宇宙の椅子
ここはたくさんの椅子があちらこちらに置いてある広くて明るい部屋。椅子は形も大きさも様々で、中にはねずみ用くらいの小さなものから、ぞうが座れそうなとんでもない大きさの椅子もある。今日も朝9時きっかりにひげもじゃで小柄なおじいさんがやって来た。おじいさんは毎日ここに来て、椅子全てをキレイに拭いて床の掃除をし、入口の台に摘んできた花を生けると、いつもの窓際の椅子に座る。そうして、遊びに来る人を出迎えるのだ。
ここに来る人達は椅子が大好きだ。座る椅子によって気分が変わる。椅子にも性格があるから、おっとりした椅子に座ればのんびりした気持ちになるし、シャキッとして豪華な椅子に座れば王様になった気分になる。そしてここにある椅子に座ると景色が変わるのだ。みんな自分にピッタリの椅子を見つけ出そうと、思い思いに楽しむ。
入口を入ってすぐあるのはうさぎサイズの椅子。模様も野原を走るうさぎの絵が描いてある。この椅子に座ると緑の美しい野原の匂いと風を感じる。部屋の奥の方に行くほど大きな椅子が並んでいて、その奥にここのおじいさんしか入ることのできない秘密の部屋へつながる扉がある。そこには誰も座ったことのない椅子があるとみんなは噂している。けれど、おじいさんは口が堅く誰が聞いても、「さあ、どうだったかな?」ととぼけてしまう。ほんとかどうかは誰も知らないのだ。
15時を過ぎたころ、双子の兄妹が遊びにやって来た。2人はキラキラとした目で部屋中を見渡し、「最初はこれ」、「次はこっち」、「今度はあっち!」といったふうに、いくつもいくつも椅子に座ってははしゃいでとっても楽しそうだ。
「ぼく、今度はこのお空の椅子にしよう」
「わたしはこっちの星の椅子!」
2人はそれぞれ同時に腰を掛けて、目を閉じると一瞬にして空のうえに言った気分です。空の椅子はまるで雲に座っているかのようで、ぷかぷかと浮かんでいる感じ。星の椅子は流れ星に座っているようで、とっても早く夜空を駆け抜けていくよう。
双子の兄妹はほっぺを赤くして大興奮。同時に目を開けると「すごいね!」「ねえねえ、宇宙ってどんなところなんだろう?」と話し始めました。そんな様子を見ていたおじいさんはそっとあたりを見渡すと、すっくと立ちあがる。
「久しぶりに行ってみるか」そうつぶやいておじいさんは、あの秘密の部屋につづく扉をあけた。そしてすぐに出てきたおじいさんは、なにやら黒っぽい椅子を一脚と3つのヘルメットを持っている。そして、おじいさんは双子に近寄っていき、こう声をかけた。
「宇宙に行ってみるかい?」
双子は「宇宙?!」と驚いて顔を見合わせ、「行きたい!」と大きな声で返事をする。おじいさんは2人にヘルメットを被るように言って自分も被る。そして、持ってきた椅子に壊れているところがないかよーく見る。黒っぽく見えたその椅子は、近くで見ると濃い紺色をしていて、白に黄色そして赤の大小さまざまなてんてんが、絵具をピッとはじいたように描かれている。それは本で見た宇宙のようだ。おじいさんは椅子が安全なことを確かめると、椅子にしっかりと深く腰かけた。「さあ、二人とも、私の膝に座ってしっかりつかまるんだよ」とおじいさんが言うと双子はうんと頷き、右と左に分かれておじいさんの膝によじ登り、しっかりおじいさんにしがみつく。
「準備はいいね?しゅっぱーつ」と言い、おじいさんがひじ掛けに手を置くと、椅子はビュンビュン空高く昇っていく。双子たちは出発と同時にぎゅっとつぶっていた目を少しだけ開けて驚いた。その時おじいさんと双子たちはもう雲の上に出ていて、それでも椅子はどんどん上り続けていたのだ。そして、ついに宇宙の真ん中まで登ってしまった。
「ああ、怖かった」とおじいさんが言うのを聞いて、双子たちは目を開けてびっくりした。いつも遠くに見る星がとっても近くて、お昼のはずなのに月がきらきらと輝いているのだ。双子のお兄ちゃんが「おじいさん、ここは?」と聞くとおじいさんは「宇宙だよ。といっても、地球も宇宙の一部だけどね。ほら、あそこに見えるのが地球だ」とヘルメット越しに答える。
「わあ、きれいだね」とお兄ちゃん。
「うん、でもちょっぴり怖い」と妹。
「そうだね、きれいだけどちょっと怖い。そしてわくわくもするだろう?」とおじいさん。
「宇宙人いるかな?仲良くなれるかな?」と妹。
「お話できるかな?僕、宇宙人が何を食べるのか聞いてみたいな」とお兄ちゃん。
「そうだなあ、実は私は宇宙人なんだが、みんなと同じものを食べているよ」とおじいさんが言うので双子はまたびっくりしてしまった。けれど、おじいさんは何でもないように、「みんな宇宙人さ。私も、君たちも。だって、地球が宇宙にあるんだから。ね、そうだろう?」と。そうして、おじいさんは「さ、そろそろ夕方になる時間だあの部屋へ戻ろう」と言った。
もとの部屋に戻って来たおじいさんと双子たちは、ヘルメットと椅子を秘密の部屋に戻すと「今日宇宙に行ったことは3人だけの内緒にしよう」と約束する。ゆびきりげんまんを歌って、「バイバーイ」と双子たちは元気に手を振って帰っていく。おじいさんは2人に手を振りながら「あのビュンビュンと宇宙に登るのは何回やっても怖いんだよなあ」とつぶやいたのだった。
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