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鹿児島県警 前生安部長作成の告発文書「鹿児島県警の闇」

警察の内部情報を漏らしたとして、国家公務員法守秘義務違反の疑いで、鹿児島県警の前の生活安全部長(以下、前生安部長とする)が、2024年5月31日に逮捕された。

6月5日、前生安部長は、鹿児島簡裁で行われた勾留理由開示請求の場において「本部長が事件を隠ぺいしようとしたことが許せなかった」と漏えいの動機を主張した。
前生安部長は6月21日に起訴され、6月28日、代理人弁護士が「(前生安部長の行為は)公益通報、またはそれに準ずる」行為として、公判で無罪を主張する方針を示した。
告発文書をきっかけに県議会で行われた調査により、未公表の不祥事などが公になった一方、鹿児島県警は、前生安部長の行為は「公益通報にあたらない」とし、「ストーカー取締部署の部長でありながらストーカー被害者の個人情報を漏らした」「悪質な情報漏えい」と厳しく批判している。

逮捕までの経緯については「鹿児島県警内部告発事件」(Wikipedia)
⇒6月5日鹿児島簡裁勾留理由開示手続きでの隠ぺい告発
⇒起訴後については「国家公務員法守秘義務違反事件」



告発文書をめぐる問題の焦点

  • 内部告発がどの程度「公益通報」として認められるか

  • 警察の捜査の透明性と正当性

  • 警察の公益通報(内部公益通報制度ならびに外部公益通報窓口となりうるマスコミと警察の関係性もふくむ)

国家公務員法守秘義務違反で起訴され、公益通報を主張するとみられる鹿児島県警の前生安部長の初公判は、2025年以降となる見通し。

告発文書「鹿児島県警の闇」

1枚目に太字のゴシック体で「闇をあばいてください」と書かれており、2枚目は「鹿児島県警の闇」と題され、4件の不祥事などが列挙されていた。

  1. 霧島署員による巡回連絡簿を悪用したストーカー事案

  2. 枕崎署員による盗撮事案

  3. 警視による超過勤務手当の詐取事案

  4. 署員のストーカー事案が2件起きた霧島署長の警視正昇格と、ストーカー取締部署の生活安全部長着任

1.の事件の捜査資料(県警作成の内部資料)および、捜査資料の破棄をうながす「刑事企画課だより」とその修正版が同封された、計10枚。
「刑事企画課だより」と抗議

起訴状などによると、被告は退職後の3月28日ごろ鹿児島市内で、2月14日付で自身の名義で作成された、警察官によるストーカー容疑事件の捜査経過や被害者の氏名などの個人情報が記された文書を基に、作成日と名義などの記載を除いた書面の写しを第三者に郵送し、4月3日ごろ受け取らせ、職務上知り得た秘密を漏らしたとされる。

https://373news.com/_news/storyid/196794/

告発文書の内容に関する報道

鹿児島県議会での告発文書に関する調査

告発文書に記載された項目については、7/19、8/6の鹿児島県議会総務警察委員会で調査がなされてきた。

▶鹿児島県議会:2024年7月19日総務警察委員会
▶鹿児島県議会:2024年8月6日総務警察委員会

1.霧島署員による巡回連絡簿を悪用したストーカー事案→7/19処分公表

県警は、7月19日の県議会総務警察委員会で、行為者の巡査部長を本部長訓戒処分としていたことを公表した。

2023年4月、当時霧島署管内の駐在所に勤務していた30代の巡査部長は、巡回連絡簿に載っている携帯電話番号を悪用して、2022年に知りあった一般市民に連絡をとり、ひわいなメッセージを送るなどした。2023年12月、被害者が知人の警察官に相談したことで、事案が発覚。
県警は、事件の発生を公表しなかった理由を「被害者が事件化と公表を望まなかったため」としている。
しかし、告発文書に同封された捜査資料(県警も内部資料だと認めている)によると、被害者は当初「再発防止のためにも刑事手続きなどをとってほしい」と強い処罰感情を見せていた(西日本新聞2024年7月2日より)。

