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【小説】いつか扉が閉まる時(7)

 私たちは放課後、田辺先生を探した。体育館に向かう廊下にいたので呼び止めて、これまでの件を可能な限り客観的に伝える。

 田辺先生は深刻な面持ちで私たちの話に何度もうなずいた。

「実は、関山さんからも書棚が乱れまくっていますと報告があったの」

 ちなみに関山はあずさの姓だ。そう言えば最近は掃除中にやたら書棚整理をしていた。

「あのおとなしい関山さんがわざわざ言うのだから深刻なのかと気にはしていたのだけれど、なかなか図書館に行けなくて」

「先生はお忙しいですものね」と水口さんが理解を示す。

「係としてそれは言い訳にしかならないし、あなたたちにも心配かけて申し訳ないな。ここだけの話、増野先生は司書の経験も資格もないからフォローしなければと思っていたのだけれど」

 資格も経験もない? 

「他の人には黙っておいてね」

 もちろんです、と私たちは首を縦に振る。

「臨時職員ってこんな年度途中で、しかも短期間だと見つかりにくいの。だから…増野先生は管理職に、司書の仕事は楽で、司書室で好きな本でも読んでいればいいって言われたそうなの」

「は?」と水口さんと私の声がかぶる。

「藤井先生はいつも忙しそうにされていましたが?」 

 そうそう、楽なわけないじゃん。私も強くうなずく。

 田辺先生はその勢いにたじろいだのか、

「わかってるよ。私の代わりに藤井先生が図書館だよりの発行とか文化祭やイベントに向けて委員の指導をしたり、研修会の準備や分掌のことも全部把握して私がやりやすいようにしてくれてたし…」

 田辺先生は確かにほとんど図書館で見なかった。忙しいとはいえ、それで良いのか?と思いつつ、そんなことは言えないので代わりに「管理職に理解がないパターン?」と日誌を思い出しながら言った。

 田辺先生も言いにくそうに「全員じゃないけどね…」とつぶやく。

「増野先生、午前中の事務室勤務では一応ちゃんとしているみたいだけど、図書館の仕事がわからないらしくて」

「わからないなら誰かわかる人に聞くなり、本を読むなりネットで調べるなどして自ら学べと、確か校長先生がおっしゃっていましたが?」

 どうでもいいけど、水口さんって怒ると口調がいつもよりていねいになるんだね、怖いくらいに。

「…ごもっともね。ただ、4月からは別の司書が異動してくるはずだから」

 藤井先生が亡くなったのが1月終わり頃。

「つまり、今月含めてあと2ヶ月はこのままなんですか」

 背の高い田辺先生は困ったように私たちを見下ろす。

「私も昼休みに来るよう努力するから、あなたたちも時々、図書館に様子見に行ってくれないかな」

 そう言い置いて部活動に行ってしまった。

 2人で田辺先生の後姿を見送りながらしみじみ話す。

「私たちが行っても、できることとできないことがあるんだけどね」

「そうだね。できるのなんて貸出返却くらいだよ」

「先生たちは貸出返却さえされていれば図書館が回ってるって思ってるんじゃない?」

 ありうる。これが、藤井先生の書いていたことなのかもしれない。

 司書の先生は「居さえすれば誰でもいい」ってわけじゃありませんよと心の中でつぶやく。

 頑張ろうとしていて一人仕事で孤独なら、微力でも力になりたかったけれど、本人にやる気がないのではどうしようもない。




 それ以来、昼休みは水口さんと1日交代で図書館の様子を見に行くことにした。

 大したことはできないが、当番がいなければ代わりをしたり、サボった委員に後で注意をするくらいは可能だ。

 「出て行きなさい」事件以降は騒がしい生徒も来なくなったので、一見図書館は平和だ。

 しかしあずさが言っていたように、本が分類通りに書架に戻されていなかったり、巻数が乱れたまま放置されていたりする。返却本がカウンターの後ろのカートに積まれっ放しなことも多い。

 それを掃除中に何とかしているのがあずさだった。

 私もやればいいのだが、分類ラベルの字が小さくて見えづらく、ある日486(昆虫)と468(生態学)を同じところに一生懸命並べていたら、優しいあずさに「紗枝ちゃんはしなくていいよ」と言ってもらえるほどの実力だ…。

 相変わらず増野先生は司書室に引きこもっているし、私たちも先生に話しかけることもない。

 ある日の掃除中、水口さんが「カウンター当番してたら教頭先生が来た」と私に話しかけてきた。

 図書館がまずい状況になっているのを気にしてくれたのかと期待したら、「図書館は今日も問題無しですね、よかったよかった」と言って帰っていったそうな。

 一体、何を見ているのか、と私は憤慨した。

 最近、私やあずさが出した本のリクエストは全て無視されている。

 図書館には予算が無い(と藤井先生がよく言ってた)ので仕方ない面もあるが面白い本が一切入らなくなり、ようやく新刊が入ったと思ったら誰も読まなそうな文学全集や生徒指導の本ばかりでがっかりしているのに。  

「とりあえず終業式まで頑張ろう」と水口さんが、書架を整理するあずさの背を見ながらつぶやいた。


(続く)