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親方と少年の気立てのいい靴

靴には気立てのいいのと、そうでないのがある。気立てのいい靴は、持ち主がぼーっと歩いても、目的地にちゃんとたどり着かせてくれる。しかし、そうでない靴は、持ち主が考え事なんかしていると目的地とは正反対の場所に連れて行ったり、大きく遠回りをしたりするのだ。

七つの町に囲まれた、小さな村。そこは腕のいい靴職人が沢山いることで有名だ。腕のいい靴職人が作る靴は見た目がいいだけでなく、気立てがいい。そして、その履き心地と言ったら何とも言えない。靴下のように軽く、足にぴったりなのだ。だから、この国の王様はもちろん、隣国の王様なんかもわざわざ買いに来るのである。

その村で靴づくりの修業をしている少年がいる。少年は、有名な職人のもとで修業していて、親方からも「筋がいい」とよく褒められる。少年が作った靴は、親方の店に彼専用のコーナーがあり、すでに何足か注文もあるほどだ。

ある日のこと、親方の店におしゃれな紳士がやって来た。どこからどう見てもおしゃれ、靴にもかなりこだわりがありそうだ。店番を任されていた少年が「いらっしゃいませ、どんな靴をお探しですか?」と聞いてみると、紳士は「今までに見たことのない靴はあるかな?」と言った。親方は基本シンプルなデザインの靴を作る。けれど、皮の色は一枚一枚少しずつ違っているから、見たことのない色の靴はあるかもしれない。しかし、「この紳士が言っているのは、そういうことではないだろう」と少年は考えていた時…「あ!」と、つい最近自分が作った靴を思い出した。「ちょっとお待ちください」そう言い残して、少年は店の奥に置いてあるその靴を取りに行く。

少しして戻って来た少年の手には靴箱がある。「これなんですが」とおずおずと箱を開けて紳士に見せてみると、「ほお、これはこれは。いいじゃないか!今までに見たことがないデザインだ!」とにっこり。少年はほっと一安心だ。実はその靴、少年がうっかり靴穴を一つ少なくしてしまったものなのだった。それも、左右の靴の内側の列の穴を一つずつ。だから、どうやって結んでも、ひもは傾いてしまい、なんとも肩の力が抜けるような見た目になってしまった。それでも、皮にしわもなく、靴底もしっかりしていて、何より気立ては良さそうだった。親方も「捨てるのは惜しいできなのだがなあ、どうするか…」と悩んでひとまず店の奥にしまっていた一足である。

その靴を大いに気に入った紳士は、足のサイズを測り注文して帰っていった。紳士と入れ違いに、出かけていた親方が帰ってきた。「あれ、その靴…もしかして注文入ったのか?」と親方が聞くと、少年は「親方、おかえりなさい。そうなんです。実は今出て行った紳士が注文してくれたんです」と答えた。親方は「おお!よかったじゃないか!そうか、こういう靴を欲しいという人もいるんだな。おしゃれな人に良いのかもしれない」と言い、少年と一緒に、他にも長さをちぐはぐにしたり、数を左右で変えたり、はたまた色をわざと一部だけ変えたりして作ってみることにした。

それから一カ月。親方と少年の店は、昔ながらの靴に加えて、他では見たことのないデザインの靴があることで、前よりうんと人気になった。今日もお店の中には、新しいデザインの靴を探したり注文したりする人と、注文した靴を取りに来る人で大賑わい。今では、伝統を大切にする王様たちも、「ちょっと変わったのもいいな」と左右で色が違うものを買ったりする。そして、この見たことのないデザインの、気立てのいい靴。もちろんちゃんと履いている人を目的地に連れて行く。けれど、伝統的な靴と違うのは、これを履くと必ず何か新しいものを発見するところだ。いつもと同じ道を通るのに、それまで目につかなかった面白そうなお店を見つけたり、考え事をしている時は何かの拍子にひらめいたりする。

この靴の噂はどんどん、どんどん広がって、ついには世界中に知れ渡る。親方のもとには、その技術を知りたいといって沢山の職人見習いがやって来た。かつて修業していた少年も、靴の注文も沢山受けているし、見習いたちに技術を伝えている。今では親方に並ぶ腕のいい靴職人として、世界中で有名になったのだった。


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