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冬の日のココアみたいな本を書きたい: 私の留学物語

気づけば9年カナダにいる。
私の留学は語学学校から始まり、専門学校で英語教授法(TESOL)を勉強し、短期大学でソーシャルワークを学び始め、4年制大学に3年次編入し、大学院に進学、現在はMaster of Social Workを目指して修士論文と日々向き合っている。今ここ。

いろいろあった。

パスポートを紛失して警察に行ったり、家賃破格の今にも壊れそうなシェアハウスが大洪水に遭ったり、高熱で死にそうになりながら病院にたどり着くもトリアージミスでさらに死にかけたり、大学の点字受験を申し込んだら今の時代誰も点字で受験なんてしませんと追い返されたり、大学キャンパスが急に閉校になってド田舎の分校に送られたり、本当にいろいろあった。そしてこれからもいろいろあるんだと思う。
まったく予期せぬアクシデントに見舞われるたびに、私はまだカナダにいたいか、日本に戻りたいかということを常に自分に問いかけてきた。間違いなく、日本の食事と医療システムはカナダとは比べ物にならないぐらい質が良い。でもこの9年、留学を終わらせて日本に本帰国したいと思ったことはいちどもない。いちどもないまま、当初1か月のバンクーバー滞在の予定で着の身着のままカナダにやってきた私は、なんとか今までやってこられた。我ながら本当にラッキーだと思う。
語学学校卒業後の進路に悩んでいたとき、クラスの先生がRemember! New country, new language, new Kahoと言ってくれた。それから約9年、自分のいちばん生きやすい場所で、やりたいことだけやる。という意識を常に持つようにしてきた。そしたら心も楽になったし、熱中したい学問にも出会えた。毎日ヒーヒー言いながら修士論文と向き合いつつ、やりたい研究ができて幸せだなと思っている。
そんな私も、誰かの役に立てることがあればいいなと最近考えるようになった。

きっかけは、彬子女王が書かれたイギリス留学記『赤と青のガウン』を読んだこと。

女性皇室で始めて海外で博士号を取得された彬子女王の留学記は、内容が濃くてユーモラスでとても面白く、あっという間に読了した。日本の皇室というものに関心も持てたし、何より海外の大学院生活のあれやこれやに痛く共感した。

  • 一日中パソコンに向かい合っていても数行しか書けないことがあった。
    論文がどのぐらい進んだか人に聞かれるのがしんどくて部屋にこもりがちになった。
    いちばん苦労して書き上げた部分全てを切り取るように言われた。
    どれだけ頑張っても周囲には卒業時期にしか興味を持たれなくて悲しくなった。

わかる。わかりすぎる。

自分の知り合いに海外の大学院で論文を書いている人があまりいなかったこともあり、私は赤と青のガウンを読んで心が救われる気がした。恐れながら教官の嵐で、一人じゃないんだとずいぶんほっとしたものだ。
留学すると決めたのは自分。大学院で論文を書きたかったのも自分。アラサーになっても学生を続けることを決めたのも自分。私はカナダで選び取ってきた自分の人生に誇りをもっているし、自分が決めてきたことに付随する荷物や責任はちゃんと自分で引き受けようと思っている。彬子女王がおっしゃっているように、海外の大学院で論文を書くというのはとても孤独だ。基本孤独が好きな私でも時々めいりそうになるほど孤独だ。でもそれも含めての留学なんだろうと思う。

だけど、彬子女王の留学記を読んで思った。

私が赤と青のガウンに元気をもらえたように、私の留学体験も誰かの役に立てられないか。

例えば、赤と青のガウンを読みながら、彬子女王の通われていたオックスフォード大学マートン・カレッジは、すごく格式高くてフォーマルな雰囲気なんだということを知った。ハイテーブルでのディナー、ラテン語での卒業式。まるで映画の中に出てきそうな世界だ。教授と同じ学位を取得するまではその人をファーストネームで呼ぶことは絶対ない、などということは私の通うカナダの田舎の学校には全然なくて、あまりにいつもナチュラルに指導教授のファーストネームを呼んでいるものだから、この前オフィシャルな書類を書いた時に彼女の苗字がわからなくてググったぐらいである。こんな風に、国が違えば、学校の雰囲気もシステムもかなり異なるのだろう。いろいろな国の留学記があれば読み比べて面白いし、大学院留学に興味のある人たちが、どの国の大学が自分の肌に合っているか考える参考にもなるかもしれない。
そして、彬子女王は著書の中で自身の研究内容にも触れており、英国で日本の芸術史を研究する意味や重要性についても学ぶことができた。論文は、研究者は、世界をより良い方向に導くために必要不可欠だと思う。私も、何らかの形で誰かの役に立てる研究がしたいと思っている。
現在私は、日常生活で直面するAbleism(健常者中心主義)に基づく偏見や差別的行動が、視覚障害のある若者の精神の健康にどのような影響を及ぼしているのか、そしてソーシャルワーカーは、Ableismを解消して障害当事者の精神の健康を促進するためにどのようなスキルを習得すべきか、という研究をしている。先行研究と自分の研究方法がやっとまとまり、これからカナダの視覚障害当事者インタビュー調査に向けた準備をしていくところだ。
この研究テーマは自分の日本での経験がベースになっているので、いつか何らかの形で日本の人たちの役に立てたいと思っている。修士論文を世に送り出す時には、日本語でも公開できるプラットフォームがないか現在模索中だ。変わらないといけないのは心を壊した障害当事者ではなく、そこにいたるまでの構造的暴力や社会的背景なのだということ、今苦しんでいる人たちの特効薬にはなれないけれど、誰かが社会の仕組みを変えていかないといつまでもマイノリティーの人々が抱える精神疾患の割合は下がらないということを、論文を通して発信したい。この学びは私がカナダで得たかけがえのない財産で、明日を生きる希望で、論文執筆という形で微力でも社会に何かしら貢献することが、これまで留学を応援してくれた人たちに報告できる成果なのだとも思う。

私のかなえたい夢

赤と青のガウンのように、自分の留学生活と研究を本にすること。こうやって実際に文字にしてみるとだいぶおこがましい気もするが、言霊を信じて今回この記事を書いた。僭越ながら、私も海外大学院に興味がある人、現在海外大学院で論文と格闘している人、留学の孤独感に人知れず打ちひしがれている人、そしてAbleismと日々戦いながら暮らしている誰かにそっとよりそい、一瞬でも読みながらほっとできる、冬の日に飲むココアみたいな本を書きたい。そんな夢を追いつつ、ほぼアラスカみたいな寒いカナダの地で、また論文執筆にいそしもう。

#かなえたい夢

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