シュガーマウンテン
晴れ空の下の陽気な町。近い日には、大事な人に菓子を贈るという祝祭が予定されていました。
町には一人の魔女が住み着いていました。雪の晴れない山岳地帯から山ほどの菓子を小人と共に町の人達にお裾分けし、人気者となっていました。
祝祭が近づくにつれ、魔女はこう考えました。
「私は魔法が使えるから、周りから期待されているだろう。ならば、いつも通りの菓子じゃなく、もっとすごいのを作らなきゃ」
魔女にとってのすごいとは、高くそびえ立つチョコケーキでした。
そして魔女の考える「もっとすごいの」として作るには、今ある甘い結晶ではありませんでした。
「ちょこっとだけ私は住んでいた場所に戻ります。祝祭には帰るので、皆さんはすごい菓子を期待していてください!」
魔女は身支度をすると、魔法の杖の先にツルハシを付けたもの、スコップ、お供の小人を引き連れ、町の入り口から出ました。
魔女はかつて自分が女王として住んでいた城の跡を通過し、山を抜けて更に険しい山岳地帯に突入しました。
何度か迷子になりそうでしたが、小人が方角や周囲の探索、ロープの設置などをしてくれたおかげで、道を踏み外さないで住みました。
「この先に、まだ掘られてない巨大な結晶があるはず。母様がそう教えてくださったの」
城がなくなったとき、これを使って城を建て直しなさい。その為の結晶を使って、魔女は巨大なチョコケーキを作ろうと考えていた。
魔女はチョコケーキだけを考えていて、背後の気配に気づきませんでした。
数刻前、魔女と小人が付けた足跡に気づいたモノが、足跡を辿って彼女達を追いかけていました。
それは巨大な雪男でした。全身をゴツゴツとしたチョコ色の結晶で覆われていて、体格は大柄で屈強でした。
雪男の仕事は山奥に眠る結晶を守ることでした。かつて結晶の城に無断で入った罰として現在の姿に変えられたのです。彼は結晶の守護を命じられ、何年もこの山岳から出られませんでした。
雪男は足跡を辿りながら、足跡の数に思いを馳せました。小さい足跡の真ん中には少し大きい足跡が1つ。それが集団のリーダーだと雪男は考えました。
雪男に友達はいません。長い間1人ぼっちな雪男は、足跡の主がどんな相手か知りたぅなりました。
岩石の陰に隠された秘密の扉をツルハシでこじ開け、魔女達は雪に隠された炭鉱らしき場所に足を踏み入れました。
道中、壁を指で抉り取り、口に含んでみます。壁は味がビターなチョコでした。
「この奥ね、結晶は!」
魔女は奥に突き進みながら、壁の欠片の回収を小人に命じました。
雪男が足跡をたどっていくと、その先で秘密の扉が破壊されていました。
雪男は驚きと焦りで唸り、足跡は扉を通過していることを確認しました。
体を覆う結晶を手で砕いて削り、雪男はスマートな犬の体型となります。雪男は扉をくぐり、床についた足跡の先を見渡します。
道中の壁はぼこぼこな穴だらけとなっていました。雪男は、四足で走りました。
魔女達は遂に炭鉱の奥にある結晶を発見しました。
結晶はロープで縛られ宙吊りとなっており、その大きさは小人達を集めても足りない程でした。
魔女は小人達に結晶を指差して命令し、小人達はツルハシを持って結晶を削り始めました。
──削った欠片を箱にいれて回収し、作業が順調となっていたところに。
「ワオーーーン!!」
雪男の唸り声が、炭鉱に響き渡りました。
「グルルーーー」
雪男は削り取られる結晶を見上げ、小人達に威嚇しました。頭を3つに増やし、それぞれが小人1体1体を狙います。
雪男は壁をつたって走り、結晶に飛び移るとその牙で小人を結晶から引き剥がしました。
魔女があたふたする目の前で、小人達が床に落ちてメシッと沈みます。宙吊りの結晶は雪男の激しい動きで揺れ、振動は山全体に伝わっていきます。
全ての小人を引き剥がし、雪男は床に着地します。床から溶けたチョコが雪男の全身を包み、再びゴツゴツとした屈強な体格に変えます。
魔女は小人達を庇いながら、ゆっくり後ずさりします。その姿に雪男は、かつて出会った先代魔女の姿を重ねました。
俺が城に侵入したときも、確かこうして小人を庇いながら俺に魔法をかけただろう。
雪男はそう思いながら、しばらく見ていない先代魔女を懐かしみ、そして目の前の小さな魔女がどんな人物か見極めようとしました。
雪男は1歩足を踏み出し、ズシッと音を立てます。それが限界でした。壁は軋み、炭鉱が崩壊を始めます。
雪男が周囲を見渡した隙に、小人と魔女は入り口の扉へ駆け出しました。
雪男もその後を追いかけます。天井は崩れ落ち、雪男の背後を塞いでいきます。
魔女と小人達は扉から飛び出しました。魔女の服の裾を、雪男は掴もうとします。
しかし、入り口は狭く、雪男はそこでつっかえました。身体を削ることも出来ません。背後はどんどん狭まり、このままでは潰れてしまいます。
魔女は雪男を指差しました。再び魔法をかけられるのか。そう思った雪男に、小人達がツルハシで身体を砕いていきます。
再び犬の体型となった雪男の前足を、魔女は手で引っ張りました。雪男の尻尾が扉から離れると、炭鉱は音を立てて入り口を塞ぎました。
「ふぅ……大丈夫?」
魔女は安心と申し訳なさを混ぜた笑みを雪男に向けます。雪男は「グルル……」と低く唸りました。
しかし、驚異はそこで終わりません。小人全員が指を向けた先で、雪崩が一同を飲み込もうとこちらに襲いかかってきました。
魔女と小人達、雪男は山を駆け下ります。しかし、その足では雪崩に追いつかれてしまいます。
このままでは雪崩に飲まれると魔女は思い、小人達の持った結晶の欠片を雪男にくっつけました。結晶は雪男の身体を覆い、再び彼を大柄な体格に変えます。
雪男は魔女と小人達を担ぎ、山を素早く駆け下ります。雪崩からぐんぐんと距離を離し、雪崩が止まる場所まで走り抜けました。
魔女と小人達は雪男の背中から降り、その場で息をついて仰向けに寝転がりました。
疲れはてた彼女らを、雪男は一瞥するとどこかへ立ち去っていきました。
──祝祭当日、魔女はウンウンと唸り、すごいチョコケーキを作るのに足りない結晶をどうするか悩んでいました。
「ワオーーーン!!」
魔女は聞き覚えのある鳴き声を耳にし、町の入り口に向かいました。
そこには、山に埋まったあの巨大結晶の残りが、引っこ抜かれた切り株の上に置かれていました。
「誰が置いていったんだろ?」
町の人達の疑問に、魔女は巨大結晶を使った巨大チョコケーキを披露して、こう答えます。
「このケーキは、私の親愛なる小人達と、そして友達となった犬の協力で出来たものです! どうぞ皆様、このチョコケーキを食べながら素敵な祝祭を!!」
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