この事件は、現職警察官の犯罪であることから、本部長指揮として捜査が開始されたが、捜査の終結後も、巡回連絡簿の悪用が発生したこともふくめて当初公表されなかった。

前生安部長の代理人弁護士は「悪質な事案として公表されるべきだった」としている(西日本新聞2024年6月28日より)。

霧島署員による巡回連絡簿悪用事案隠ぺい疑惑

2.枕崎署員による盗撮事案→5/13逮捕

県警が文書データを入手した2024年4月時点では未公表かつ、本部長指揮での捜査も開始されていなかったが、2024年5月になって容疑者の巡査部長が逮捕された。
前生安部長は6月5日の勾留理由開示請求の場において、本部長による事件の隠ぺいを主張した。本部長および県警は事件の隠ぺいを否定しているため、両者の主張は大きく食い違っている。
たとえば、県警発表によれば、2023年12月に枕崎署から本部に事案発生が報告された直後、枕崎署で実施された教養(研修)は「盗撮」などがテーマだったが、告発文書の記載によると「盗撮行為の防止」が教養のテーマだったとされている(ニュースサイトHUNTER2024年6月6日より)。
枕崎署員による盗撮事件隠ぺい疑惑

事件隠ぺいを指示したのは本部長ではなく前刑事部長としていた点について

告発文書には、本部長が隠ぺいを指示したとの記載はなく、刑事部長が隠ぺいを指示したと記載されていた。

「枕崎署では,・・・刑事部へ速報」、「刑事部長の指揮は 『静観しろ』だった」、「刑事部長は不作為を指示した」、「刑事部長の指揮に異を唱え るものはなく,事件は隠蔽となった」との記載があるが、その内容は虚偽である。

鹿児島県警「閉会中委員会説明資料」よりhttps://www.pref.kagoshima.jp/ja05/siryour6719.html

鹿児島県警の前刑事部長は「枕崎署の盗撮事件の捜査指揮に携わったことはなく、静観しろなどと指示したこともありません」とコメントしている(朝日新聞2024年6月10日より)。

情報源の特定を恐れて内容をぼやかした

前刑事部長の名前を挙げたことについて、前生安部長は「枕崎署の盗撮事件に関する本部長の隠蔽について知っているのはごく少数の人間だった」とし、「本部長に直接取材をすると、書類を送ったのが自分だとわかってしまうかもしれない」「初歩的な間違いをすることで、情報提供者が上層部ではないと思ってくれるかもしれないと思った」と、情報源の特定を警戒したと説明した。
その上で、「現職警察官の犯罪は本部長指揮で、隠蔽を指示したのは本部長であることはわかってくれるだろうと思った」とも記した。
文面で本部長と入れ替えた前刑事部長とはほとんど接点がなく、個人的な恨みはなかったといい、「前刑事部長に迷惑をかけて申し訳なかった」と謝罪した。

https://www.asahi.com/articles/ASS6B4CBDS6BTIPE007M.html

内部告発や公益通報に詳しい上智大学の奥山俊宏教授は、情報源の特定を避けるために隠ぺいの指示者を入れ替えた記載は「不適切だとは思うが、違法性はない」との見解を示している(KKB鹿児島放送2024年9月7日より)。

3.警視による公金詐取事案→7/19公表

2021年9月~10月、当時鹿児島中央署で勤務していた警視が、時間外勤務手当を不正に申告。
朝早めに出勤し、始業時間まで勤務していた時間を、終業時間後に割り振って申請しても問題ないと判断して、実際の時間外勤務時間と異なる申告をしていたもの。
警視は、警察庁から出向の本部長を除くと、鹿児島県警では上から2番目の階級の幹部職員。
2022年3月に警視を所属長訓戒処分としたことを、7月19日の総務警察委員会で県警は公表。
「判明した分の超過勤務手当が未支給のため、刑事事件としては立件しなかった」としている(再発防止策文書より)。

詐欺罪
詐欺未遂罪

鹿児島県警 2023年以降の不祥事一覧

4.署員のストーカー事案が2件起きた霧島署長の警視正昇格と、ストーカー取締部署の生活安全部長着任(7/19,8/2会見,8/6)

