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『黒衣の聖母』山田風太郎
ここ数年、山田風太郎作品の復刻(新装版?)がたいへん多くてとてもうれしい。
『黒衣の聖母』は気になってはいたけれど、なかなか読むにいたらなかった作品。タイトルからしてとても乱歩。彼を見出した江戸川乱歩の短編「黒衣聖母」をほぼそのままにとりあげている点からも期待はふくらみます。ソウイウカンジのお話かなと思いますでしょ?
10篇のお話からなる『黒衣の聖母』 すべて第二次世界大戦にまつわるものでした。戦艦陸奥・ゾルゲ・アナタハン……そして市井のひとびと。乱歩の「黒衣聖母」を思い描いているとだいぶんと違います。だからといってガッカリ要素は皆無。なんといっても「俺達の山風」ですもの。
ただ、推理篇? 推理? ところどころその副題はどうかなという点はございました。
少しずつ狂っていく人。少しずつ運命がずれてゆく人々。破滅へと歩む人。
戦争がきっかけの別れと出会い。再会。
戦中にはしばしばあったという人肉食も描かれています。乱歩では「闇に蠢く」で執拗に描かれていた気がしますが(これをきっかけに随分ながいこと乱歩から離れてしまいました)、山田風太郎はまったく違う描き方をしています。
どちらともお読みになると気づかれると思いますが、山風の場合は臭いがないのです。乱歩では不快になるほどのいやな臭いがたちこめますが(「闇に蠢く」に限らず、さまざまな場面で臭い・匂いが鼻を衝くでしょ)山風はさらっとしているんですね。
ああ、彼は医大出身だからご遺体に対する印象がぜんぜん違うんだろうなと思いあたりまして。感性が違う。こういう表現はどうかと思いますが、肉屋さんが肉をさばくような冷静さがあるように感じます。戦中日記で東京大空襲のことが書かれていますが、あの日のことも彼は淡々と日常として記録しています。友人をの姿を灰燼の中に探し回ったことすら。
表題作品「黒衣の聖母」は最後に。
まるで夢のような純愛、間に合え、間に合え。読者は皆、叫ぶだろう。
間に合え、と。
山田風太郎はやっぱりおもしろい。
今もってつぎつぎと若いファンを掴みつづけているだけあるな、と読むたびに思います。
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