長編小説『処刑勇者は拷問好き王子を処刑する【人体破壊魔法】特化でサクサク、サクリファイス 第10話「俺の回復師」
温かい言葉を浴びて、温かい言葉を浴びせた。
ある日の俺。魔物や魔族に爪や剣で傷つけられて、傷だらけの俺の頬をマルセルの艷(つや)やかな指が触れる。放たれた淡く白い光と、体温と同じ温もりが感じられる上級回復魔法であっという間に癒えていく。俺はマルセルの小さい手が好きだから、回復魔法小で、傷を一つずつ癒やして貰いたいなあ、って冗談を言いう。
「馬鹿じゃないの。そんなことして手遅れになって、出血多量で死んでも文句言わないでよね」
マルセルに撫(な)でられるにはもってこいの出血と創傷、あざだらけな具合だった。いいじゃん。優しくしてくれよ。
彼女の手を強く握りしめると、小さい鼻を反らせて何がおかしいのか、笑ってから小さい指で握り返してくれたんだ。ああ、俺のかわいい回復師ちゃん。
マルセルが俺に魔王討伐後どうするのか訊ねる。
「ねぇ、キーレ。元のガッコウってところには、戻らないよね?」
「学校は行きたくないなぁ。あ、戻るとしたら日本ってところ。でもさ、俺、マルセルとならこっちでも」
その続き、なんて言おうとしたんだっけ? 異世界ファントアでも暮らしていけるって? 夢だと分かっているにもかかわらず、俺は明確な答えや、あのときどう伝えたのかを思い出せない。目を覚ませと、どす黒い感情。頭の中の俺の声が俺に殺意を向けてくる。
「あいつはクソアマだぞ? マルセルとなら? お前は裏切られた。あのときからあの女が本心でお前と寝たと思うのか? お前は甘い。お前の優しさは全て空回りだ」
「じゃあ、俺の愛(め)で方が足りなかったって言うのかって?」
「そうじゃない。お前はよく女心を理解しているし、どうすれば女が手に入るのかもよく分かっているお利口さんだ。なのに、あの女がお前の手のひらから零(こぼ)れ落ちるどころか、すり抜けてエリク王子に走ったのは、最初からお前とは遊びでつき合っていたからとしか考えられない!」
「違う。俺とマルセルは共に歩んだ。はぐくんだ。旅も、愛も」
「違うな、お前の舌に聞いてみろ。今何の味がする? お前は味でしか、ものごとを見ることができない。マルセルとの甘い接吻はいちごミルクってか、馬鹿か。ミルクは言い過ぎた。だが、蹂躙(じゅうりん)された舌はもう元の味を感じることはできない。ほら、よだれが垂れてるぞ。それがお前の欲の現れ。苦しいのなら身をゆだねろ。お前は救われる」
マルセルを処刑(サク)る!
「そう、その意気だ! だが、残念。もうマルセルは処刑済みだ」突然の自分の声があっけなく雨みたいに止んだ。あ、また俺……俺と会話してる。
目が覚めたのは、口元によだれがついていたからじゃない。首元に銀色の刃が食い込んだからだ。もう少し深く眠っていたら、よだれだらだらりんで醜態を晒(さら)しているところだ。危ない危ない。
でも、野宿をした勇者が寝込みを襲われるなど、あってはいけない事態が発生しているな。知らない騎士のおっさんに襲われても嬉しくも何ともない。天気のよい午後だぞ。昼寝ぐらいゆっくりさせてくれよ。
俺は王子の処刑を二日間、寝ずにぶっ通したんだ。目にくまだってできてるだろう?
「指一本でも動かしてみろ。貴様は今ここで寝首をかき切られることになるぞ。貴様が指で物を切断できるというのは本当か?」
「へー、ちゃんと調べてきてんじゃん」
何だか周囲も騒がしいな。白衣の衣をまとった団体様がいらっしゃる。距離を保っているが、すでに俺、取り囲まれてる? あれは、リフニア国の国家魔術師の一つである詠唱団(えいしょうだん)だ。