備忘録「2021」
「振り返ることは目的ではない」し
「振り返ること自体は大事」だと思うから…
3年ぶりに帰ってきた実家では「年末年始くらいは家族に捧げなければ」という使命感ながら、今日明日は何も予定を入れずに過ごしています。
理想は親のために「〜したい!(wantであることが重要)」と思えることが望ましい息子の在り方なのかもしれませんが、自分が親になって子どもが会いにきてくれたら嬉しいだろうなぁと親の立場になってみて…頭で考えすぎですね。
コロナで全然帰れませんでしたが、大きな変化はあまり感じていません。思ったよりも宮崎は元気です。
予定を空けていましたが、父もお仕事だし弟は遊んでるし妹も仕事だし家族は夜まで揃わないということなのでこうして振り返りのnoteを書いているわけです。
いつもざっくばらんに振り返りをしている気がしますので、今回は「学業」「仕事」と言った端的なテーマに分けて振り返りをしたいと思います。
長くなりそうな予感がしていますので、一旦姿勢を整えてご覧ください。
休学という選択肢
2021年に入った時には卒論は提出を終えていました。残りはわずかな科目の履修と卒論発表会に向けての準備。
でも外の活動に力を注いでいたので、卒論発表会も準備がゴッテゴテで(そもそも卒論がとても人に見せられるものじゃなかった…)とりあえず発表しました感のある2月の発表会を終えて大学を卒業しました。
4月からは大学院に進学し、前期はグループワークの多い大学院の授業を取っていました。外部から2名の同期が入ってきて、新鮮な刺激がある中、ゼミも苦しみつつ毎週楽しい時間を過ごしていました。僕の中であるあるな「面倒だけどやりがいがあって楽しい」という感覚です。
後に詳しくはお話ししますが、夏からゼミを離れて10月からは休学をすることになりました。実質7月からゼミをお休みしているので、半年間は大学院の授業や学びから離れている状況です。
大学院で大学の時に学んだ教授の授業を履修することもあったのですが、興味をそそられない分野の授業やただ資料を読み上げるだけの授業には積極的には参加できず「こんなんでいいのかなぁ」と思いながらも単位を取得したものもありました。
「与えられる学びは身に沁みて入ってこない」
というのはどんな年になっても変わりないなぁと思います。それと同時に
「与えられた情報を自分の興味に落とし込んでつなげる力」
というのがまだまだ自分には足りないのだろうということも感じました。ただ、休学する手前、「自分が学びたいこと」以上に学ぶことに対するモチベーションがかなり下がっていたことは否めません。
研究を軸に生活をすることが難しく、全てが中途半端になることを避けるため、休学という決断をしました。
もあふるオンライン教育実習の立ち上げ
今年を一番占める活動といえば、これでしょう。2021年に入る前から企画を練っていたもの、それが「オンライン教育実習」です。
はじめは、セクシュアリティを軸にしていこう!というものではなく、昨年度コロナの影響で教育実習ができなかったり短縮されたりしたことを踏まえて、オンラインでの可能性を追求してこうと立ち上がったものでした。
ただ、2021年初期は行き詰っていました。ミーティングは不定期になり、でもどこからどうやって進めたらいいのかイメージがつかずどうなるのかなぁという不安は募っていました。
そんな時「性教育を教員を目指す学生に学ぶ機会を届けたい」という思いを共同代表のあぽーとゆうあちゃんがお話ししていて、この「オンライン教育実習」と組み合わせることになり、プロジェクトが急加速することになりました。
それが大学院に入学した4月のことでした。
当時昨年度から繋がりのあった学生中心のメンバーで集まり、クラウドファンディングを実施するために準備を進めていきました。
3ヶ月間で準備を進めて、7月からクラファンを開始。8月下旬に終了して、無事目標の150万円を超えて、170万円の資金を集めることができました。
あの期間はかなり苦しかったです。支援をしていただくことは「期待を集める」ということです。ただの学生団体ではなく、事業を回していく責任ある立場になるということです。
自信を持って「自分には事業を着実に回していく力がある」ということができない状況で支援のお願いをするというのは畏れ多いことでした。それはある種の苦しさとなっていました。
でも…それでもたくさんの方が応援のメッセージをくださって、実際にリターンを購入して支援してくださって、本当にありがたい限りだなぁと思いました。
改めまして、応援してくださってありがとうございました。
9月から第1期がスタート。何もかも初めてで、準備をしきれいていなかった抜けがどんどん見つかってその都度対応をしていく臨機応変の3ヶ月間でした。
