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夢の少年と夜のお散歩

背中の中心から少し上のあたり、そう、肩甲骨、2つの向かい合わせの骨のところを意識して。よーく念じるんだ。

「あ、飛べる」、そう思った瞬間、私の両足は地面を離れていた。羽はないしスーパーヒーローでもない私。でも飛んでる。

「いいね、いい調子だよ」と小さな男の子が言う。ふわふわと、慣れた様子で私の横を飛んでいる。なんだかとても楽しそうだ。私はというと、操り人形みたいにぎこちない。「ねえ、どうしたらそんなふうに飛べるの?」と、私が聞いてみると、「簡単だよ。何も考えないんだ」と言う。何も考えないって、難しいことだと思う。頭の中を空っぽにしようとしても、「お昼ごはんは何かな?」とか「あー空が青いな」とか、何かしら考えてしまうもの。

しばらくして、「あ、だめだめ、まだここにいたい」とこぼれた言葉に驚いた。私は今、どこにいるんだろう?見えるものはみんな知っている。飛んでいる男の子と、飛んでいる私だけが、今まで見たことないもの。でも、だんだんとあたりの建物や、街路樹、公園の遊具、川の魚たち、そしてすいすい泳ぐように飛ぶ少年まで、ぼんやりとあやふやになってきている。どうしよう、このままだとがっかりするのはわかるのに、どうしていいかがわからない。

はっ、と気が付いたとき、もう遅かった。いつもの匂い、触りなれた羽毛布団に毛布。目が覚めてしまった。あの少年は、きっとまだ飛んでいるんだろうなあ。だって、あんなに楽しそうに飛んでいた。きっと、私のことも「あ、こんなとこに人がいる、ちょっと話しかけてみよう」くらいにしか思っていなかったに違いない。もう一度、寝よう。部屋の中にはまだ月明りが差しているし、起きるには早すぎるもの。

「ねえ、君、寝ないでよ」と耳元で声がした。慌てて毛布を頭まで被る。びっくりして、体はアルマジロみたいに丸く硬くなっている。「ねえってば」ともう一度言ったその声は、ついさっき聞いていたのんきな声だと気が付いた。そう、夢の中で出会った、すいすいと飛んでいた少年の声なのだ。毛布から顔を出し、暗闇に目をこらすと、ずいぶんと近くに顔があってまたびっくりした。少年は私を覗きこむようにこちらを見ていたのだ。

「君の体がどんどん透明になって、光のつぶになっちゃったんだ。僕、退屈でさ、光を追ってきたの。それでここに着いたんだ!」と、むんと胸をはって自慢げに教えてくれた。あれ?と思った。だって、この少年は私の夢の中にいたのだ。けれど、少年は「こっちに来るのは簡単なんだ、本当は。みんなできないと思っているからできないだけで、できると分かれば息を吸って吐くみたいなもんさ」と言った。

「ね、起きてよ。一緒に外に出て空の散歩をしよ。月と星がすごくきれいなんだ」と少年が手を引くのでベッドを出る。夢の中の住人のはずの少年の手。冷たいかと思ったらとても温かくて、なんだかずっと繋いでいたくなる。「私、でも、飛べないよ?」と言うと、「さっき飛んでた。同じさ。ほら、背中の中心から少し上のあたり、そう、肩甲骨、2つの向かい合わせの骨のところを意識して。よーく念じるんだ」とまたゆっくりと、おまじないを唱えるように、のんきな声に不思議なパワーが混じった声音で言う。それに合わせて、意識を集中させると、肩甲骨のあたりがじんわり温かくなってきた。「うん、そう、その調子。そっか、ここだとそうなるんだ」と少年が何か納得している。次の瞬間、背後でバサッと音がして振り向く。「わあ、羽だ!」と私が言うと同時に、少年が「よし、行こう!」と繋いでいた手を引き、私たちはベランダからふわりと飛び上がった。

夢の中で飛んだ時よりも、今の方が体の重みを感じている。そして羽ばたく羽の音、巻き起こる風、わずかに上下する体。夢の世界ではないなんて、いつも生活している世界にいるなんて、それこそ夢みたいだ。

「おーい、みんなおいでよ!」と少年が星空に向かって叫んだ。すると、星たちが返事をするように一瞬きらりと光った。そして次の瞬間、犬の親子や、大きな角の牛、双子の子どもに続いて、うさぎもぴょんぴょんと、星空から舞い降りてきた。双子たちは、きゃっきゃと笑いながらうさぎを抱き上げ撫でている。犬の親子が、私と少年の周りを跳ねるようにくるくる周る。大角の牛はせっかく出てきたのに、雲の上で大きなあくびをして寝てしまった。ふと見ると、双子たちが何やら慌てている。どうやらうさぎが月に向かって逃げてしまったみたいだ。星のうさぎもやっぱり月で餅つきをするんだろうか。どんな味のお餅だろうと気になって、少年と一緒にうさぎを追って月に行く。私と少年が月に到着すると、星のうさぎはもう、月のうさぎに混ざって餅つき大会に参加している。私たちも仲間に入れてもらって、お餅をついたり「そーれ、そーれ」と声をかける。月の上で、うさぎたちと夢の少年と作ったお餅。ほんのり甘くおいしくて、ぱくぱくたくさん食べた。

向こうの山の端の線が明るく浮かび上がってきている。少年が「それじゃあまたね」と言い、また今夜も遊ぶ約束をしてさよならした。今夜は夢の世界かな?この世界かな?ベッドに戻って寝ていると、すぐママに起こされてしまった。ベッドを降り鏡を見ると、羽はもうなかったけれど、月でうさぎたちとお餅を食べたのは本当だ。だって、朝ごはんを食べる前なのにお腹いっぱいだもの。さて、ママになんて言おうか…?

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