 署員のストーカー事案が2件起きた霧島署の署長は、2024年の3月の人事で本部生活安全部長に着任している。
 このとき「警視→警視正」という階級の昇格と、「署長→部長」という職位の昇進が同時に起こっている。
 霧島署は鹿児島県警内では、4番目程度の規模の警察署だが、署長の階級は「警視」。警視から「警視正」に昇格したあと、鹿児島中央署や鹿児島西署といった大規模署の署長や首席監察官などを務めてから、本部部長に昇進するのが常。
 通常、階級と職位は同時に上がらないという点は、鹿児島県警以外の全国の警察も同じ。国家公務員でもある「警視正」人事の案を作るのは、警視正よりも階級の高い「警視長」の本部長である。

  • 1件目のストーカー事案:2023年2月発生、2023年10月報道→7/19公表

  • 2件目のストーカー事案:告発文書の項目1に記載された「霧島署員による巡回連絡簿悪用ストーカー事案」

被害者に不信感を与えた1件目のストーカー事案対応

2023年2月、当時霧島署に所属していた50代の巡査部長が、一般女性につきまとい行為を行った。
被害女性は同月、霧島署に相談。署の警務課長から「すぐに調査結果を連絡する」と伝えられたが、再度問い合わせるまで連絡はなかったほか、署での相談内容は記録に残されていなかった(NHK鹿児島2023年11月7日より)。
霧島署員によるストーカー事案もみ消し疑惑

この1件目のストーカー事案について県警は、2023年10月の書類送検時に、報道で明るみに出たものの、2023年11月の定例会見では「発表していないことはいえない」としていた(南日本新聞2023年11月22日より)。
2024年7月19日の総務警察委員会で、最初の報道から9か月たって初めて、事案の発生を公表した。
行為者の50代巡査部長は、2024年1月に不起訴処分となり、所属長による口頭厳重注意を受けたことも、同日公表された(朝日新聞2024年7月20日より)。

また7月19日、県警は、1件目のストーカー事案に関し、不祥事の捜査や内部規律違反の調査を行う警務部監察課への連絡が遅れたことなどから、当時の霧島署長・副署長・署の警務課長に業務指導し、被害者からの相談を受けた警務課長を所属長による口頭厳重注意処分にしたことを公表した(朝日新聞2024年7月20日より)。

署員のストーカー事案が2件起きた当時の霧島署長は…
当時の霧島署長(今の生活安全部長)は、1件目のストーカー被害者に謝罪したうえで、「1件目の事案の反省を受けて、2件目のストーカー事案が発覚したその日に、監察と人身安全・少年課(本部の担当課)へ速報した。失敗の経験を活かして、1回目、2回目の対応を、私自身反省をして対応した」と説明している(8/2記者会見より)。
鹿児島県警 人事への疑問

公益通報か否か?

鹿児島県警の見解の変遷

公益通報にはあたらない(2024.6)

野川本部長は「元生活安全部長が送付した資料には本部長が隠蔽を指示したとの記載はなく、元刑事部長の名誉を害するような内容が記載されるなど県警としては、公益通報には当たらないものと考えております」と述べました。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240621/k10014487761000.html

公益通報と直接関わるような事柄ではない(2024.8)

県警察の前刑事部長の氏名、住所、電話番号を問い合わせ先として記載した上で公表を望んでいないストーカー規制法違反事件の被害女性の実名と年齢を第三者に漏らしたという事件であり、このような悪質な事件の捜査と公益通報が直接関わるような事柄ではないと考えている。

鹿児島県警察「再発防止策」文書よりhttps://www.pref.kagoshima.jp/ja05/20240802.html

個人に損害を与えるための文書と判断したため公益通報にあたらない(2024.12)

警察庁の見解「答えかねる」

警察庁の監察官は、今回のケースについて「公益通報」の観点から疑問視する意見が出ていることについて、個別具体の事案について、公益通報かどうかは答えかねるとした上で、「鹿児島県警では、公益通報にはあたらないと考えていると思う」などと述べました。

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20240621/k10014487761000.html

⇒公益通報と守秘義務違反

前生安部長の内部告発および逮捕・起訴をめぐる議論

逮捕、起訴は公益通報者への不利益取扱いでは?

共同通信2024年7月5日「公益通報なら逮捕、起訴は不当だ   報道側捜索も判例無視では 核心評論「鹿児島県警前部長の守秘義務違反」  共同通信編集委員 竹田昌弘」

鹿児島県警の内部通報制度が機能していないのでは?

