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【小説】いつか扉が閉まる時(6)
あずさの言った通りだった。
今日の当番が2人とも来ていないし、生徒の騒がしさが増している。
あずさは「でも教室に比べればマシだから」と本を読み始めた。
私は亡くなった藤井先生が生徒に対して声を荒げているのを見たことがない。
委員が当番をサボったら呼び出しはするけれど、叱り口調は「どうして来なかったの?」と静かだ。
本の延滞がひどい生徒には「他の人がその本を読む機会を奪っているのでは?」と諭す。
閲覧室内の多少の私語は咎めないが、大声で騒ぐ生徒には近くまで行って静かに注意する。
「図書館では静かに」というマナーを自ら実践していた、その統制の取れた適度な静かさがこの図書館の心地良さだった。
図書館に来るのは大体同じメンバー。
よく集まるから仲良しなのか、時に嬌声を上げることもある。でもその都度、怒られるかもと藤井先生の方をうかがい、やはり先生が自分たちを見ているのに気づき、バツが悪そうに声のボリュームを落とす。
先生が「静かに」と口に人差し指を持っていって見せるだけのこともある。
だから世間が図書館に持っている「ピリッとした静か」なイメージとは違うけれど、そんな密やかなざわめきも海の波のように一定のリズムを持っていた。
それに比べると、今ここはライブ会場?と私は頭痛を覚えた。
そして自分を奮い立たせる。
さあ。副委員長としての実力を試される時が来た。
私が藤井先生だった頃の図書館に戻すのだ。
しかし幾つかのグループがうるさいので、まずどこに注意をすればよいかと見回す。女子から注意すると後が面倒だから、とりあえず男子、しかもいちばんうるさいところ。
私は藤井先生の姿を思い出しながら、その男子グループに近寄って「騒がしいので静かにしてもらえませんか」と丁寧に頼んだ。
すると「すいません」とは言うものの「うるさいの、俺たちだけじゃねえけど」と別の生徒がぶつぶつ言う。
「そうですね。今から皆さんにお願いするつもりです」と下手に出る。
うちの生徒は根は悪くないので声のボリュームを落としてくれた。
さて次、と別のグループに向かいかけると肩をつつかれた。
振り返ると、いつの間にやってきたのか水口さんがいた。
「キリがないよ」
「そうだけど」
水口さんは私を引っ張って司書室に向かい、扉をノックして返事も聞かずに開けた。
「増野先生、すみません。騒がしい人がいるので先生から注意してもらえませんか」
増野先生は真顔で水口さんを見た。
「あなた委員長でしょ。あなたがまず注意をして、それで駄目なら私が行きましょう。何でも大人に頼ればいいというものではないのよ」と冷たい口調で言う。
「注意しました。でも人数が多すぎます」と私も加勢する。
「注意の仕方が悪かったのではないかしら」
増野先生は立ち上がろうともしない。
ムッとした私は無理に笑顔を浮かべてこう言った。
「では見本を見せてもらえませんか。私たち、子どもなんでよくわかんないんです」
増野先生は、じっと私を見た。
その瞳の思いがけない強さにたじろぎそうになるが、私も負けずに見返すと、先生は仕方なさそうに立ち上がる。
そして私たちを一瞥して閲覧室に入るなり、騒いでいる集団に向かって「あなたたち、すぐ出て行きなさい」と図書館内に響き渡る声で言った。
静かにしなさい、ではなくて「出て行きなさい」なの?とびっくりする。
藤井先生が生徒に出て行けと言ったのを見たことがない。久保が男子とカウンターで下ネタを言ってた時、笑いながら「ここでこれ以上その話するなら出入り禁止ね」はあったけれど。
騒いでいた集団は少し声のボリュームを落としたが、出て行こうとはしない。
増野先生はさらに声を張り上げる。
「聞こえませんでしたか。他の人の迷惑だから出て行きなさい」とぴしりと言った。
閲覧室が一瞬、シン…となる。
集団はお互いに顔を見合わせ、「おい、行こうぜ」と誰かが言ってぞろぞろと出て行った。
その人達が出て行くのを見送った後、「これでいいかしら」と増野先生はこちらに笑いかけた。
水口さんと私は固まった。
増野先生はそのまま司書室に入っていく。
私たちは人がまばらになった館内を見てひそひそ声で「あんなのあり?」「静かにはなったけど、追い出さなくてもよくないかな」と話をしながら、今回の問題はサボる委員や騒がしい生徒だけではなく、新しい司書の先生にもあることをはっきりと悟った。
(続く)