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【小説】いつか扉が閉まる時(5)
思い出すとまた涙が出そうになるので、当番の合間は午後の英単語テストに向けて勉強しようと参考書を持っていった。
カウンターにはもう久保が来ていた。
私の手元を見て「勉強かーさっすが優等生」
「優等生なら違う学校に行ってるよ」と返すと、
「だってここ選んだ理由が、家から一番近いから、だったろ?」
私は久保の顔を見た。そんな話は1回したかどうかだ。よくそんなこと覚えてるな。
「その記憶力を勉学に活かせればいいのにね」
「えー?赤点、前回は2個しかなかったよ?」
「2個は十分まずいよ」
「放課後補講で挽回してますからっ」と久保は椅子の背もたれに寄りかかってドヤ顔するが、決して挽回はできていないと思う。
でも久保と話しているうちに、こわばっていた気持ちがほぐれた。
それが今の私の心に、小さな明るい光を灯す。
次の日、藤井先生が亡くなってから中断していた図書館掃除が再開すると連絡があった。ということは代わりの司書の先生が見つかって放課後も開館するのだろう。
委員長の水口さんを誘って昼休みに図書館の様子を見に行ったら、マダムな雰囲気の見覚えのない女性が司書室にいた。
そっと中を覗いてみると、ファッション雑誌を読んでいるようだった。
水口さんと一緒に雑誌を読みながら司書室をたびたび見ていたが、その人は予鈴が鳴るまで出て来なかった。
藤井先生が昼休みに時々閲覧室をうろうろしたり(「あれはフロアワークと言って、仕事なんだよ…」という先生の幻の声が聞こえた)、当番の生徒や常連さんと話していた姿を思い出す。
あの人とも、いつかそんな風に話ができるようになるかな。
できれば、そうなりたい。
新しいところに来たばかりなら大人だって不安なはずだから、生徒として今度こそ、少しでも力になれるといい。
その日の掃除時間、あずさと図書館に向かう。
「新しい司書の先生、見た?」とあずさに聞いてみた。
「図書館には行ったけど全然見てない」
ふーんと答えながら、あずさと掃除用具入れから箒を取り出し床を掃き始める。
新しい人は掃除時間になっても司書室から出て来ない。
これが藤井先生だったら閲覧室で待ち構えて生徒一人ひとりに挨拶して一緒に掃除していたんだけれど、などとつい比べてしまう。
図書委員数人で掃除を終え、水口さんが司書室をノックして「掃除終わりましたけど」と声をかけた。
私も副委員長として水口さんの後ろに行く。
「そう、ご苦労様」と動こうとしないその人に、重ねて水口さんが「このまま終わって良いんですか」と尋ねる。
「ええ」
水口さんはいったん私を険しい目で見た。
そしてカウンターの前に行き、いつものように集まった生徒に向かって「これで掃除を終わります。礼」と終了の挨拶をした。
皆はそれぞれ教室に帰って行く。
私は廊下に出てから「こんなんでいいの?」と水口さんに聞く。
水口さんは難しい顔をして腕を組む。
「わからない、でも藤井先生みたいに掃除監督してくださいって私から言うわけにも行かないじゃない?」
「そりゃそうだけど、あの人の仕事でしょ」
「うーん、でも臨時の先生だからうちの学校のこと、まだよくわかってないんじゃないの?」
まあ確かに初日はそんなものかもね、と思いながら教室に向かう。
藤井先生がいなくなってから、私はカウンター当番と掃除時間以外は図書館に行かなくなった。
しかしあずさは今も変わらず昼休みは図書館に行く。
昼の教室にいると、大勢の嬌声と笑い声が塊のようにぶつかってくるみたいで辛いと以前言っていたことがある。
そしてお母さんが公共図書館の司書をしているせいか、あずさもとても本好きだ。
そんなあずさがある日、昼の図書館が最近うるさくてと残念そうに教えてくれた。
「昔もそんなに静かではなかったじゃない?」と私が言うと、
「それでも前は皆小さな声で話してた。藤井先生はいつも閲覧室に出ていたし、うるさい時は注意してたから」
「増野先生は当番がいない時の貸出返却くらいしか閲覧室に出て来ないものね」
代わりの司書の先生の名前が「増野」と知ったのは水口さんから教えてもらったからで、2週間経つのに本人から自己紹介もされていないし、当然話もしていない。
だからどんな人なのか私にはわからない。
あずさは増野先生から声が小さくて叱られたという話だけしたが、言いたくないのか詳しく教えてくれない。
あずさによるとカウンター当番も最近はサボって来なかったり、図書館に来ても持ち場を離れて仕事をしない生徒がいるらしい。
副委員長として、その状況はまずいと悟る。
「増野先生、生徒に指導はされてるのかな」
「してたらそんなことになっていないよ。田辺先生もあれから来ないし」
「わかった。明日の昼休み、図書館に一緒に行く」
あずさは嬉しそうに「うん」とうなずいた。
(続く)