ちいさなお客さま
「ほっほっほっほっほ…」
雨降りの日曜日、わたしは家で読みかけの本を読んでいた。誰かの声が聞こえたのは、1ページ、また1ページと読み進め、半分くらい読み進めたときだった。
なんだろう、今の声?窓の外?いや、ベランダだ。
そう思って、本にしおりを挟んで置き、ベランダに続く窓へと向かう。がらがらっと窓を開けてみたけれど、だれもいない。ベランダの下ものぞいてみたけれど、やっぱり誰もいない。気のせいか、と再び読書に戻ろうと窓を閉めようとしたその瞬間…
「ふう、あぶなかった。見つかるところだった」
「ほんと。まったく、君が静かにしないからだよ」
こんな会話が、すぐ足元から聞こえてきた。ばっと視線を向けると、窓わくの下、壁にぴったりくっつくようにして、何かが座り込んでいる。2つ…2人…といったらいいのかわからないけれど、とにかく2つの生き物は、わたしと目が合って、とっても慌てている。慌てすぎてお互いにおでこをぶつけたり、足を踏んづけたりしている。
「あのう…とりあえずぬれちゃうから、中にどうぞ?」と言ってみた。だって、今もなお、雨はしとしとと降り続けているのだ。一応お客さまかな、と思ったし、なんだか読書するよりわくわくしてきたのだ。
すると、その2人の生き物は、きょろきょろと辺りを見渡し、自分達に話しかけていることを理解し、また慌ててしまった。そして、何かひそひそと相談しあって、やっと、わたしと目を合わせてきた。
「じゃ、じゃあ、おじゃまします」と1人が言って、窓わくをよじ登りわたしの部屋へと入って来た。
わたしの部屋に入って来た彼らは、わたしの手のひらより少し大きいくらいの大きさだ。洋服を着ている。けれど、体は緑っぽくて、なんていうんだろう?妖精かな?でも、ちょっとカエルっぽくも見えるな。聞いてみてもいいかな…あ、そうだ。
「お茶、飲む?どんなものを食べて暮らしてるの?」
そうわたしがたずねると、2人は顔を見合わせ、こう言った。
「ほとんど、君たちと一緒さ」
「そう、一緒なんだ」
ほう、体は小さくちょっと緑だけれど、食事は一緒なんだ。よし、それならなんとかおもてなしできそうだ。2人にちょっと待っててもらうように言って、わたしは押し入れにしまってある、お人形遊びに使っていたものをいくつか取り出す。まず、彼らに椅子とテーブルを出してみた。思った通り、サイズぴったり。それから、部屋を出て台所へ行き紅茶を入れた。自分の分をマグカップに入れて、お人形用のカップ2つにはマグカップからスプーンですくって入れてみた。ちょっとこぼれたのは布巾で拭いて、トレイにのせて部屋にもどる。もちろん、おやつのクッキーも忘れずに。
「おまたせ」と言って部屋にもどると、彼らは以外とくつろいだ様子だった。小さなお人形用のカップを彼らの前に置き、1枚のクッキーを4分の1に割ってだした。
「あなたたち、なんていう生き物?妖精?それともカエル?」
「…どうする?」
「うーん、まあ、まあ、教えて大丈夫だろう。まだ子どもみたいだし」
「そうだな、うん」
「ぼくたちはね、カエルの精だ」
彼らによると、カエルの精は、梅雨に入って10日目の夕方、カエルが大合唱すると生まれるらしい。ちなみに、普通の妖精は、生まれたばかりの赤ちゃんが、はじめて笑ったときに生まれるそうだ。
「へえ、そうなんだ。ねえ、梅雨が終わっても、あなたたちは生きていられるの?」
「梅雨が終わったらぼくらは空の上にもどるよ」
「もどる?もどるってことは、空の上からきたの?」
「当たり前じゃないか、君たち人間もどんな生き物も空の上からきたんだ。忘れたのか?」
「いや、人間は忘れてるやつが多いって聞くよ」
「そうだったのか、まあとりあえず寿命がきたら空にもどる。それだけのことだ」
そうか、パパやママや、おばあちゃまは、星になるとか、仏様になるとか、違う言葉でいってたけれど、空に戻るってことなんだ。カエルの精って、案外、頭がいいんだなあ。思い切ってお部屋に入れてみてよかった。
「おっと、そろそろ帰らないと、仲間が心配する」
「そうだな、帰ろう」
そう言ってカエルの精たちは紅茶を飲み干し、クッキーを背負っていた小さなリュックに入れた。
「あ、ちょっと待ってて」と言って、わたしは紅茶のパックを一つとクッキーを一つ、台所から持ってきて彼らに渡した。それからベランダの窓を開けてあげると、彼らの背中にはいつの間にかきらきらと透き通る羽が出ていて、ふわりと飛び上がる。
「それじゃ」
「お土産ありがとう。仲間とありがたくいただくよ」
「また来てね」
そうしてお別れして、わたしは彼らが見えなくなるまで見送った。
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