ひこうきのはなし
飛行機が好きだ。人の夢が詰まっている。
ぽて、っとしたエンジンを、ぱか、っと開いたところのあの「この配線、1本くらいなくなってもなんとかなるんじゃない?(なりません)」みたいなメカメカしい感じも嫌いではないけれど、メカメカしいから好きというわけではない。テクノロジーのひとつの極致然としたあの機械のかたまりは生まれ出でた結果でしかなく、自分の「好きだなぁ」ポイントはそれを成り立たせてきた、人間の生々しさにある。
空を飛びたい! という単純というかシンプルというか根源的な気持ちがあって、それをなんとか形にしてしまった。あのメカメカしさの奥底にひそむ、人間の情熱。あついおもい。たまらない。
人の作るものは、人の思いがあって作り出されている。〈人と機械〉というとわかりやすい対立軸の両極のようだけど、結局のところは「人間」が根っこにいる/あるのだ。棚田を見て「自然ってすごいねぇ」と言うけれど、それって結局人間が手を入れて作った風景なんですよ、というのと似ている。気がする。植物の場合は、育ってもらうフェーズも必要だけど。
ともあれ、人間がなんとか空を飛びたいとか、それをもっと速く、とか、それをもっと安全に、とか、一度にもっと多くの人を、とか、そういう多種多様な欲が追い求められて、今こうして自分が空に浮かんでいるんだなぁ、というのを、飛行機に乗る時はいつも、割と本当にいつも思う。
飛行機にひそむ「人間らしさ」は、機械のありように限らない。エンジニアリングが最善を尽くしたところで、結局運行するのは人間なんだからやはり間違いやミスはある。飛行機のマニュアルは血で書かれている、ということばがある。ちょっと飛行機について知るようになったら割とすぐに出会うフレーズなんじゃないだろうか。過去に起こった色々な事故やその未遂から様々なことを学んで、ものづくりや、その運用に活かされてきた。「事故は起こるが、同じ事故は起こらない」という言い方もある。残念ながら、活かされずに繰り返されてしまった例もあるようだけど。とにかくそういう気概で動いている。そこにもやっぱり、人の気持ちがある。人間の、生き物としてのランダムネスからシステムを引き剥がして磨き上げる試みの人間臭さ。人ならざるモノであろうとすればするほど人間の意地みたいなものが見えてくる。そういうところが好きみたいだ。自分は。どうも。