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右衛門さんの、近況
東京FMのビルの脇の路地で、右衛門カメラマンをピックアップした。
「いやあ、会場がダメで、いい映像が撮れませんでしたよ」
「プロはいかなる状況でも、一定のレベルの映像を撮る」
「そうですけれども‥‥」
「でも、だめなときは、どうしたってダメなんだよ、ね」
「アハッ、そうですよね」
「新しい小説のペンネームは、本名のままがいいって、彼女に言われてね」
「どうしてですか」
「本名の方が、字面もいいし響きもいいって。深い緑色の感じで深い海の青、みたいな。そんなイメージがするって」
「いいですね、何かのタイトルみたいで。“深い緑色の青い海”」
「バンドの名前でもいいかも。最近、そういうの流行ってるしね」
車は、東京F Mのビルを離れ、内堀通りを南下して行った。
右衛門が、ぽつりと言った。
「小説で、生きる意欲をもらいましたって言う人いますけど、本当ですかね」
「ええ? 音楽好きの君は、音楽で生きる勇気をもらったって言うことはないのかい?」
「ないです」
「ええ? それじゃあ……、旅に出て、自分を見つめ直した方がいいかも。“青年は、荒野を目指す”」
「滝にでも打たれて来ますか」
「いいね」
「打たせ湯……。いやー、いいお湯でしたって」
「打ちのめされ方がいいかも」
完
(※写真と本文は関係ありません)
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