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芦屋市民も、10個98円の卵に走る。

先着100パック、卵10個入り税抜き98円。

昨晩、もうそろそろ買い物に行かないとと思ってベッドに寝転がりながらスマホでチラシを見た。卵は、一番に目に入ったお得情報である。先着100パックか。そして、スーパーの開店は午前10時。明日は朝から戦争になる、と決意して眠った。

私は兵庫県芦屋市に住んでいる。世間では芦屋は”高級住宅街”というイメージが強いらしく、友人に芦屋に引っ越すことになったと言ったときには相当驚かれた。「え、なに。玉の輿?」と皆が口を揃えて言ってくるので返答は毎回コピー&ペーストの繰り返しで済んだ。同棲する彼の仕事上、”大阪に近い兵庫県内”、なおかつ”治安のいいところ”という条件で地域を絞ったらたまたま芦屋になっただけなので、別に玉の輿に乗ったとかそういうのじゃない。実際8ヵ月住んでみて、めちゃめちゃでかい家(城みたいなのがごろごろしてる)ばっかりだし外車しか走ってないし(ましてや軽自動車なんて十数台しか見ていないレベル)でまさに高級住宅街!って感じで皆のイメージ通りではあるけれど、手頃な賃貸マンションも多々あって(私もそこに住んでいる)、意外と庶民的な暮らしも繰り広げられていたりするのも事実である。以前、いつものようにスーパーで精肉コーナーを覘いていたら、タイムセールが始まります!との店内放送があった。途端、あれよあれよという間に私の周り一帯が人、人、人でごった返し、身動きが取れなくなった。どうやら2人前にいた店員さんがタイムセール商品の売り子だったらしい。どうりで前のおばちゃん全然進んでくれないと思ったよ。スタンバってたのね。結局、この人混みから抜け出すのにまあまあの時間がかかった。私は出たいのに外から入りたがる人たちが私をぐいぐいと内側に押し込んでくる。本当に大変だった。芦屋人の本気を見たのはこのときだ。

だから、今回も決意が必要だったのである。10個98円の卵、先着100パック。これを手に入れるには開店と同時に店に滑り込まなければいけない。きっと芦屋の世間的なイメージとは違って、沢山の人が開店前から列をなしているだろう。今回は自分もあの戦場に確固たる意思を持って向かわないといけない。そして、無事卵を勝ち取るのだ。

とか語気強めに言っていたのに、家を出るのが遅れてしまい、激チャ(愛媛の人にしか伝わらないと聞いたのだけど本当?)して開店2分後にスーパーに到着した。車もわんさか入っているし自転車もすごい。これがまだ開店して2分のスーパーなのか疑ってしまうくらいである。ガラスの自動ドアの向こうに消える人々が、ただ真っ直ぐ前を見据え、ノールックでカートと買い物かごを取り、ある方向へ足早に向かっているのが見える。標的が決まっているのだ。それはきっと私も狙っているあれに違いない。急いで向かう。カートを取るのに少しもたついてしまって焦った。これノールックで取るのか、私のライバル、手強い人たちばかりのようだ。店内に入り、卵コーナーへ向かう。明らかにあそこだけ人が凄い。黒くうごめいている(皆黒っぽい服を着ていた)。早く行かないと、この調子じゃ任務を完遂できるか微妙なラインになってきた。意を決して人混みに足を踏み入れる。ようやく卵の姿が目に入った。よかった、まだある程度残っているみたいだ。焦らず、皆の流れに沿って歩を進め、無事に卵を手に入れた。



確かに芦屋は高級住宅街なんだろうけど、一歩裏道を入ってみると昔懐かしいこじんまりとした家だって沢山あったりするし、普通に団地だってある。まじでヤバいお金持ちが住んでいる地区はあるけれど、それ以外は大きな家と、なんだか見ていて落ち着くようなサイズの家が混在していることが多い。そうなるとこの10個98円の卵は、庶民的暮らしをしている芦屋市民が買っているものだとも思うだろう。でも意外とそうとは言い切れなかったりするんだよなあ。流石にまじでヤバいお金持ちは買いに来てはないだろうけどね。なんでまあまあのお金持ちなのにたかだか数十円安い卵を開店とほぼ同時に来てまで買いたがるのか、それはお金持ちになってみないと分からないから考える気もしないけど、ひょっとしたらそういう数十円の節約から億万長者(言い過ぎ)への道は始まるのかもしれない。

お金の話だけじゃなくて、人生も一緒なんだろうな。毎日の小さな何かを積み上げていくことによって、いつの間にか大きな何かに手が届くような自分になっているのかもしれない。そんなことわざはごまんとあるけれど、まさか”10個98円の卵”が生き方に一番響くフレーズになるとは思いもしなかった。ならとりあえずわたしは、こうやって自分の文章をちまちまと書き続けていこう、そうしよう。


他に芦屋について書いたnoteはこちら


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