第1期は無事終了して、12月からは第2期がスタートして先生を目指している学生3名が学びを吸収していく姿を見ています。
僕も同じように子どもたちに関わる一人として毎回の講義を視聴しています。それをどこまで現場でできているのかと言われたらほんの少しですが、そのほんの少しを積み上げることが大切だと思います。
「“自分のために”の先にある“人のために”」
僕自身がセクシュアリティを学び、より豊かなコミュニケーションを築いて人と関わることができるようになりたいという思いを持っています。
そのプラットフォームづくりをしながら、同じような思いを持った人たちが学べる環境を提供できている状態なのだと思います。
良いとも悪いとも思っていませんが、僕はただ人のために動ける人間だとは思っていません。僕にとっての価値やメリットが何かしら見出せるものでなければ、やる気を失くしてしまいます。
ただ、最近ではあまりにも自分中心の価値観が染み付いていることに危機感を覚えて、見直して改善していることもあります。
端的にいえば、「報連相」です。コミュニケーションは多ければ多いほど良いといものではないと思いますが、僕はコミュニケーションを省きがちです。
これでいいだろうとか自分の中で完結してしまって、相手の立場に立って相手が心地よいと思えるコミュニケーションをまだまだできていません。
それによって迷惑をかけることが何度もありました。何度もミスを繰り返してそれを指摘されてようやく改善しようと意識してやりとりをするようになりました。それは比較的最近のことです。11月半ばくらいからでしょうか。
自分の行き届かない配慮を正当化せずに来年度も継続的にコミュニケーションは意識して改善していきたいです。
もあふるオンライン教育実習は着実に進んでいます。運営メンバーのみんな、いつもありがとう!
子どもたちとの多面的な関わり方
僕は「子どもと関わっている時間が好きだ」と何度かお話ししたと思います。大学時代には塾講師や家庭教師や学童の指導員、学習サポーターを経験して、大学院に入ってから新しく子どもたちと関わる機会が増えました。
夏くらいから始めたのが体育教室のリーダー。放課後の体育館を使って行う1ターム2ヶ月間のプログラムで子どもたちはそれぞれ金メダル目標を決めて2ヶ月間で達成して発表できるように練習します。
そのサポートを子ども:大人=4:1くらいの割合でしています。ここでは「子どもたちがスポーツや運動を楽しいと思ってもらえるように」というのをベースに指導がある程度任されているのでとても楽しいです。
他の地域でもこういった学習塾のスポーツ版のようなものができるといいなと思います。
そして、11月から始めたのが非常勤講師です。小学校で算数と国語の授業をしています。
正直子どもたちと関わる機会の中でも学校で関わるというのはしばらくないかなと思っていました。
でも休学して時間的に少し余裕ができたことと、経済面でこのままでは苦しい生活が続いてしまうということを考えて、思い切って非常勤講師の書類を出しました。
奇跡的なタイミングで近くの小学校で募集をしていたこともあり、トントン拍子で話が進んで働くことになりました。
まだまだ子どもたちとの関わり方や授業づくりにおいてはまだまだ力量が足りず、「これでいいのか?」と疑問に思いながら少しずつ変化を加えています。
子どもたちからは本当に色々と学ぶことがあります。わがままであることと主体的であることは紙一重だなぁと思いますし、与えることが全て悪でも善でもなければ、何もしないことが良いわけでもない。
全てがグレーゾーンで動いているので、ある一定の基準を作る。その基準が彼らにとってどう影響して将来に繋がっていくのかは予測しきれませんし、正解を与えることもできない。そもそも正解はない。
自分にとっての都合の良い子どもたちに育てたくはないですし、彼らにとっての都合の良い先生になるというのも違うなぁと思います。
しかもそれをコントロールするというのは果たしてどういうことなのか?正直、よく分かりません。
だからこそ、今の彼らの言葉に向き合って僕自身の価値観で僕自身の言葉で対話をしようとしています。難しいです。が、楽しいと思えています。
学校の先生方との関わりも楽しいです。気兼ねなく本音で話せますし、自分の中にあった教育現場の職員室の堅いイメージよりも柔らかいのが現実でした。(もちろん職場によると思いますが)
最近はお昼休みに校庭で一緒に縄跳びをするのが楽しいです。年明けからもまた子どもたちと毎日を楽しく過ごせるように環境をつくれたらなぁと思います。
来年度どうするかはまだ確定していませんが、学校現場で子どもたちと関わる選択肢は優先順位が高いと考えています。検討中です。
いろんなところでいろんな人と