南日本新聞2024年6月18日「元部長の情報漏えい巡り批判相次ぐ鹿児島県警対応…そもそも守秘義務違反だったのか? 捜査手法は適正か? 湧き上がる疑問を識者が斬る」

鹿児島県警の内部公益通報制度

鹿児島県警では,県民の皆様から内部公益通報に関する情報提供を受け付けています。
「内部公益通報」とは,鹿児島県警の職員,県警の取引先の労働者又は役員,これらに該当する者であったものその他の鹿児島県警の法令遵守を確保する上で必要と認められる方が,鹿児島県警(鹿児島県警の事業に従事する場合における職員その他の者を含みます。)についての法令違反行為又はその疑いのある事実を鹿児島県警に通報することをいいます。

連絡先 鹿児島県警察本部警務部監察課

鹿児島県警「公益通報」よりhttps://www.pref.kagoshima.jp/ja07/kouekituuhou.html

県警によると、内部公益通報制度は、退職1年未満の元職員も対象(8/6県議会より)。

本部長に規律違反があった場合

県警によると、警察庁長官の指示のもと、首席監察官か警務部長が警察庁に報告する(8/6県議会より)。

家宅捜査は適法、適正だったのか?取材源の秘匿の侵害、違法収集証拠

県警が告発文書データを発見するきっかけとなった、福岡市のウェブメディアへの家宅捜索には、取材源の秘匿を侵害するとの意見・抗議もあがっている。
また、ウェブメディアの代表である60代の男性記者は、家宅捜索の際、県警が令状を閲読させず、同意のないデータ消去を行ったと主張している
(県警は、家宅捜索の際は令状を提示しているほか、データ消去には同意を得ており、捜査は適正だったと反論)。
くわしくは「ウェブメディアへの家宅捜索とデータ消去」

前生安部長の逮捕にあたり、県警は文書の原本を入手しておらず、ウェブメディアが所有していた文書データと、県警本部の公用パソコンから発見した文書データを証拠に逮捕を行っている。
8月6日の総務警察委員会で、文書データが公判に堪えうる資料となるかを問われ、県警は「県警所有のものと同一性が認められたため摘発に至った」と答弁。
また県警は、地方公務員法違反事件の関係先としてウェブメディアに家宅捜索をおこなったが、この地方公務員法違反事件と直接関係のないパソコン上のデータを押収し、そのなかから告発文書のデータを発見するにいたった。

警察報道の問題点

  • 告発先はなぜテレビや新聞ではなくフリージャーナリストだったのか

日本の警察報道は非常に閉鎖的で、記者クラブに加盟する一部のテレビや新聞のみが、警察の記者会見の取材を許可されている。
記者クラブのマスコミは、警察関係者から与えられる情報に依存して犯罪報道を行っているため、警察から情報をもらえなくなることをおそれ、警察を批判したり、警察の不正を積極的に報道することを控えたりすると言われる。
実際に、2003年に発覚した北海道警裏金事件では、組織ぐるみの不正を厳しく追及した地元紙が、警察から個別取材を拒否されたり、情報提供をあえて一社のみ外されたりするなど、嫌がらせの標的にされた。

文化放送2024年7月5日「長野智子アップデート」 「鹿児島県警問題を問い直す【上智大学教授奥山俊宏さん】2024年7月5日(金)【長野智子アップデート】」

(耕論)報道の自由、守るには 小笠原淳さん、篠田博之さん、鈴木秀美さん

  • 警察報道と守秘義務違反の矛盾

警察報道でみられる「関係者によると」「捜査員によると」で語られる情報は、警察関係者からマスコミへの慣例的で非公式な情報提供であり、厳密に法をあてはめれば公務員法守秘義務違反にあたる。

  • 告発文書をめぐる一部報道に関して

前生安部長作成の告発文書内に、前刑事部長の住所や連絡先が記載されていた点などは、報道を通じてあきらかになった。

告発文書を受け取った札幌在住のフリージャーナリスト・小笠原淳氏は、告発文書の内容をめぐるこうした一部の報道に関し「誰にも明かしていない私宛ての私信の内容を報じていたことからして、県警からのリーク情報を元にしていたのは明らかです」と指摘している(朝日新聞2024年7月5日より)。

参考文献

  • 古野まほろ「警察官の出世と人事」、光文社新書、2020年

出典



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