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ふくろうじいさんと庭の花たち

赤い屋根の家の広い庭、そこに咲く花たちは、季節によってそのメンバーは変わるのだけど、一年中きれいな花がたくさん咲いている。ご主人の「かわいいねえ」という声かけのおかげか、花たちもみんなそれぞれその咲きっぷりに満足していて誇らしげだ。

お世話しているのはこの家に住むふくろうじいさん。ふくろうじいさんはその名の通り、ふくろうにそっくりなおじいさん。ふくろうって、どっしりとしたおじいさんのような鳥でしょう?ふくろうじいさんの顔は、ふさふさと上を向いた眉毛、すぐ下に大きめのまんまるとした目。それに鼻が大きく遠くからみるとくちばしのよう。だから近所の人はみな、彼をふくろうじいさんと呼ぶようになったのだ。

ある晴れた日の朝、ふくろうじいさんはいつまでたっても庭に出てこなかった。いつもなら、食パンと目玉焼き、それにお味噌汁の朝ごはんを食べて、歯みがきをすませると庭に出てくる。両腕をぐいーっと空に向かって伸ばして、深呼吸をひとつ。それから花たちに「かわいいねえ」と水やりするのが、ふくろうじいさんの朝の日課なのである。だから、どんなに遅くてもお昼の鐘が鳴る前に花たちは「かわいいねえ」を聞くはずで毎日楽しみにしていた。

「ねえ、なんだかおかしいわ」
「そうね、おじいさん遅すぎるね」
「ふくろうじい、具合でも悪いのかしら?」
「誰か様子を見に行ければいいのだけど」
こんな具合に花たちも心配顔で、何もできなくじりじりしているようだ。

ちょっと花たちの代わりにわたしたちが、ふくろうじいさんの家の中をのぞいてみましょう。リビングの中、台所、お風呂場、1階にはいないみたい。階段を上がって2階に行ってみよう。手前のドアをあけて、中をうかがってみると、いましたいました。ふくろうじいさん、何やら洋服タンスをひっかきまわして、鏡の前でうーん、うーん、と考え込んでいるみたい。

それもそのはず。今日は、ふくろうじいさんが1カ月も前から楽しみにしていたピアノの演奏会があるのです。それも、キツツキおばあちゃんに誘われた演奏会。キツツキおばあちゃんは隣町に住むかわいいおばあちゃん。シュッとして小柄なキツツキのようなおばあちゃん。とっても明るく元気で、道ですれ違うと「あら、こんにちは。すてきなマフラーね」なんていって話しかける。にっこり笑顔にちょっとした褒め言葉、キツツキおばあちゃんはみんなの人気者なのだ。

ようやく3つにしぼった蝶ネクタイを鏡の前で、ひとつひとつ合わせてみているふくろうじいさん。「これだと、ちょっと派手だなあ。やっぱりこっちか。でもなあ、これは地味な気がするし」とぶつぶつ言っている。そうして1時間がたったころ、やっと1階に降りてきたふくろうじいさんの姿を見た庭の花たちはほっとした。「ああ、今日だったのね」、「そうだ、昨日そわそわしていたよ」、「『明日はキツツキさんと出かけるんだ』って言いながら手が震えてじょうろから水がこぼれてたっけ」と言っている。

「いやあ、みんな待たせたね」と、お昼の鐘が鳴ると同時にふくろうじいさんがやっと庭に出てきた。花たちは「かわいいねえ」は、明日までおあずけだとあきらめ始めていたころだ。ふくろうじいさんは、やっぱりそわそわしていてじょうろに水をくむときも、うっかり水をあふれさせている。それに、レンガにつまづいて、おっとっと、とよろけて危なっかしい。それでも花たちを見つめる目はやさしく、「かわいいねえ」と何度も何度もつぶやきながら水やりをするふくろうじいさん。花たちはふと、ふくろうじいさんを応援したくなった。いつも熱心にお世話してくれる恩返しだ。何かできないかとみんなで相談して、ふくろうじいさんに「キツツキおばあちゃんに花束を持って行って」と伝えることにした。

花たちは、ふくろうじいさんの言葉を当たり前のように受け取る。けれど、ふくろうじいさんが花たちの言葉を聞くのは、とてもむずかしい。それでも何度もやっているうちに、今では3回に1回は伝わるくらいに、ふくろうじいさんも慣れてきていた。今日は「ん?何か言ったかな?」と最初の1回では聞き取れなかったけれど、2回目で「おお、そうか、花束をキツツキさんに!それはいい!」とうなずいてくれた。

ふくろうじいさんは、花や木の枝を切る用のはさみを持ってきて、花たちが痛くないようにそうっとパチン、パチンと切る。花を切るときはなんだかとても緊張するものだ、とふくろうじいさんは思う。何か、とても大切な儀式のように、「失礼するよ、痛くないからね、きれいに咲いたね」と声をかけながらはさみを操る。そうして、それぞれの花をちょこっとずつ、キレイなリボンをきゅっとしばって花束をこしらえた。

あっという間に出かける時間がきた。今日は何度見たかわからないなと思いつつ、ふくろうじいさんは最後の仕上げに、玄関の鏡の前に立つ。蝶ネクタイをピタリと真ん中に来るように直して、にぃーっと笑顔の練習。鍵をかけて庭に向かい、ふさふさ眉をふにゃりとさせた笑顔を花たちにむけて「みんな、行ってくるね」と声をかけた。ちょっときんちょうしたような、それでも、スキップになりそうな軽い足取りのふくろうじいさんの手には、毎日言っている通り「かわいい」花束がにぎられている。庭の花たちは、そんなふくろうじいさんの後姿を「楽しんでね」、「花束よろこんでもらえますように」と見送ったのでした。

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