コロナが流行していた時期ではありますが、それでも外に赴くことはやめませんでした。(幸いなことに自分の直接の関わりで感染者はいませんでした…)
九州から北海道までいろんなところに行っていろんな人と直接会ってきました。
鹿児島では山奥にある廃校でみんなの思いを語り合いました。
熊本では日本とは思えない景色に出会いました。あのひらけた360°の景色は今でも目に焼き付いています。
京都ではオオカミのパーカーをお揃いで買ったり、いろんな観光スポットで撮影をしたり、何度でも会いたいなぁと思う人たちにも出会いました。
富山では解散したmulti-Regionのメンバーや富山の活動的な学生たちと海で宗教チックな遊びをしました。(関係者に伝われ笑)
埼玉では僕の誕生日を祝いに遠くから来てくれた人もいました。本当に嬉しかった。
大阪では関西大学のキャンパスでboard gameの可能性を学んだり京都で出会って「たけちゃんとは一緒に何かすると思う」と言ってくれたもときのお家にお邪魔したり天王寺でフットサルをしたりしました。
北海道では旭山動物園で半袖短パンをかまして夕方から寒すぎてシャツの中に手を入れながら歩いたり(周りにそんな人いなかったしレッサーパンダは可愛すぎな)チーズ工房に行ったりバイキングでとてつもなく食べるフードファイターにびっくりしたり。
宮城では突然大学の同期を呼び出したら来てくれたりmanacoで頑張ってるしゅういちろうくんに会ったり時間つぶしにお城に行ってみたりしました。
福島ではno name familyのもちゃおに硫黄たっぷりの温泉に連れて行ってもらい桃をただで食べたり家庭菜園のお野菜をおすそ分けしてもらったりしました。
名古屋ではno name familyのメンバーでくだらないけど真面目な話をしたりなんかすごいコワーキングスペースに行ってみたり名古屋駅付近のなんとか広場の階段で語り合ったり古民家に泊まったりしました。(少しずつ適当な紹介になってるのがバレる)
下田や伊豆ではとにかく綺麗な景色のオンパレード。あの丘にたつ高校が羨ましいなぁと思ったのでした。窓から壮大な海が見える。素敵じゃないですか?車中泊の経験を積んでまた一つ「なんとかなるじゃん」を積み上げました。
新潟では将来子どもができたら買いたいなぁと思える木の手作りおもちゃのお店に行ったり初めてフルーツサンドを食べたりしました。
群馬ではつくばの友人に連れられて素人が作った木の家(本当にすごい)に行って居場所づくりの可能性にワクワクしたり湖でSUPを体験したりしました。
山梨県都留市ではゲストハウスゆかりに出会い、そしてロゲイニングという素敵なイベントに参加しました。
長野では「みんなの家タブノキ」という素敵な場所に出会い年内で3回も訪れました。僕の一つのお家です。
僕はここが大好き。とても、とても。あったかいんです。
赤ちゃんからお年寄りまでが集まって何気ない生活を送る。ただそれだけです。「めっちゃ幸せ」って思う必要はないです。ただ、「幸せだなぁ」ってなんとなく思えるだけでもいいんです。
スタッフとして、経営者として関わっているわけではないので、僕が享受している幸せというのはまた違う視点だと思います。
子どもたちが大好きなので子どもたちと一緒に遊ぶことがやっぱり一番好きなんだと思います。
生まれ故郷の鎌倉では高校生たちにまちを案内してもらったり高校生たち主催の古民家でのイベントに参加したり。
他にも茨城や都内付近でもたくさんの人と出会いました。走馬灯のようにいろんな思い出が駆け巡っています。
全員の名前を挙げるとキリがありませんので、まとめて御礼申し上げます。
皆さんとの出会いは未来へとつながります。どこか点と点がつながるかもしれないその日を楽しみにしています。
出会ってくれてありがとうございます。
APO connects
もあふるオンライン教育実習のクラファンが激動だったこともあり、あまり大きく取り上げていませんでしたが、3月から4月にかけてもクラファンをしていました。
それが「誰もが皆、誰かの理解者・支援者になれる社会」を目指すAPO connectsです。APO connectsは“循環的相互扶助”というキーワードを掲げています。
という思いで活動しています。
誰かを理解しよう、支援しようと思った時にどんな段階が必要なのか。
それが「知る」「学ぶ」「繋がる」だと思います。順番はぐるぐるしていると思いますが。
そのためにAPO connectsは8月に20回のイベントを開催して、いろんな立場で活動している方の思いや経験を語っていただきました。(まとめレポートは以下のリンクからご覧いただけます)
そして間が空きましたが、12月にも“衣食住”をテーマに多様性について考える機会を設けました。
