カクヨム短歌俳句コンテストに短歌で参加中です ※2023/06/14更新
↑のカクヨム短歌俳句コンに、
↑で参加してるんで見てってくださいね!!
どうしてこのnoteをつくったかというと、コンテスト参加作の短歌について解説というか、どういう気持ちで詠んだのかとかを書こうかなと思ったからです。
とはいえ「そういうのはいらん」「自分の感じたことや解釈を大切にしたい」「だからむしろ解説はない方がいい」という方の考えも理解できます。おれもどちらかというとそっち派です。でも書きます。おれ自身、解説を聞いて好きになった歌人の短歌も中にはあるので……。
下にスクロールすると解説があります。
いらん派だからここで読むのやめて帰りますって方、ここまで読んでくださってありがとうございました! これからも自分の好きな短歌をつくっていきます( ◜◡◝ )
噴水はきれいだ。きれいなものは心に響く。暗い心を救ったり、明るい心をもっと晴れやかにすることがある。でも、それをきれいだと感じなければ、噴水は何の意味もないただのなんか水がすごい出てんなーみたいな謎建造物だ。この一首ではそういったすれ違いを書いた。主体は、泣いている誰かのことを、自分の思うきれいなもので慰めようとする。だけど、その誰かの心には響かない。そして主体はそのことを既に承知している。無意味だとわかっているけれど、主体にはこうすることしかできない。
おまえらといるこの夜が終わらないでほしいと思う。朝が来れば、学校とか、なにか社会に戻っていかなくてはいけない。そんなものはいらない、壊れちまえ、おまえらと話して分かち合った。嘘まみれの世界を拒絶するための一首。青春、青臭さとされるものを象徴するために、最初は「鉄塔」じゃなく「屋上」にしていたけど、屋上は学校を連想させるし社会に近すぎるな、じゃあ街外れにあって除け者にされてる感じがある「鉄塔」にしてみよう、と思ってしてみた。送電鉄塔は勝手にのぼっちゃいけない。そういう意味でも、僕とおまえらの秘密基地、みたいなニュアンスがある。「嘘と破壊」に関しては、苦しい青春といえば嘘と破壊かなあ、と思ったので組み込んだ。先生も親も嘘ばっかついてる、ぶっ壊したいな、そんな話をしている少年たち。仲間たちとの今があれば、明日なんていらなかった。
地元に帰省した時、幼いころに遊んだ公園のブランコが変わってなくて、なんだか果てしない気持ちになったという実体験をどうにかして歌にしたかった。それだけです。遠い昔のことなのに質感を持って思い出せることあるよね。
ふと見たらスマホのバッテリーが残り4%で、これが切れてしまって充電の手段もなかったら、もう一生会えない人もいるんだよな。蝋燭や、かがり火を連想した。炎はいつか消えて、そうしたらお互いを照らすものはなくなって、もう姿を見ることはできない。スマホの画面を電子のほのおと喩えたのはそういう意味があるのと、あとは、みんなで焚き火や暖炉を見つめて語らう情景と、みんなでスマホの光を浴びてLINEやTwitterやYouTubeでコミュニケーションをとる光景が重なったから。暗闇のなか、一緒に炎を眺めて寄り添い合うことを、原始人の時代から続けてきた。いまは離れていてもそれをしている。容易に途切れる危うさのなかで。
優しさが人を傷つけることがあると思う。独りよがりや勘違い、状況・環境・生い立ちによっても、あなたが良かれと思ってやってくれたことでおれは苦しんだり、時に取り返しのつかない、永遠に残る傷痕を負わせられることがある。でも、そうだとしても、あなたのそれは優しさだったんだ。なら飛べる。翼にできる。そんな高潔な人になりたいと思って詠んだ一首。まだなれていない。
※2023/06/06追加
いままでは「またね」でお別れしてきた。また会えることが前提だった。そういう関係だったのだ。しかし上句から一転、下句で、踏切が閉まり始める。いつだって「またね」が言えると思い込んでいた。ほんとうの別れなど、来ないはずだと。またね以外の別れの言葉をうまく言えなくて、ふたりを隔てるものの存在を信じられない、信じたくない、そんな人の一首。
上句と下句の音数を工夫した。二句をあえて10音にし、逆に三句以降はきっちりと基本ルールに合わせて五七七にすることで、上句と下句で落差をつけ、急転直下、上句の不安定さ、下句の現実感を演出した。
個人的な感覚だけど、字余りや字足らず、句跨りがなく、きっちりと五七五七七に嵌まっている短歌は「安定した感じがする」「歌の内容によっては厳格な感じがする」と思っている。この作品を音読するなら、「またねって言ったことしかなくて」を早口で言い、「踏切がほんとうにいま閉まり始めた」をゆっくりと口に出すことになる。そういう点でも、主体の感じる焦りと、踏切の厳然とした離別の事実を突きつける感じがうまく描けたのではないかなと思った。
※2023/06/14追加
人はどうせ最後には死ぬらしく、どうやらそれは本当のことだ。本当のことは時に、深い絶望をおれたちに見せる。だけど、そんな闇なんかから目を逸らして、夕日を見ようよ。すぐに日は沈んで、まっくらやみになるのだから、そうなるまでは、生きて、みようよ。
(※カクヨムの方に短歌を追加したらこっちも更新します)
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