コロナ禍以降、営業としての責任を全うできず、1年半経過してしまっていたため、責任を取る覚悟で半年後に結果を導くことができなければ退職、その間の給料もほぼ無いに等しい額で良いという申し入れを、会社の代表にしました。その半年の間に転職活動も行って、家族が暮らせる体制を再構築するうえで、チャレンジできる期間として半年間を設定しました。 代表者からは以下の点を言われたことを言われました。 ・会社の業績は厳しいが、それよりも私を不幸
転職していろいろ変化はありましたが、顕著に感じることはメールと電話の量が圧倒的に減ったこと。コロナの巣ごもりの時期は、メールも電話も一本も無かったことも。現在在籍している企業はハンドメイドの家具とか建築に付随する装飾的なモノを製作しています。製作しているモノがほとんどが一点物で、個性が強い印象のモノです。営業先であるオフィスやホテルを多く設計している設計事務所は、個性が強すぎるものは受け入れてくれないので、部分的にその個性を活かした提案をして、特徴を出すことで実績に繋げていこ
一部上場企業で営業を30年弱続けて、2年前に地方の零細企業に営業職として転職しました。なんと無謀な、思われる方が大半でしょう。お察しの通り給料もそれまでの2/3に減りました。でもその時は、やりたい仕事というか使命感みたいなものがあって、すごく転職したかったのです。当然妻からは猛反対されました。子供が大学卒業してから好きなことをしろと。でもあと4年も待ったら55才。55才の人なんか雇うところなんてないよ、と必死に説得しました。そりゃ普通の常識であれば、生きがいを感じない仕事を続