ポロロンとできる世界
暖かい暖炉の前、細かく美しい模様が編まれた絨毯が敷いてある。そこにはいつもやってくる近所の子どもたちが3人。寝っ転がったり、体育座りをしたり、みんなキラキラした目をして、用意されたほかほかのココアを飲んだり、焼き立てのクッキーを食べています。少し離れたところ、窓側に一台のピアノ。この家に住むおじいさんと12歳の女の子が並んで椅子に座り、ひそひそと内緒話をしている。子どもたちは何を話しているのかと、学校の校長先生の話を聞くときよりも静かに耳を澄ませている。けれど、やっぱり聞こえなくてみんなむずむずとしてきた。
そこへ、「さ、始めましょう」と言いながら、おばあさんがみんなのもとへやってきて、暖炉の近くの椅子にゆったりと身を落ち着ける。ゆらゆらとするロッキングチェアーはおばあさんの指定席だから、誰も座ろうとしない。時々、飼い猫のミイが素知らぬ顔をして寝ているくらいだ。
さて、おばあさんも椅子に座ったのを確認したおじいさんと女の子。2人は頷きあって、ふうっと深呼吸をすると、ピアノの鍵盤に両手を置く。
ポロロン、ポン、タンタララーン
おじいさんのしわくちゃの手と、女の子のぴかぴかの手が、鍵盤の上をステージに踊り出す。弾むように飛び出すその音色は、だんだんと形を成し、その場にいるみんなは、いつしか美しい世界へと旅に出ます。
ここでちょっぴり時間を巻き戻して、おじいさんと女の子の内緒話をこっそり聞いてみましょう。
「おじいさん、今日はどこにいく?」
「そうだね、今日は動物園なんてどうかい?」
「うーん、動物園は先週行ったわ。動物たちのいる森の中はどう?」
「いいね、美しいお花畑と美味しい水の湧き出る湖も作ろう」
「それがいい!湖のほとりで輪になって踊りたいなあ」
「素敵だね」
とこんな会話だったよう。2人の想像は、そのまま音となり、形となり、景色となり、そして、命を吹き込む。ほら、あそこの大きな木のかげから鹿がひょっこり顔をだした。あっちの草むらからは野ウサギがぴょん、と飛び出す。ちょっぴり恥ずかしがり屋さんみたい、草むらにもどって顔だけのぞかせてこちらを見ています。
子どもたちはすぐに動物たちと仲良くなる。しょっちゅうこうして動物たちと遊んで、そのこつをつかんだから、急に走り寄って脅かすこともなくなったのです。ゆっくりと近づいてきた動物たちに、思う存分匂いをかがしてやると、そうっと優しく背中をなでる。すると恥ずかしがり屋さんのうさぎも、安心して膝にちょこんと乗ってくる。
弾むようにピアノを弾くおじいさんと女の子は、みんなの楽しそうな顔を見てほくほくとした笑顔になり、彼らの奏でる音もなんだかふんわり包み込むような優しい音になる。森の中には、空からキラキラとお日様の光が差してきています。ところが、この2人、実は大のいたずら好き。このままでは終わりません。
ひとりの男の子が何かに気が付いて「あれ?」と声を上げる。ほかの子たちも気が付いて「あ、今日はなんだ?」、「わあ、あれってねずみ?」、「ねずみじゃないよ。クマみたいに大きいもん。それにしましまがある」と言っています。おばあさんは切り株に腰掛けてうとうとしていたので、「ああ、また始まった。せっかく気持ちよく眠れそうだったのに」とちょっぴりあきれ顔。そして、「あ!虎の赤ちゃんじゃない?!」と寝っ転がっていた子が叫んだ。そう、そこに現れたのは真っ白な虎の赤ちゃんだったのです。
とってもいたずら好きのおじいさんと女の子だけれど、ハッピーエンドが大好きなのだ。そしてこの世界に現れるものは、すべて2人の心と頭の中にあることでできている。だから、恐ろしいことなんて起きっこありません。子どもたちみんなも、ふわふわとした毛の大きな大きな赤ちゃん虎と、すぐに友達になっています。背中に乗ったり、かくれんぼをしたり。わいわい、ふふふ、といまもなお続く音楽に合わせて遊ぶ。それは、そしてその世界は、おじいさんと女の子が「はあ、手がつかれちゃった」と言って、最後のひとつの音がポロンと消えるまで、ずーっと続くのでした。
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