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かなえたい夢:妻が補聴器なしに音楽を聴く世界

私の切なる願い、それは妻が補聴器の制約から解放され、心ゆくまで音楽を享受できる世界を実現することである。

妻は長年聴力に問題を抱えている。

30代にメニエール病を患い、回転性のめまい、難聴、耳鳴り、耳の詰まった感じ(耳閉感)に悩まされてきた。

そして難聴となった。

難聴といっても「感音難聴」といい、内耳の蝸牛(音を感じ取る器官)や聴神経(音の情報を脳に伝える神経)の障害によって起こる難聴で、脳への伝達経路に問題が生じている状態だ。

今は日常生活においては補聴器の助けを借りながら、なんとか周囲の音を捉えている状況だ。

しかし音楽となると話は別である。補聴器を通して聴く音楽は、本来の音色や繊細なニュアンスが損なわれ、彼女が心から音楽に浸ることを阻んでいる。

音楽は人の心を癒し人生に彩りを与える力を持つ。

喜び、悲しみ、感動、あらゆる感情を音を通して表現し、人々の心に深く響く。

それは言葉を超えた普遍的な言語であり、人類共通の財産と言えるだろう。

私は音楽が好きだ。そして妻もまた音楽を愛している。

共に音楽を聴き、その素晴らしさを分かち合う時間は、私たちにとってかけがえのない瞬間である。

しかし今の妻は常に補聴器を通して、本来とは異なる音を聴いている。

それは私にとって大きな悲しみであり、同時になんとかして彼女をこの制約から解放したいという強い想いへと繋がっている。

技術の進歩は目覚ましい。

医療技術、音響技術、様々な分野で革新的な進歩が日々生まれている。

私は信じている。

いつか妻が補聴器なしにまるで健常者と同じように、
いやそれ以上にクリアで美しい音楽を聴ける日が来ると。

その日が来たならば、私は妻と二人でコンサートへ行きたい。

妻が大好きなスターダストレビューの演奏に身を委ね、音楽の力に心を震わせたい。

妻の目には音楽に感動し涙を流す私の姿が映るだろう。

そして私もまた、音楽の喜びで満ち溢れた妻の笑顔を見たい。

これは単なる夢ではない。

私が人生をかけて追い求める明確な目標である。

技術の進歩を注視し、関連する情報を集め可能性を探り続ける。

妻が補聴器なしに音楽を聴ける世界。

それは単に音が聞こえるというレベルではない。

音楽が持つ本来の美しさ、感動、喜び、そういった全てを、彼女が心で感じ取れる世界である。その世界を実現するために私は諦めない。

この文章が、同じような願いを持つ人々の心に届き、共感を呼ぶことを願っている。

そしていつかこの夢が現実となることを心から信じているのだ。

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