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夏休みに起きたこと

夏の太陽が輝く午後、ぼくは学校に向かっていた。
友達と図書館で宿題をする約束をしていたからだ。宿題ってなんであるんだろう?
楽しい夏休みに水を差すようなものだと思う。誰が考えたんだろうか。

普段、自転車では登校できないけれど、今は夏休み。すいすいとペダルをこいで、赤信号で止まった時、この、中学1年生のぼくの夏休み最大の出来事が始まった瞬間だった。

ブレーキをかけ止まったとき、柔らかそうなつばの広い帽子をかぶった女の人が前に立っていた。長く、日に透けるような灰色の髪がきらきらしていた。たぶんおばあちゃんだけれど、背中がぴんとしていて、先週会いに行った父さんの方のおばあちゃんよりも若そうだった。その人の髪の毛に、大きな白いご飯のかたまりがついていた。えっ?と思った。身ぎれいにしている感じだったから、まさか、そんなおっきなご飯を髪につけたまま、外に出てくるなんてしなさそうだし。第一、米粒ならわかるけれど、ちいさめのおにぎりサイズだったんだ。

ちょっと失礼かな?と心配になるくらい、見た。よーく目を凝らして白いおにぎりを見た。そしたら、ちょっともぞもぞするような感じで動いた。小鳥なのかもしれないと思って少し自転車を近づけてさらに見ていたら、その白いのが身震いしたとき、ちらっと、ちっちゃな黒い目が見えたんだ。その時だった。その人が、振り向いてにやりと笑ったんだ。何でもないふりしたけれど、実は背筋がぞわぞわして、見ちゃいけないものを見た気がしたのを今でも覚えている。

とはいえ、その人は小柄でゆったりした赤いワンピースを着て、薄くお化粧もして、やっぱり身ぎれいにしていた。そして、にやりの笑顔から、にっこりになったらチャーミングという言葉がぴったりな人だった。チャーミングなんてその時初めて使った。

せつなさん、それが彼女の名前だ。そして、おにぎりの正体は、彼女のペットの妖精だった。まんまるの体に、短い手足、目と鼻と口。僕の声に反応していたから、耳もあるようだった。

「この子が気になるんだね?」とせつなさんが言ったとき、まんまるが、こういった。
「白くておいしいもの、なーんだ?」
「え、ごはん?米?」
「だいせーかーい、君の行ってみたい世界へ行ってみよー」

せつなさんが、ぼくの右手を、まんまるが左手に触れると、どこからか涼しい風が吹いてきて、僕らを包み込み持ち上げた。体がふわふわと浮いて思わずぎゅっと目をつぶってしまった。そして、次に目を開けたときには宇宙に浮いていて、「ひえ~」とまた目をつぶった。そして、次に僕の目にうつったのは、緑豊かな森の中、鹿やリスに会えそうな場所だった。
「ふうん、なかなか良さそうなところだね。涼しいし」とせつなさん。
僕らはあたりを見回して、少し歩くことにした。ひんやりした空気がとても気持ちがよくて、そうそうこんなところに来たかった、と思ったとき、想像した通り、鹿が数頭、川の水を飲む光景が目に入った。そして茂みからはリスが飛び出してきて、鹿の横で顔を洗う。

「あら、鹿にリスまで、ひろきくんの頭の中はおとぎ話の中のようね」
せつなさんにそういわれて、僕はほっぺたが熱くなった。

「むこう、だれかまってる」まんまるが言うの聴いて、せつなさんはすぐに歩き始めたから、僕もそのあとにつづく。いったい誰が待っているのか?

通り過ぎる木々には、赤や黄色に青、ぴかぴかとしたフルーツや、なぜかキャンディーやマシュマロが枝になっていたので、いくつかもいで抱えながら歩いた。どうやら僕の頭の中はかなりファンタジーらしい。

そのうち、開けたお花畑にでた。そして、その真ん中あたりに切り株があり、木漏れ日がさしている。そして、その切り株にはピンクのドレスを着たお姫様のような子が座っていた。

そこからは、もう、すごかったんだ。お姫様に「ねえ、君、そこで何してるの?」と聞いたら、大粒の涙を流しながら泣き出し、側に行くや否や「ひろき王子、遅いわ!」と僕に飛びついてきた。すっごくかわいかったけれど、その勢いはあまるほどだったんだ。そして、お姫様の話によると、彼女のお父さんである王様が謎の病に倒れてしまって、僕がその治療法を知っていると彼女の執事に聞いて馬車の準備も待たずに飛び出してきたらしい。結局、迷子になったけれど。

「ひろき王子、お願いします!お父様を助けてください!」
「そんなこと言われても…残念だけど僕は医者じゃないし」
「ひろきくん、なんか思い当たることはない?」
せつなさんに言われて、考えてみた。病気、熱、咳、風邪、いや、お腹の病気の可能性だってあるな。

「ひろき、しってる。ひろきのせかい、いまみんなちゅういしてる。なつのびょうき」
「みんなちゅうい…なつの…あっ!!」

「ひろき王子、何かわかったのね!」
「すぐにお城へ!急ごう!」

僕たちはお姫様の住むお城へ駆け出した。だんだんと息がきれて苦しくなったんだけど、せつなさんは平気な顔をしていて、よく見たら、足は動かしているけれど少し体が浮いていたんだ。もう、そのころには僕も何を見ても不思議に思わなくなってきていた。

お城についた僕たちは、執事さんに頼んで大急ぎで大量の水と砂糖と塩を王様の部屋へ運んでもらって、それらを混ぜ合わせ、王様に飲むようにお伝えした。次第に顔色がよくなる王様に、ほっとしたのもつかの間、また、涙目のお姫様に飛びつかれた。今度は「ありがとうございます!」と感極まっていたらしい。

次の日の朝、僕はお姫様のベッドのとなりのベッドで目を覚ました。まだ、眠るお姫様、小さく口が空いていて「すーすー」と寝息を立てている。ゆっくり見る時間もなかったけれど、やっぱり可愛い。まさに、バラ色のほほに唇、長いまつげだ。きっと、このままここにいたら、僕はこのお姫様と結婚する。僕のファンタジーの世界だ。必ずそうなる。だって、ここまで、起きたことは僕が想像したことそのままなんだ。だとしたら…

あのお花畑に行くと、やっぱりせつなさんとまんまるがいた。
「帰るよ」
「もとのせかい、ひろきのせかい。しろいのあう、おいしいものなーんだ?」
「え、えーと。梅干し?」
「ぶぶー、まる、それきらい」
「もう一回間違えるとひろきは帰れないよ、よく考えて」
「え!何そのルール!えっと…、のり、のりは?!」
「だいせーかーい!さあ、かえりましょー!」

来た時と同じように、風に包まれて宇宙へ、そして僕たち3人は信号の前に立っていた。

「まる、君の名前、まるって言うんだね」
「うん、まるだよ」
「ひろきくん、またどこかでね」

そういって、さっさと歩き出すせつなさんの後姿に僕は、慌てて手を振った。まるが、灰色の髪に隠れて小さく振りかえしてくれていた。また、会えるだろうか、せつなさんとまる、そしてお姫様や王様たちに。
「あっ!図書館!今何時だ?あれ、あんま進んでない…」
13才結構いろいろ経験したと思っていたけれど、間違っていたみたいだ。世界には、まだまだ知らないことが、不思議なことがたくさんありそうだ。


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