TRPGの記述の曖昧性

一文一義とよく言われるが、その文章が一義に定まるかは文脈に依存する。
S.I.ハヤカワ『思考と行動における言語』, P63には次のような文が挙げられている

「私はあなたを信ずる」 I believe in you . (私はあなたを信頼する)
「私はデモクラシーを信ずる」 I believe in democracy.(私はデモクラシーという用語に含まれた原理を受け入れる)
「私はサンタ・クロースを信ずる」 I believe in Santa Claus(サンタ・クロースが存在するというのが私の意見だ)

堀田隆一『hellog』の「#378. 語用論は言語理論の基本構成部門か否かにも」でも以下のように述べている

例えば,次の英文はいずれも文意は理解できたとしても,文脈がない限り伝達内容は多義的である.
(3a) John is looking for his glasses. (「眼鏡」の意)
(3b) John is looking for his glasses. (「グラス」の意)
(4a) They are cooking apples. (「リンゴを料理している」の意)
(4a) They are cooking apples. (「料理用のリンゴ」の意)

https://user.keio.ac.jp/~rhotta/hellog/2010-05-10-1.html

当然TRPGでもそういったことは注意しなければ発生する。次のような技能を考える。

「銃を撃った時に使用できる」

この文は二通りの意味で解釈できる。
1. 「銃を用いて射撃するとき」
2.「何かしらかの射撃武器で銃をターゲッティングしたとき」

1は普通に解釈できる。2の解釈が発生するのは、部位ダメージや武器落としなどのルールがあるときだ。このとき攻撃の目標をキャラクターではなくキャラクターの武器と解釈することができる。

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