多様性という言葉が飛び交う近年ですが、「多様性を認める」ということへの違和感は最近参加したイベントでも述べたところです。
「“認める”はただそこにあると知覚すること」
「そもそも多様性はそこにあることから始まる」
「全てを受け入れよう」というのは酷なことだと思います。そもそも自分が認識していないものを受け入れることはできませんし、認識して対話を重ねても理解をしきれるというのは難しい。
ただ、余白ある限り、自分が知らない未知(無知)の世界に足を踏み込んでみることは一生をかけてしていくほうが良いことなのだろうと思っています。
率直にいうと、まだ足踏み状態な感覚で活動しています。
でもこの価値はここに留めておいていいものでもないという感覚もあります。まだまだこれから。
Teacher Aide
昨年度に入った教員を助ける学生団体Teacher Aide。年の後半は特に僕からアクションを起こすことはできませんでしたが、メンバーの一人として勝手に企画して勝手に僕が学んでいった1年でした。
どのテーマも僕自身の関心の中心にあるもので、全部がTwitterから出会った人との繋がりで成り立っているということを考えると感慨深いです。
代表のじんぺーさんと出会ってから「学生でこんなに素敵な活動をして、周りの人から応援されている人がいるのか!」と衝撃を受けてから自分なりにできることを形にしている毎日ですが…彼には一生敵う気がしません。笑
これからも自分のペースですが、教育に関するテーマをあげて自分自身が学ぶ機会を作っていきたいなと思います。
彼と一緒に新聞に載ることができたのは良い思い出です。(京都や名古屋や千葉で何度か会えたのも嬉しかったです。何よりライブは楽しかったです。一生の思い出です。)
イベント主催・登壇
*自分用のメモなので飛ばしていただいて構いません。
どれだけの人と関わったのだろう…一つ一つを振り返る時間は取れませんが、タイトルをみて一瞬一瞬切り取られた思い出が蘇ってきます。
数を追ってきたわけではありませんが、積み重ねていった結果を見返してみると、こんな数になるんだなぁと。
何が得られたのか。まとめられるものでもありませんが、言語化をしてお来ます。
理想の自分像
今年は(も?)自分の理想のあり方について考える機会がたくさんありました。行動変容につながる学びを周りの人がもたらしてくれました。
それは自分が以前よりも少し柔軟に誰かからの教えを受け入れてそれを自分に取り込もうとした結果でもあると思います。
僕は一人の同じ人と何度も何時間も時間を共有して対話をするということが苦手なのだと気付いた初期、そんな自分を正当化することしかできませんでした。
どこか薄っぺらい僕の言葉に対して周りのささやきは届きながらも「自分は自分だから」とそれでも大きな声を出し続けてきたような気がします。
それはもう中学生の時から。いや、小学生からかもしれない。
そうして際限なく関わりが広がっていったことはマイナスではありません。確実にプラスです。
ただ、恋愛やお仕事でもなんでもそうですが、実際に関わる人たちとのコミュニケーションは省いてなんぼの世界ではありません。効率化には限界があります。
そこで対話を怠ってしまうと何事もうまくいきません。
僕は基本的に自分一人が好きな人間なんだと気付きました。そしていつもだいたい一人で動いているし、集団で動く時間はオンで一人でいる時間がオフなのだという感覚もようやく掴めました。
一人の時はとても静かで、歌うことはありますが、基本的に真顔です。まぁ、一人でずっとニヤニヤしている方が珍しいですね。笑
一人が好きな理由には色々要因があると思いますが、人のことを全く気にせずに自分のペースで物事を進められるのが楽だなぁと思います。
だからこそ、人との距離感は意外と大事にしている。誰とでも仲良くなれるような雰囲気を出しながらも、ちゃんと線引きをしている。
ただ、その軸において、多くの場面で自分のことしか見えていないということが分かりました。(かなり辛辣)
もちろん全てを「相手のため」ベースで考えて行動することは自分を苦しめることにもなりかねないのでバランスが大事です。
今の自分を軸にした言動が周りの人にどう影響するのか、その人との関係性を考えながらも慎重になりすぎずに「メッセージを送る際には一旦相手の立場に立って考えられる」そんな人でありたいなと思います。
また、今年の僕は「毎日楽しんでそうな人」と言われることが多かった気がします。それは良かったなぁと。
というのもそこで「アツい人」だとか「夢がある人」という言語化で表現されるのはあまり好きではないからです。(高校時代は“西高の修造”と言われていたのに笑)
未来に向かっている側面もありながら、成長や夢というよりは「今を楽しく生きている」ことに焦点を当てて生きているからです。
「足るを知る」
