赤いパンプス
《トキアンナイト 第8話》
深夜、零時過ぎ。黒っぽい上下のその女は、繁華街の裏通りからタクシーに乗った。運転手に行く先を告げると、すぐに携帯電話で誰かと話し始めた。
「今日は、早めに終わったの。そのまま家に帰ろうかと思ったんだけど、でも、そういえばあなたに話したいことがあることに気付いて。今から、そっちに行っていい?」
女は、突然思いついた用事のために、電話の相手の都合を聞いている。その話し方には、一方的な強引さを感じるが、その実、相手の真意を探り出そうとしている慎重さが感じ取られた。運転手には、その女の、男への思いが伝わってきた。
「あなたと話したいことがあるの。ねえ、今から行っていい?」
女の口調が、通達から徐々に懇願へと変わって行く。彼女はなんとかして、今日は、男に会いたいようだ。高ぶって行く“彼に会いたい!”という気持ちを、押さえ切れなくなっている。しかも、彼女の口ぶりから「話したいこと」というのは、あまり深い意味を持っていない様に感じられる。あくまで、それは、女が男の部屋に入るための口実でしかなさそうだ。二人の関係はまだ、男に会うために口実を必要とする間柄のようだ。運転手は、電話の会話から、微妙な二人の関係を感じ取った。
程なくして、車は目的地に着いた。女は料金を払うと、車から降りた。ドアを開けてアスファルトに踏み出す女の足元は、“赤いパンプス”だった。
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