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ライデン瓶について、後編7:硝子と雲母
火花式送信機は改良を重ねて、瞬滅火花式、回転火花式、アーク放電式などに発展していきましたが、そこに真空管がライバルとして現れます。
真空管は初め二極管が検波のために開発され、三極管の発明によって信号増幅が可能となり、さらに正帰還をかけることで高周波発振を起こせることが見出されました。
断続的なスパークによる火花式に対し、真空管は連続波を出力できるため、電信だけでなく電話も可能となります。1914年に試験が行われた最初の真空管送信機も無線電話でした。電動アイスクリーム製造機と並んで報じられています。
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それからすぐに第一次世界大戦 (1914-1918) が勃発し、戦争は真空管技術を飛躍的に進歩させることになります。戦後は高性能の真空管が民間でも利用できるようになり、火花式送信機はたちまち時代遅れのものとなっていきました。
真空管による発振は火花式に比べて遥かに効率がよく、ノイズを出さず、電話も可能と良いこと尽くめですが、しかし戦前に火花式無線に熱中していた無線愛好家の中には(その多くは当時10代の少年でした)、放電の光も音もオゾンの匂いもしない真空管に魅力を感じられず、古き良き「火花時代」を懐かしむ者も少なくなかったようです。
プレート損失5Wの送信管UV-202を使用した小出力送信機が1920年代のアマチュア無線家に人気でした。
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真空管による連続波を扱うことになると、ガラスの誘電体損失の大きさが無視できないものとなってきます。真空管時代の訪れと共に、ライデン瓶やガラスコンデンサに代わって、小型高性能のマイカコンデンサが普及していきました。
マイカコンデンサ自体は19世紀から知られていましたが、工業的な製品としては、ウィリアム・デュビリエが航空機無線用のコンデンサとして、1910年に開発したものが最初とされます(まあ、飛行機にライデン瓶を積むのは無理があるでしょう)。彼のマイカコンデンサは、軍需物資であるライデン瓶がドイツ製品で占められていることを危惧していたイギリスに売り込みが成功し、そして直後勃発した戦争によって彼の会社は大きく成長することになります(後のコーネル・ダブラー Cornell Dubilier Electronics)。
送信機用のマイカコンデンサの製品は、内部でユニットを多数直列接続することで耐圧1〜2万ボルトを実現していました。同容量のライデン瓶と比較してこんなにコンパクト、という図は、今ではジョークにしか見えませんが、当時は至極真面目だったはずです。
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真空管送信機が一般化すると、電磁ノイズを撒き散らす火花式送信機は電波を汚す厄介者と見做されるようになります。1927年の国際無線電信会議では、火花式無線の全面禁止が検討されましたが、船舶の非常用無線のために以後も細々と存続が許されることになります。ライデン瓶も火花式無線と共に1920年代をもって現行品の座を退いたようです。
そしてコンデンサはもはや火花の威力を増大させるブースターではなくなり、「コンデンサ」(濃縮器)という名称が意味をなさなくなったため、やがて英語圏では「キャパシタ」と呼ばれるようになりました。しかし1930年代ではまだ混用されていたようです。
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マイカはコンデンサの誘電体として非常に優れた性質を有していますが、いかんせん天然素材だけに、供給には不安があります。第二次世界大戦中にアメリカへのマイカの供給が脅かされた際、軍部はコーニング社にマイカコンデンサの代替となるガラスコンデンサの開発を依頼し、戦後の1951年に完成しました。
マイカからガラスに先祖返りしたことになりますが、誘電体に用いられている光学グレードのガラスは、マイカと同等か、場合によっては上回る性能を有するとされます。このガラスの薄いリボンとアルミ箔を積層してコンデンサとし、外装もガラスです。これは結局のところ原理的にはライデン瓶と何ら変わるところはありません。
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このガラスコンデンサは極めて耐環境性が高く、高温や湿気は元より、高レベルの放射線にすら耐えます。米軍規格の MIL-C-11272 で規定され、高度な信頼性が要求される軍事や宇宙分野で使用されました。
マイカコンデンサやガラスコンデンサは、今では殆どがセラミックコンデンサに置き換えられてしまいましたが、ごく最近までAVX(元エアロボックス、現在は京セラの子会社)からMIL規格のガラスコンデンサが供給されていました。これらもディスコンとなってしまったようですが、一部は廃番リストにも記載がないので、もしかしたらまだ生産しているのかも?
おそらくこれらがライデン瓶の最後の末裔ということになるでしょう。
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