この言葉はやっぱり今年も響きました。ただ、振り返ってみると今年は「自分はそのままでいい」という次元からちょっと抜け出して分かりやすい言葉でいうと成長することができたんじゃないかなと思っています。
毎日を楽しみつつ、より良い日々の関係のために自分を見つめ直していったことが成長でした。
成長や夢という言葉はあまり僕は使いません。それは成長や夢を叶えることを目指して生きていることを強調したくないという思いからだと思います。
でも結果として過程を振り返って適切に評価をする際には「成長した」「夢が叶った」という表現を使うことはできるのかなぁと。
今やりたいこと、将来やりたいこと、その道筋をイメージし計画的に行動することが望ましいとよく言われます。
僕は計画的に物事を進めてきませんでした。目標を立ててもあまりその通りにできた試しは大きなものではあまりないですし、妥協して立ち止まったりすぐ次の何かに向かい始めるような人生でした。
それは多元的な軸で自分の人生を肯定的に捉えるには便利な生き方だと思うのですが、実績や結果を求めるには浅はかな考えだと言われてもおかしくありません。(実際に大学の教授にも「もったいない」と言われあぽーさんにも「計画を立てて答え合わせを楽しみなさい」と言われています)
また、次の恋愛にも書きますが、経済的にも将来の家族について考えてみてもある程度の道筋をイメージしておくことは大事なのではないかなと思い始めました。
模索しながらではありますが、現段階の未来構想を更新し続けるように考える癖をつけて生きたいと思います。
恋愛
ふおおお。恋愛についてもたくさん失敗してたくさんの学びがありました。
「恋愛は自分攻略」
まずは、やっぱりあんまり恋愛向いてないなぁと思います。笑
経験を通して自分を知って攻略していっているところです。
僕の中でこれまで思い込んできたことが間違いであったなぁと思うことや、やはり譲れない部分があるのだということを学びました。
そしてなるべく早く「自分よりも優先したい」と思えるような人に出会いそして結婚するかどうかはさておき、生活の拠点を一緒にできたらいいなぁと思います。
23歳になり社会人の年になったからでしょうか。
周りで結婚した人がたくさんいました。先輩方のみならず同級生も。
それに焦りを感じているわけではありませんが、憧れを感じたことは否めません。
ただゴールは結婚ではないと思います。パートナーのあり方や家族のあり方もまだ未来のパートナーと話し合って考えていくことは大前提です。
僕が「一緒に生活したい」「結婚をしたい」と思うのには一つ理由があります。
僕は今、すべてを手放せる状態にあると思います。もちろん手放すわけではありませんが、活動やお仕事はすべて自分が手放してもなんとかなるものがほとんどです。(手放すとは言ってません)
まだまだ模索の段階でもいいかなと思いますが、何か生活の“軸”に来るものが欲しいなと思っています。それがパートナーとの生活や結婚なんじゃないかなと思っています。
「結婚は覚悟だ」とも言います。僕はその覚悟を持てるでしょうか。分かりません。
ただそうして目の前の人や家族にギブし続けている周りの人に対する憧れはなくなることはないと思います。
憧れで終わるのか、憧れが現実になるのか。
今後の動向も見守っててください。笑
余白
1万字を超えたこの備忘録も終わりを迎えようとしています。僕は今年を一言で示せと言われたら「余白」と答えます。
何かに追われることは少なく、ここ数年で一番ゆとりのある生活をすることができました。
予定に空白を空けることを苦とせず、7時間の睡眠を心がけ、食べ過ぎず食べなさすぎず、予定をすっぽかすこともかなり減りました。
遅刻や寝坊もほとんどなくなり、やっとまともな人になってきたのかもしれないと勘違いをしそうになっています。(遅刻や寝坊はしないのが当たり前の次元までいってる自信はないです)
後半戦は小学校への出勤もあり7時半にはパッと目が覚める生活をしていました。
もちろん何を持って健康的とするのかはその人次第ですし、これをしたからといって長生きできる保障もありませんが、一度も体調不良で休むことなく過ごすことができたのは自己管理力が多少は向上した証拠とさせてください。
2021年も時間的な余白は大事にしながら、今度は経済的な余白を生み出していくことと、物事を絞って取り組むことを心がけたいと思います。
こんなに長ったらしくてまとまりのない備忘録を最後まで読んでくださってありがとうございました。
以下の部分はささやかながらのメッセージです。購入してくださった分のお金は今後の自分の経験のために大事に使わせていただきます。
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