料理が好きでよかった
1日に1度は必ず、彼にめちゃくちゃ褒められる時間がある。晩御飯の時間だ。
彼が仕事から帰ってくるタイミングを見計らって料理をするのが私の唯一の毎日の仕事じゃないかと思う。毎日基本的に、米以外におかずを三品は作る。肉か魚のメインが1品、あとは野菜料理が2品。ちなみに今日のメインは麻婆茄子である。あとの2品は、まだ決まってない。何を作っても必ず毎回「ほんとに旨い。カホは天才だ」と口をもぐもぐさせながら褒めてくれるから、同棲してもうすぐで1年、ほとんど毎日それを言われ続けている私もそろそろ調子に乗ってしまいそうになっている。彼が褒め上手なだけだ。時々自分にそう言い聞かせる。そうでもしないとどこかで腕自慢の料理人募集の求人があったら応募してみようかしらとうっかり思ってしまいそうなくらいの褒めようなのだ。毎日”天才”って言われてもみてよ。本当に危ない。
昔から、ありがとうを言うのは得意なのにごめんなさいを言うのが苦手だ。あまり怒られる経験をしてこなかったからだろうか。いや、そんな言い訳は要らないか。私の性格がねじ曲がっているせいだ。だから、彼と年に1度するかしないかの喧嘩をしてしまったときですら謝れない。ごめんね、の4文字がどうしても音として出てこない。
随分前だったか、寝る前に本当にしょうもないことで喧嘩して私が勝手にソファーでふて寝して仲直りできないまま朝が来て彼が仕事に行ってしまった日、代わりに謝ってくれたのは私が作った料理だった。
作ったのはチキン南蛮とかぼちゃのスープ、それと豆苗とベーコンのサラダ。最初は喧嘩してるからこそ当てつけにいつもよりおいしいものを作ってやろうとメラメラ燃えながら鶏肉を揚げていた。チキン南蛮は個人的に意外と面倒くさい料理だと思っているから(揚げて更に甘酢とタルタルソースを作らないといけないのだから面倒だ)、喧嘩してる日に手間暇かけて作った料理で謝らせてやろうと気合ばっちりだった。かぼちゃのスープも然りである。コトコト煮て、ミキサーにかけて、丁寧に裏ごしして、なんなら趣向を変えてシナモンパウダーも振ってやった。豆苗だって彼が大好きだから選んだし(あとカイワレも大好きだ。安い男なのである)、もっと食べやすく独特の臭みを抑えるためにベーコンと炒めたりなんかした。本当に背中に火がついているんじゃないかと言うくらい燃えに燃えて料理をしていたら、彼が帰ってきた。いつものようにただいま、とこっちまで来るから振り向かないままボソッとおかえりと答えた。私は忙しいんですと言わんばかりに包丁の刻みを早めていると、私の背中目掛けて「昨日はごめんね」なんて言葉があっさり出てきて、思わず手を止めてしまった。その瞬間、メラメラ燃えていた炎がすうっと消えた。それでもあの4文字がどうしても声に出せない私が言った言葉は「私も悪かったし気にしないで」。可愛くない女である。自分で書きながら腹が立ってきた。まあいい。そうして、今まで当てつけのように作っていた料理を再開しようともう一度包丁を握ったら、渦巻く感情が変わっていた。言えなかった”ごめんね”を言葉以外で伝えようと必死になっていた。いつもとランチョンマットも変えてみたり、普段とは違うお皿を引っ張り出して着たり、盛り付けに慎重になってみたり、どうにか伝われと思って一生懸命だった。
食卓で向かい合い、いただきます、と彼がチキン南蛮を口に入れる。私も自分の分を取るふりをしながら彼の表情を伺う。直後、いつものように眉間に皺を寄せて(彼の美味しいの顔である)白米を大きく一口して、彼は言った。「うまっ」。出た。出ましたいつもの一言。「カホ、天才」。さらにコンボが続いた。笑いながら、ありがとうだけ言って、かぼちゃスープを飲んだ。ありがとうは簡単に言えるのに、本当になんだってごめんねは言えないんだろう。
食事を終えて、ソファーでゆっくりしながら彼に「料理にごめんねの気持ち入れてみたんですけど」と言ってみた。彼は余裕そうな顔で笑ったから、伝わっていると判断することにした。
ごめんねがどうしても言えない情けない私だけれど、料理が好きでよかったと心から思う。料理は私に別の方法で謝るチャンスをくれる。きっと、ごめんね以外の気持ちだって伝わるに違いない。今日は何の気持ちを込めて貴方に料理を作ろうか。
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