大統領支持派の集会が準備されていたからだ。2016年は進歩派のソウル市長だったが、今は、保守派の市長になっている。多少、関係しているかもしれない。
到着すると集会が始まっていた。その風景も2016年と同じだった。参加者のほとんどは高齢者だった。太極旗と星条旗のセットが振られていた。トランプ大統領(就任前)のポスターもあった。
韓国の保守派(極右)は、トランプが好きだ。
2019年6月30日、ぼくはたまたま日本の友人たちとソウルにいた。観光旅行のつもりだった。光化門のある景福宮(朝鮮王朝の王宮)を観に行く事にした。
なぜか歩道には星条旗と太極旗を振る高齢者が集まっていた。数千人はいただろう。歩道に屋台が出ていて、星条旗と太極旗を売っていた。当時の文在寅大統領の写真を車のフロントグラスに貼って、ワイパーを動かし、ビンタを浴びせてるふうにしていた。トランプ大統領のポスターが並んでいた。大きく掲げられた旗には、「トランプ大統領閣下、北朝鮮の魔手から韓国を救ってください」と英語で書かれていた。
そういえば、今日はトランプが韓国を訪問する日だったな。そう思って景福宮に向かっていると、トランプが泊まる予定らしい高級ホテル前は、保守派の高齢者たちでぎっしりだった。
いうまでもなく、韓国は第二次大戦の敗北で日本の植民地統治が終わった後、朝鮮半島の南半分を占領したアメリカ軍の後押しで作られた。1950年、北半分を占領したソ連軍の後押しで成立した金日成の北朝鮮軍が、38度線を越えて韓国に進撃し、朝鮮戦争が始まった。一時は釜山をのぞく半島の大部分が北朝鮮軍に占拠されたが、マッカーサー率いる米軍の仁川上陸作戦で劣勢を挽回し、現在の38度線(軍事境界線)で南北分断の形で収まった。
その後、韓国はアメリカと防衛条約を結んだ。1964年、ベトナム戦争がはじまると、クーデターで政権を奪取した朴正煕大統領は、韓国軍を参戦させた。見返りにアメリカから経済援助を受け、漢江の奇跡と言われる経済成長を成し遂げた。
1987年、KCIAの拷問で一人のソウル大学生が亡くなった事件をきっかけに反体制デモが盛り上がり、ついに全斗煥大統領から民主化宣言(大統領直接選挙制)を引き出した六月民主化闘争までの間、韓国は軍事独裁政権の支配下にあり、激しい反共教育が行われた。
軍事独裁政権の流れを汲む韓国の保守派を支持する人々が、北朝鮮から自国を守ってくれる存在として、アメリカを崇拝するのは当然だろう。
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2025年1月20日、内乱罪で拘束された尹大統領の支持派がソウル西部地方裁判所に乱入し、警官に乱暴を働くなどした。逮捕された90人の約半分が20~30代の男性だった。尹大統領が耽溺していたという陰謀論系ユーチューバー3人も含まれていた。
若い大統領支持派のニュース写真を観て、暗澹たる気分になった。どう見ても、いわゆるイケてない「弱者男性」だった。
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彼らを観て真っ先に連想したのは、N番部屋事件だった。多くは未成年の女性の弱みを握り、テレグラムというログが残らない形式のSNSで、「性的搾取」な動画を公開させ、会員たちが嘲笑したり、こんなポーズをとれといった命令を下す。被害者は数十人にのぼり、閲覧した会員は数万とされる。
ネットフリックスで配信中のドキュメント「サイバー地獄: n番部屋 ネット犯罪を暴く」に詳しいが、事件に気づいた2人の女子大生の通報をきっかけに、ハンギョレ新聞やテレビ局SBSが、当局と連携して取材し、首謀者検挙に成功した。捕まった犯人の風貌は、まさに大統領支持派の若者と同様、典型的な「弱者男性」だった。
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ろうそくデモによって文在寅政権が誕生した2017年、ろうそくデモが起こった2016年5月、江南(カンナム)の公衆トイレで23歳の女性が34歳の男性に刺殺された事件が起こった。犯人が「女性に無視されていた」と供述したと報道されたのをきっかけに、女性嫌悪や女性への犯罪に対抗する運動が盛り上がった。同時に、政界や芸能界でのセクハラが次々と暴露され、アメリカの#MeTooムーブメントが韓国でも燃え盛った。韓国のフェミニストたちは、男性と「結婚しない(bihon)」「出産しない(bichulsan)」「恋愛しない(biyeonae )」「セックスしない(bisekuseu)」を掲げた4Bムーブメントを起こした(トランプ再選を期にアメリカの女性層にも広がっている)。
文在寅政権は「女性暴力防止基本法」を制定するなど、若い男性から見れば、自分たちを男性であるが故に危険視し、阻害しようとするフェミニズムの味方に映った。文在寅政権の後、2022年に大統領に就任した尹錫悦は、女性家族部の廃止を訴え、若い男性の多くの支持を得た。同時にそれは、多くの女性層からはミソジニーとして映った。
2024年12月に始まった大統領弾劾デモの参加者の多くが、若い女性だったのは、その事と無縁とは思えない。
その彼女たちが武器として選んだのが、少女時代のデビュー曲「Into the New World(また巡り合う世界)」だった。
「Into the New World(また巡り合う世界)」が韓国の新しい革命歌になったという記事を、以前書いた(新しい世界へ! 少女時代の革命歌Into the New World(2024年12月14日付記追加))。
繰り返しになるが、2016年7月、学内改革に反発する梨花女子大学の学生たちがキャンパス内で抗議集会を開き、当局は警官隊を突入させた。女子大生たちは腕を組み、警官隊の前で「Into the New World」を歌い、その動画が拡散された。
その年の暮れのろうそくデモでも、「Into the New World」は一部で歌われ、その後、性的少数者の権利を主張するレインボーマーチや、タイでの民主化運動でも歌われた。
そして2024年12月、若い女性が多数を占める大統領弾劾デモで、再び異議申し立てのプロテストソングとして、この歌は各所で歌われた。
弾劾が決議される前日、この曲をプロテストソングに選んだ先輩たちに敬意を表し、梨花女子大学の生徒会が開かれ、2600人が参加。尹大統領弾劾賛成を決議、大会は合唱で締めくくられた。
私たちの目の前にある、けわしい道
想像もつかない未来と壁
それは、変えられない
でも、あきらめたくない
この世界の中で繰り返される
悲しみにさよならを
たとえ、道に迷うことがあっても
かすかな光を私は追い続ける
いつまでも一緒にいよう
また巡りあう世界で
「世界の中で繰り返される悲しみ」が、日本の植民地支配、朝鮮戦争、軍部独裁、光州事件など、韓国現代史で起った悲劇を指すのは間違いない。
民主化を成し遂げてもなお、性的差別やミソジニーといった「けわしい道」が彼女らの前には続いている。ガラスの天井という「壁」を変えるのは容易ではない。しかし、「あきらめたくない」。そのために連帯しよう……。
尹大統領の弾劾が採決され、内乱罪で逮捕されてなお、韓国政治は混乱が続いている。世論調査では与党(国民の力)の支持が急増し、野党(共に民主党)の支持を上回る結果さえ出ている。再び、保守的な、ミソジニー的な勢力が政権を獲得する事も将来、ありえるだろう。でも。
「道に迷うことがあっても、かすかな光を私は追い続ける」